ギアステーションに着くと、すれ違う職員が、活動的な服装のノボリとクダリを見てざわついた。
ノボリは落ち着かなさそうにこそこそと長身を壁際に寄せながら、クダリは楽しそうに手まで振りながら堂々と歩く。
ほんと正反対だな、兄貴たちは。
そんなこんなで課長に連れていかれたのは、ギアステーションのサブウェイマスターの執務室だった。
プレートを見て、親父が感心する。
「へえ。サブウェイマスター専用の部屋があるのか」
「そっちにはねえのか?」
「ないな。事務室の一番奥にデスクがある。
やることが多いからデスク自体は一般職員より大きいが、同じ空間で働いてる。
職員の顔を見ながら仕事ができるっていうのが、俺はやりやすい。
ちょっとの変化にもすぐ気がつけるしな」
それで親父は駅長室があるのに、普段は事務室で仕事してんのか。
長い間の疑問が意外な所で解けて、俺は思わず課長と同じタイミングで「へえ」と言ってしまった。
クダリが微笑んで頷く。
「うん、ぼくたちも一緒、おんなじ理由」
「ええ。大体、報告を受ける時も指示を出す時も別室まで足を運んでいただくのは無駄でございましょう」
「それはそうかもしれないが……。
そうか、そっちのノボリとクダリは、こっちより対人スキルが上なのかも……」
独り言のように呟いてから、課長はノックをして、ドアを開いた。
中でデスクについていた白いコートと黒いコートのサブウェイマスターが立ち上がる。
「、やっと連れてきてくれた! おそーい。ボク待ちきれなかった」
「ようこそいらっしゃいまし!」
「おお。本当にクダリとノボリだ。変なもんだな」
正直な感想を言って楽しそうに笑いをかみ殺す親父の後ろから、課長について全員でぞろぞろ中に入る。
二人分の執務室にしては、広いな、この部屋。
ノボリとクダリが入った途端に、男の爆笑と、女の抑えようとしてできなかった笑い声が聞こえた。
なんだなんだと目を向ければ、
銀縁メガネの男と、課長と同じ作業着を着た女が物凄い勢いで腹を抱えて笑っていた。
「ぶっ、ははははは! はははははは! あーはははははは!」
「や、うそ、何これ、面白すぎる……! 黒ボスと白ボスがスポーティーなかっこしてる……!」
ああ、そういうことか……。こっちの二人、草野球を抜け出して来たままの格好だからな……。
向こうのノボリとクダリもなんか複雑そうな目で見てるし。
課長が呆れ気味に微笑んで二人を諌めた。
「お前らな。せっかく俺がこらえてスルーしてたっていうのによ。
遠慮なく笑うんじゃねえ、ボスたちと姿は同じでもお客さんだぜ?」
「そ、そうだけど、あははは駄目だツボに入った苦しい」
女の人が笑いをどうにか逃がそうと身をよじるたびに、
何故か頭の上に乗っているネイティが落ちそうになって、ぱたぱたと翼を開閉してバランスを取っている。
このままだと机をバンバン叩きそうな勢いの課長の部下(だろう、多分)を見て、
我らが悪童・白い小悪魔ことクダリが悪ノリした。
しゅたっと走り出すようなポーズを取って、無駄にキメ顔。
「おっすオラクダリ! バトルサブウェイのポケスロン、ジャンプコース担当だゼ!」
お前そんなキャラじゃねえだろ、とツッコむ暇もなく、ぎゃはー! と笑い声がさらに弾けた。
ネイティはとうとう落っこちた。床にぶつかる前に飛んだから大丈夫だろうが。
あーあー、眼鏡の人も女の人も、もう涙目じゃねえか。
向こうのノボリさんがぽかっと口を開けて、目を輝かせた。
「なんと! 別世界の、とはの通信で聞いておりましたが、
そちらの世界のバトルサブウェイは、ポケスロンの施設なのでございますか?!」
「すごいすごい、楽しそう! ボクたち普通のバトルしかしない! ポケスロンやったことない!」
向こうのクダリさんも子供みたいに両手を握ってわくわく顔だ。
俺とノボリは同時に左右からクダリの背中をはたいた。
「くだらない嘘を吐くのはお止めなさい!」
「初対面の人を騙すんじゃねーよ、馬鹿兄貴」
「いったあ! 二人で叩かなくてもいいじゃんー、ちょっとした冗談じゃんー」
ぶつぶつと泣き言が聞こえたが、俺もノボリも無視。
「突然お邪魔して申し訳ありません。わたくしサブウェイマスターのノボリと申します!
本日は休日だったもので、このような格好でご無礼を」
「ああ、そうだったのでございますか……。私、ノボリと申します。
同じく、サブウェイマスターでございます!」
「ぼくクダリ。ノボリと一緒でサブウェイマスター。
ジャンプコースじゃなくて、ホントはダブル担当!」
「ボクもクダリ。ダブル担当も一緒。あっちの二人はの部下で、ボクたちの友達」
手で示されて、ようやく笑いの発作を収めたらしい二人が軽く礼をする。
礼か。やっぱりイッシュの人間じゃねえな。
イッシュでは挨拶と言えば握手だから、お辞儀が先に出るっていうのは、やっぱりカントー方面の人間だろうか。
眼鏡の方はなんとなく課長と似てるし、もしかしたら親戚か?
職業病でついつい人間観察をしてしまう俺の横で親父も名乗って挨拶し、慌てて俺も続いた。
向こうのノボリさんとクダリさんが目をかっぴらく。
「お父様?! でございますか? その、こちらの父とは随分……。
それに、ジュニア様……弟と言うのも、私たちには……」
「ああ、俺は養父なので。血がつながっているのは末っ子のこの子だけです」
ポンと肩に手を乗せられ、呆れた。
「説明しなくてもわかるだろ。嫌味なくらい似てんだから」
「確かにそっくりだね! ボク最初見た時、一瞬双子かと思ったよ?
でも兄弟くらいにしか見えない。本当にお父さん? カントー系が若く見えるって言っても限度がない?」
「まあ、伝説のポケモンがらみで色々あって」
親父の苦笑に、それぞれが驚いた後、納得したように頷いた。
便利な台詞だな。
ポケモンは不思議な力を持ってるやつが多い。伝説の、と頭に付くならなおさらだ。
ポケモン世界の人なら、伝説のポケモンが関わってると言えば、
どんな不思議な現象も「そういうこともあるか」で納得してもらえる。
まあセンセイが関わってるんだから嘘じゃねえし、あんまり長々と説明してたら日が暮れる。
しきりに感心していた向こうのサブウェイマスターが、ふと顔を見合わせて、にっと笑った。
ノボリとクダリに向き直る。
「ねえ、ノボリ、クダリ」
「なに?」
「君たち、マルチバトルは得意?」
その一言で、バトル狂の双子たちには通じたらしい。
こっちのノボリとクダリもニヤと面白そうな笑みを浮かべる。
「もっちろん」
「ええ。わたくし共、一番得意なのはマルチでございます」
「オッケー、だったらボクたちと」
「バトルしようぜ! でございます」
「職員用のバトルフィールド、こっちこっち!」とはしゃいで先に立ったクダリさんに続いて、
あとの三人もドアからでて行く。
「あっという間に意気投合しそうだな。なによりだ」
「ったく、挨拶もそこそこにバトルかよ。これだから廃人は」
「まあ、バトルミッションだったらこれで戻れるだろうし、一石二ポッポなんじゃねえか?」
くすくすと笑ってから、「お邪魔しました」と他の三人に声をかけて、親父も兄貴たちを追って行く。
その足取りが妙に軽くて、俺は呆れた。
バトル狂はもう一人、か。サブウェイマスター同士の対戦なんてそうそうないし、はしゃぐのはわかるが。
「君は行かないのかい?」
眼鏡の人に声をかけられて、ため息を吐く。
「今はモンスターボールを持ってないんで、参加できないんですよ」
イッシュに渡った直後だったから、テリー達をまだ受け取ってない。
見学だけで我慢ってのもつまんねえし、大人しく待つか。
もしくは、この世界のギアステーションを見て回るか……いいかもしれねえな。
さっきの施設保全の話にしてもそうだし、何か向こうと違って吸収できることがあるかもしれねえ。
「俺も一旦出てきます。こっちのギアステーションがどんなか、見てみたいんで」
断ってドアに向かうと、課長が先回りしてドアを開けてくれた。
「途中まで一緒に行こう。俺も、放り出してきちまった点検に戻らねえといけねえから」
「すみません」
邪魔したのは俺たちだ。思わず首をすくめて謝ると、課長は意味深に俺を見た。
「謝る代わりに、聞かせてもらっていいか? お父さんが持ってる伝説のポケモン。
あれは、イッシュの建国伝説のドラゴンだよな?
それに、本来はお父さんの手持ちじゃねえ。お前のだろ?」
驚いて見上げると、課長は微笑んだ。
「俺が出てった時、あのドラゴンはお父さんじゃなく、お前の横に並んで戦おうとした。
だからトレーナーはこっちなんだろうなって思ったんだよ」
「……そうです」
あの一瞬でそんなとこまで見抜いてやがるとか……。
この若さでこんな大企業の課長職に就いてることといい、この人ただもんじゃねえな。
気がつけば、部下の二人も真面目な顔でこっちを見ている。
警戒した俺に聡く気がついて、課長は苦笑する。
「何も面白がって興味本位での質問じゃねえ。
俺たちもな、伝説のポケモンがらみでは、色々あった……いや、ある、だな。
だからちょっと話を聞きたい」
現在進行形で言い直すってことは、この人たちはかつての俺や親父のように、
伝説のポケモンに絡んだ大事に身を置いている真っ最中なんだろうか。
警戒は解かないまま、とりあえずは了承して頷いた俺に、ふと課長は質の違う、温かい笑みを浮かべて見せた。
「なんかジュニア君、うちの問題児にちょっと似てるな。
警戒心が妙に強いとことか、さっきみたいに身近な人を真っ先に守ろうとしたりとか」
「ちょっと……じゃない、課長! 私はここまで素直に威嚇したりしませんっての。
てゆーか身近な人をうんぬんは、課長の方がよっぽどでしょーが」
部下の女性が立ち上がってやってきて憤然と言い、眼鏡の人がパソコンを操作しながら冷静に言い返す。
「『問題児』だけで自分のことだとわかるってことは、も自覚はあるんじゃねえかよ」
「う!」
「ははは」
図星を突かれたらしいさんが指さしていた指をへなへなと降ろすのに、
課長が楽しげに声を立てて笑う。
……なんかこの三人、仲よさそうだな。単に仕事仲間ってわけじゃねえだろう。
なんだろうな、なんか気になる。サブウェイマスターの執務室にいる事といい、三人ともただの職員じゃなさそうだ。
探る目線を課長に注いでいたら、横目に見られて目が合った。
「まあそうビビるなよ。取って食いやしねえ」
「別にビビってねえよ」
からかうような笑みに、思わず丁寧語を解いて、拗ねて目をそらした。
なんか苦手だ、この人。
その原因にも思い至って、ため息を吐きたくなる。
なんとなく得体が知れない癖に只者じゃねえとすぐわかる、なのになんだか憎めない。
気を抜くとすぐに懐柔されそうな、包容力とでもいうのか、大きな暖かい空気。
この人は、親父に少し似てるんだ。
否応なく呼び覚まされるガキ臭え反抗心を押さえつけようと苦労している俺を知ってか知らずか、
課長は楽しそうに微笑んだままだ。
顔を合わせづらくて目をそらしたままでいると、さんが立ち上がった。
「あ、待って。私、次の仕事エントランスだから、そこまでならジュニア、案内できるから」
「え、ありがとうございます」
「というか、部外者一人でスタッフオンリーのとこ歩かせらんないです」
「う。すみません。つい向こうと同じ感覚で」
「うわ、ごめんなんか素直だった。怒ってないよ、大丈夫、ちょっとお姉さんぶりました」
なんか素直、はそっちじゃねえのか。なんか可愛いな、この人。
そう思って苦笑して目線を上げると、羽ばたいたネイティがまたさんの頭に乗って、目が合った。
そういえば向こうにも、トゥーさまってニックネームのネイティオがいる。
「お、お前も来るか?」
なんとなく親近感を感じて手を伸ばして撫でようとして、
「ティッ」
「いって!」
クチバシでつつかれた。結構な高威力に、思わずつつかれた手を胸に抱きこむ。
わっと声を上げて、さんが追撃しようとしていたネイティを押さえる。
「ごめん! この子警戒心が強くて、滅多と人に触らせないんだ。
大丈夫? 指折れてない?」
つっついただけで指が折れるほどの力を持ったネイティとか、いるのかよ?!
こうげきVでもそこまでじゃねえだろ!
慌てて手を見てみたが、手の甲が赤くなっているくらいで、折れてはなさそうだ。痺れてるけど。
さんが俺の手を取って覗きこむ。
「一応冷やした方がいいかな。本当にごめんなさ……」
「大丈夫です、多分ネイティも手加減してくれ……」
言いかけた言葉が、途中で消える。
触れた手を中心に、青白い光がぽぽぽと次々に灯って視界を埋めていく。
「ハイリンクの光? ミッションクリアか?」
ってことは、この世界の、俺に対応する人物は、このさんなのか?
全然似てねえ、性別まで合ってねえ。どういうことだよ。
目を見開いてさんと目を合わせた瞬間、ざわりと何かの気配を感じて背筋が粟立った。
「何だ?」
周りを見回しても、特に何も変化はない。けど、確かに何かいる。
視界の端を光に紛れて、ぞろりとした太いむかでの脚のようなものが横切った、様な気がした。
視覚でわかるもんじゃねえ。センセイの精神体に感じたプレッシャーに似てる。
さんが正確にそいつの方を向いて、
「ギラティナ?」
と呟いた。
ギラティナ? 確か、この世の裏側にいるっていう、シンオウの伝説のポケモンじゃ……。
伝説のポケモンを連れた、カントー系の顔立ちの人。
「まさか、さん、日本じ……」
眩しくて目を閉じてしまって、言葉はそこで途切れた。