センセイの背に乗ったままで、ハイリンクの光の壁を超える。
一瞬何も見えないくらいの光に包まれて、次にはそっくりの景色が広がった。
後ろに乗ってる親父が、楽しげに言う。
「お、ちゃんと渡れたみてえだな」
「だといいがな。まだどのイッシュだかはわからねえぞ」
個人的に、親父を連れてハイリンクをするってのは、中々に心臓に悪い。
うっかり日本に帰っちまって、親父が死んだあの日に戻っちまうんじゃねえかと思うからだ。
まあ、何回か別のイッシュに事故で渡った時には無事だったんだし、大丈夫だとは思うんだが。
親父本人は、
「俺単体ならそれもあるかもしれねえが、俺の現在を決めた最大要因のお前も一緒なら、
あんまり大きな矛盾が起こるような行先には飛ばねえんじゃねえか?
つまり、別のイッシュ限定の、普通のハイリンクしかできねえと思うぜ」
なんて、呑気なもんだが。
まあ、親父も若い頃にかなりハイリンクについては調べたみてえだし、
何か根拠があるのかもしれねえが。
気を取り直して、センセイに頼んで南へ旋回する。
上空からなら、この位置からでもライモンシティの街並みが小さく見える。
「とりあえず行ってみようぜ。うまくあの人たちのいるとこに飛べたならいいんだが」
まあ、「伝説のポケモンを連れた日本人」なんてすげえ限定条件の人たちがいるから、
多分うまく引き寄せられて出て来られたとは思うがな。
まさかセンセイで直接乗り付けるわけにはいかない。
目立たないようにライモン近くの森に降りてから、徒歩でギアステーションに向かう。
丁度よくホームへ続く大きな円形のエントランスで、
通りかかった白黒コートのサブウェイマスターと顔を合わせた。
「あ。確か前に、達と……。駅長さんと、ジュニア君。だよね?」
「おや。お久しぶりでございます」
合ってた。
ほっとして軽く親父と目を合わせてから、改めて挨拶する。
「その節は施設設備保全管理課の方達には、どうもお世話に」
ノボリさんが軽く片手を振る。
「いえいえ、こちらこそ。達も楽しそうでございました」
「今日はどうしたの? ハイリンク?」
「ええ、今度は普通に」
親父が微笑むと、前回のハイリンクの見事な事故っぷりを知っている二人は苦笑した。
「さて。仕事の邪魔を長々とするのは申し訳ねえな。
今日はちょっとさんに渡す物があって来たんですが、いらっしゃいますか?」
「ええ。いますよ。丁度今なら執務室にいると思います」
「すぐ済みますので、ちょっと呼んでいただいても?」
「え? 執務室まで来ればいいのに」
クダリさんが不思議そうに首を傾げるのに、親父が微笑む。
「部外者がそうそう立ちいっちゃ駄目でしょう。不可抗力ならともかく。
そういう所はしっかりと」
ノボリさんが困ったように頷いた。
「ごもっともでございますが……。
いけませんね、達のお知り合いと思うと、他人という気があまりしませんで、つい。
すぐに呼んで参ります」
「ありがとうございます」
ノボリさんを見送ってから、クダリさんも困ったように眉尻を下げて微笑む。
「どうも僕たちは甘いとこが直らないね。これじゃあ怒られるのもしかたないかも」
俺は半眼で親父に親指の先を向けた。
「その点に関してはこいつも偉そうなことは言えないんで、落ち込まなくてもいいですよ。
ったく、ダブルスタンダードにも程があるぜ。
部外者の俺を、毎回なんだかんだと事務室までひっぱりこむくせに」
親父はしれっと微笑んだままだ。
「お前の事はみんなよく知ってるし、悪さをするなんてあり得ねえって信頼してるからいいんだよ」
「だからってなあ」
この話になると、毎回こうやって丸め込まれる。
照れるやら困るやらで閉口する俺を見て、クダリさんがくすくす笑う。
「仲良いね。そうやってるとホント、双子にしか見えないや」
「良くねえよ」
と、つい兄貴に対している気になって荒い言葉で返してしまい、しまったと口を押さえる。
けどクダリさんは気にした様子もなく、楽しそうだ。
「はーい、お呼びですかー? わあ、本当に駅長さんとジュニアさん! ちょうど一ヵ月ぶりです!」
職員専用通路の入り口から歩いてきた作業服の女性に、一礼する。
「一ヵ月ぶりです、さん。よかった、ちゃんと日付が合ってるんですね」
「日付?」
「こんにちは、さん。元気そうでなによりだ。一ヵ月前には結構なものを頂きまして」
「え? ああ、あれですか! いえいえお粗末様でした」
わざわざ世界をまたいでまで、さんはバレンタインのチョコレートを届けてくれたのだ。
「すっげえ美味かったです。実は甘いモン苦手なんですけど、酒の力で美味しく頂けました」
「俺の方も、元ネタそっくりで感動したぜ。ありがとよ」
「いえいえー」
様子が気になったのか一緒に戻ってきたノボリさんと、待っていたクダリさんが同時に微妙に顔をしかめた。
「ああ、あの時でございますか……。
まったく、いきなりハイリンクの向こう側へ一人で行ってみるなどと言い出して」
「あー、そういやさん、止めようとする二人を腕ずくで突破して来たって言ってたような……」
まさかの武闘派だったと知って驚いたっけな。
クダリさんが勢い良くため息を吐く。
「そう! ひどいよね、こっちは心配してるのに」
「まあまあ、こうして問題なく行って帰って来られてますから」
さん本人は暢気なもんである。
ちょっとノボリさんとクダリさんに同情しちまうな。
親父が肩をすくめた。
「俺たちもこっちのクダリとノボリに心配されねえうちに、用事を済ませて帰るとするか」
そして、持ってきていた紙袋をさんに差し出す。
「大したもんじゃなくてすまねえが、お返しだ」
「はい?」
「ホワイトデーだろ、今日」
和製イベントを知らないサブウェイマスターは不思議そうな顔をしたが、さんはぽんと手を打った。
「ああ! ええ、まさかこのためにわざわざ?」
「もらって嬉しかったからな。お返ししたくてよ」
「うわー、なんかむしろこっちが申し訳ないような……。
こちらがあげたくなったから半ば押しつけで持っていっただけだったのに……」
「そんなことねえよ。嬉しかったぜ。
若いかわいい女の子からチョコもらうなんて、年甲斐もなくワクワクしちまった」
冗談なんだか本気なんだかわからない親父の言葉に、さんがちょっと照れて視線を泳がせつつ袋を受け取る。
「や、えーと……そんなに若くもなくてすみません……。
ミニスカートちゃんとかじゃなくてすみません……」
「俺からしたら若いしかわいいぜ」
「う、うえー? あれ、駅長さんっていくつなんでしたっけ」
「うん? ああ、四十路はとっくに越してるな、気分的には。むしろ五十に近いか。
どっちにせよ、お前さんからすれば大分年上だな」
「えーっと、実はですね……まあ、いいか」
さんがなにかゴニョゴニョ言いかけたが、口をつぐむ。
俺は親父に釘を刺した。
「肉体的にはテメエも若いんだから、そういう言動自重しやがれ。
誤解されたらどうする」
親父からすれば20近く離れた女の子を娘みたいに可愛い可愛いしてるだけだろうが、
見た目はちょっと年上の男がうら若い女性を口説いてるようにしか見えねえ。
ほらみろ、
実際サブウェイマスターが二人ともおもしろくなさそうに、ノボリの表情に揃ってるじゃねえか。
つーか、あんたらダダ漏れだな。
「母さんにチクんぞ」
切り札のせりふを口にすると、親父がちょっと慌てた。
「そういうつもりじゃねえって。
息子ばっかり三人だから、娘もいたら可愛かったろうなって、ちょっとほのぼのしただけじゃねえか」
「男で悪かったな」
「そういう意味でもねえってのに」
困る親父に溜飲を下げて、でもすぐに許してやるのは癪なので、そっぽを向いたままで笑う。
角度的に俺の表情まで見えたさんが、ちょっと笑った。
「ふふ、ほんと仲いいですね。
結構大きいですね。何ですか? これ」
紙袋をちょっと上げ下げしながら聞かれ、親父が答える。
「どうせだったら課の皆とサブウェイマスターたちも一緒に食べられる方がいいかと思ってな。
さんほどうまくはねえが、ホワイトチョコレートを混ぜ込んだフィナンシェだ。
専用の型は生憎持ってねえから、パウンドケーキ型で悪いな」
「まさか手作り?!」
「ああ。我が家では、バレンタインもホワイトデーも、それぞれお菓子を手作りする日なもんでな。
それ、うちの嫁さんのお隅付きだから、味は保証できるぜ」
「すごい。ありがとうございます。
後で切り分けて、皆でいただきますね! 奥様にもどうぞよろしくお礼を」
「口に合えばいいんだが」
にこやかにやりとりする二人を見ていたノボリさんとクダリさんの顔から、明らかに険が抜けた。
妻と仲良さそうで、さんに対して下心がなさそうだとわかったからだろう。
わかりやすい。
……多分、親父が母さんのことを口に出したのは、わざとだろうなあ……。
こういう心の機微にいちいち気がついて手を打てるくらいじゃねえと、
大企業のトップになんか立ってられねえだろうが、
素直な反応のノボリさんクダリさんに比べると、非常に腹黒く感じる。
海千山千って怖え。
気を取り直して、親父の横から、俺も持ってきた紙袋を差し出す。
「俺からも。親父ほど凝ってなくてすみませんが」
「わー、ジュニアさんまで。ありがとう。なんか袋大きくない? なん……」
笑顔で中をのぞき込んださんが、絶句する。
してやったり、と俺はニヤリと笑んだ。
「懐かしいかと思って」
「ちょ……! 本当に懐かしい……!」
袋の中身をのぞき込んだままでふるふるしているさんに、
興味を引かれたサブウェイマスターの二人も、一緒になってのぞき込む。
「わ、なにこれ、みたことないお菓子がいっぱい」
「えー、うまい、棒? わたぱち、ちょこぱい、ぽっきー、おれお、かーる……。
本当に見たことのないものばかりでございますね」
パッケージを読み上げて不思議そうな顔をするノボリさんに、説明する。
「全部、俺やさんの故郷の駄菓子です」
「へえー! そうなんだ」
「というと、シンオウの?」
「まあ」
とだけ返して、答えをぼかす。
「俺はあっちとこっちを割と自由に行き来できるんで、それを生かして、ってことで。
値段的にはあんまり使ってなくてすみません。
コンバート失敗してこっちには持ってこれないのとかもありまして」
実験がてら、ポケットに突っ込んだり上着の内側に突っ込んだり、何回にも分けて、
どこまでなら持って来れるか試してみた結果が、この袋いっぱいのお菓子だ。
チョコだのクッキーだの、こっちにもある物はなんとかコンバートして持って来れるみたいだったが、
マカダミアナッツチョコとかよっちゃんイカとかビーフジャーキーとかドライフルーツとか、
地球産の素材そのものを推しているものは持って来られないようだ。
ちょっと勉強になった。
「そっか、ジュニアさんは、向こうと行ったり来たりできるんだ……」
感慨深そうにため息をついて、さんは二つの袋を持ち直し、微笑んで見せた。
「ありがとう。やっぱり懐かしく感じる物だね!
色々試してくれたってことは、手間かかったでしょ?」
それには答えず、肩だけすくめてとぼけて見せる。
それから、
「ジュニア」
「おう」
親父に微笑みで促されて、腰のモンスターボールを一つとる。
「あと、素人の手作りお菓子と駄菓子詰め合わせだけじゃなんなんで、もう一つ。
これで三倍返しってことで勘弁してください」
「え?」
ポン、と音を立ててボールから出てきたのは、
「ソニャ」
俺の手持ち、ソーナンスのソーニャだ。
俺がさんの方を手で差して、ぽんと頭を撫でてやると、こわごわと丸まっていた背中をぴょんと伸ばす。
それから、お腹に抱えていたものをさんに両手で差し出す。
「ニャッ」
「私に?」
「ソーォニャンス!」
「あはは。ありがと」
ノボリさんが気を利かせてさんの手から二つの紙袋を持ってくれて、
さんは空いた両手でソーニャの差し出したものを受け取った。
「わー、可愛い! グラシデアの花ですよね? シンオウで見て以来ですよー」
「グラシデア? イッシュじゃ見ない花だね」
「おや、しかしどこかで見覚えが……。
ああ、幻のポケモンの、シェイミでございましたか?
渡りの際にこの花を使ってひこうタイプに変化するとか。文献でしか見たことはございませんが」
さすがサブウェイマスター、ポケモンのことには詳しいな。
さんの胸に抱かれたのは、丸っこくまとめられた、子供の手のひら位のピンクの花の花束だ。
持ったままでセンセイに乗って飛んでくると、
風圧とかでしおれそうだったので、ソーニャに持たせていたのだ。
親父が笑う。
「シンオウ地方じゃ、この花には感謝の意味があるんだろ?」
「そうですよー。懐かしい! いい匂い!
ありがとうございます、駅長さん、ジュニアさん。ソーニャもね」
花束に鼻先を埋めてはしゃぐさんは、
凄腕のポケモントレーナーでもやり手の作業員でもなくて、ただの可愛い女の人に見えた。
ピンクの花束も相まって、ますます可愛く見えて、ちょっとどきっとする。
見透かしたように、親父に耳をつままれた。
「ライバルが怖そうだから惚れるなよ?」
「な、ばっ、誰が」
「お前はちょっと年上のお姉さんに弱いからな。カミツレちゃんといい」
「んなことねーよっ」
確かに美人すぎてどぎまぎすることはあるけどな、そういうんじゃねえよっ。
男なら誰でもなるだろ、誰でも!
小声でやりあっていると、さんとノボリさんクダリさんに不思議そうにそろって首を傾げられた。
なんでもないです、と慌てて手を振って、それから親父を振り向いた。
「んじゃ、用も済んだし戻るか。あんまり仕事の邪魔になってもいけねえし」
「ああ、そうだな」
「え、もう行っちゃうんですか?! 仕事場ですけど、お茶くらいなら出せますよ?!」
慌てて花束から顔を上げて、さんがそう言ってくれた。
「嬉しいが、俺も仕事を抜けて来てるもんでな」
「ハイリンクの扉、いつ開くかわかんねえのが難点だよな……」
ここ数日、ハイリンク島で俺が待機しておいて、
うまいこと今日開いたもんだから、慌てて親父を呼び出したのだ。
最悪俺だけで来てもよかったんだが、まあ、お礼はできれば二人とも直接したかったしな。
「ああ、そうなんですか……。それはますます、わざわざすみません」
「さん、謝られちゃあ立つ瀬がねえよ」
イタズラっぽく笑う親父を見て、さんはちょっときょとんとして、それから楽しそうに吹き出した。
「……ですね! ありがとうございます!」
「ああ、可愛い女の子は、そうやって笑ってくれてた方が、おじさんは嬉しいね」
「駅長さん、もしかしなくてもタラシでしょう」
「さて」
「しかも確信犯だ!」
とぼける親父に爆笑するさんの両隣で、サブウェイマスターたちが苦笑している。
それから、ふとクダリさんが口を丸くした。
「あ。でも、二人とも、どうやって帰るの? バトルミッションとかじゃないの?」
「ああ、そうでございました。を呼んできましょうか?」
「大丈夫です。今回は二人ともアイテムを隠すミッションを受けてきてるんで」
答えて、俺はウィンドブレーカーのポケットにつっこんでいた小さなボトルを三つ、取り出して見せた。
三人ともの顔色が変わる。
「それはもしや……」
「ええ、廃人御用達、努力値ドーピング薬品シリーズですがなにか」
親父も同じようにコートの内側から、ボトルを三つ取り出す。
「しかもうちのドクターが改良して、数値のアップ率がちょっと高い特別版だったりもするぜ」
「ええ?! か、隠すんですかそれ?!」
「そのままほしいんだけど!」
「隠すミッションでなくてはなりませんか?
買い取りミッションでもこちらとしては一向にかまいませんよ?!」
身を乗り出す廃人たちが面白くて、笑いながらきびすを返す。
「ミッションの途中変更はできませんよ。ほら、仕事に戻った戻った。お邪魔しました」
「ライモンシティのどこかに隠すようにしておくから。
他の人たちに見つからないうちに、見つけられるといいな」
それじゃ、と手を振って、
親父と一緒にいたずらっ子よろしく、エントランスから地上につながる階段を駆け上る。
後ろから、
「ううっそ、ひどい! 言い逃げー!」
「ダウジング道具ってギアステにあったっけ?!」
「うかうかしているとトウヤ様やトウコ様に先を越されかねませんね……。
別世界のギアステーション謹製の特別な薬とは、是非ゲットして分析したいところでございます!」
なんて、口々に騒ぐ声が聞こえて、面白かった。