●● 地獄の沙汰は彼次第 --- 趣味を持つ事も大事です ●●
そういえば、実家のゴンゾウ(ミシシッピーアカミミガメ:全長30センチ)は
元気かなぁ…今時期は甲羅にコケが生えやすいから洗ってもらえてるかな?
鬼灯さんに頼まれて庭一面の金魚草のお世話をしてたら思い出しちゃった。
この金魚草は泣くらしいけど、あの子は呼んだら首だけこっちに向けたっけ…
「これだけの数、一体どうやって増えたんだろう…」
底に小さな無数の穴を開けたバケツにホースを突っ込んで
持ち手のところを竹にくくりつけた鬼灯さんお手製の水遣り器を使いながら
庭一面の金魚草に均等に肥料入りのお水が行き渡るように気をつける。
「よしっと、水遣り終了!後は枯れたのを引っこ抜いて…っと!」
これは滋養強壮剤の原料になるらしいから抜いたあと10本ずつ束にして
庭の隅に置いてある空き箱に入れておく。
金魚草って薬になるだけじゃなくって食べたり飲んだりできるって
大王様が教えてくれたっけ…現世じゃユーグレナとか呼ばれてるけれど
ぶっちゃければミドリムシが飲み物とかサプリメントとかになってるから
これも同じ感じなのかな?お刺身にすると美味しいらしいけど
花を食べてる事になるのか、魚を食べてる事になるのかどっちなんだろ
ってか、全部同じ色で同じ形なんだけど色違いとかはないんだろうか?
目に付く枯れた金魚草を片っ端から引き抜きながらそんな事を考えて
改めて金魚草をまじまじと見てみた。
ぎょろりとした目玉で全部の金魚草が私を見てる図はシュールだと思う
手前の金魚草の頭をちょっとなでてみる。ヌルヌルはしてないなぁ
撫でられた子?はちょっと顔を赤らめてる。なにこれ、可愛い!!
ほっぺたの部分をツンツンすれば尾びれ?をゆらゆら揺らしながら
『おぎゃぁ…おぎゃ、おぎゃぁあああああ///』
照れてる?ねぇ、これって照れてるの?!ギャンかわなんだけどっ!!
両手を握り締め天を仰いじゃう位の可愛さだよ!フォーリンラブだよ!
「癒されるぅううう、すっごく可愛すぎるぅうううう!
この乙女の様な恥じらいは雌なの?いや、雄でも違う意味で堕ちそうだよ!!」
「ほぅ、さんのタイプは金魚草ですか。」
自分の身長と同じ位の高さに育った金魚草のプルプルしてるっぽいほっぺたに
渾身のチューをしようと思ったら目の前にでっかい手のひらが伸びてきて
問答無用で顔面鷲掴み状態にされましたー!指先に力が入ってて痛いですっ!
「痛い、痛いですってば!せっかくのラブラブタイムを何するんですか!」
「ラブラブタイムって死語ですね、貴女が死んでるから言葉も死んでますか
許可なく勝手な真似はしないように、病気になったらどうするんですか。」
「私は病原菌ですかっ!!」
若干持ち上げられて爪先立ちになったけどジタバタしたら解放された。
身長差が30cm以上あるから仕方ないかもだけど、ちょっと酷いよね!
「勝手をしたのは謝りますけど可愛いのが悪い!
いやーん、この死んだような目とか陸に上がった魚みたいなビチビチした動き
どれをとっても秀逸ですね!芸術品の域にいっちゃってるんじゃないですか?」
「コンテストでは大きさ、泣き声の他にそういう点も審査基準になります。」
ちょっと見直したみたいな表情で鬼灯さんはそう言いながら金魚草に目を向けると
その中のひとつを指さした。その子は一番大きいわけじゃないけどバランスが
とっても良い感じで、表情もずば抜けてる気がする。
「あれは以前コンクールで優勝した個体です。草丈、花の大きさのバランスが
黄金率で大変素晴らしいと言われました。勿論鳴き声も同様にです。」
『おぎゃぁああああ!』
鬼灯さんに言われた子はなんだか得意気に泣き始めた。高くも低くもなく
それでいてとても良く通るその声に成程と納得してしまった。
「作り手の努力っていうのか愛情が実を結んだ良い事例ですね。
鬼灯さんが見つけたって聞いてますけど、他の種類ってないんですか?」
「他のとは?」
「そうですね、例えば形が異なるとか色違いとか?
金魚じゃないけど、ダンゴウオとかだと育つ環境で色が違ったりするんですよ。」
「あぁ、浮き袋を持たないで吸盤で岩についてる魚ですよね。
私としてはダンゴウオの仲間のホテイウオの方が興味がありますね。」
ホテイウオなんて知ってるんだ。あれって結構珍しいと思ったけど。
でも色々博識っぽい鬼灯さんなら知らない事の方が少ないんだろうな。
「それ、ゴッコって私の実家の方じゃ呼んでました。
見た目はアレですけど食べるとコラーゲン豊富だし結構美味しいんですよ。」
「ほぅ、それは是非一度食べてみたいですねぇ…話が逸れてしまいましたが
金魚草の他種は現在まで見た事はありません。色については秋になるとですが
花の模様はより赤くなります。中には赤紫に変化する個体もあって、そういうのは
ざわめくトルコ石と呼ばれて大変貴重です。もっとも私はそんな変化がなくても
それぞれに個性があるし、全てを同じ様に世話していますけどね。」
「でも食べたりもするんですよね?」
手塩にかけた子を食べるってどうなのかなって思うけど、それを言っちゃうと
現世の畜産業なんかは成り立たないわけで、鬼灯さんもそういう考え方なのかな?
お偉いさんが来たときなんかは率先して活き造りとかしちゃうって聞いたけど
どんな気持ちなんだろう。
「猫可愛がりする愛好家と一緒にされるのは心外です。
確かに私は趣味の一貫として以上に栽培に力を入れてますけれど需要があれば
それに応じるのは当然じゃないですか?むしろ最高の品をと思いませんか?」
「見た目だけじゃなく、味も評価してもらいたいって感じですか?」
こういう考え方は畜産やってる友人から何度も聞かされた事がある。
すぐに売られてしまうのだとしても愛情をかけなきゃダメなんだって
ただその愛情が丈夫に育てよ、美味しく育てよって事なんだけど
当の家畜にしたらそれってどうなんだろう、愛情になるのかなぁ…
「コンクール用と食材用とは違うんですよ。同じ様に育てても個体によっては
観賞向きか食材向きかといった違いが出てくるんですよねぇ…
ただ、優秀な個体はその両方を兼ね備えている場合も多いです。」
その辺はまだまだ未知の分野なんですといって何度も頷いている。
そっか、色々試行錯誤の最中でまだまだ伸びしろがあるんでしょうね。
でも、どうせ食べるならもっと美味しくって思うのは当然だよね?
「餌…っていうか肥料によっての味の変化ってあるんですか?
例えば豚にホエーを飲ませると甘味の強い脂身ができて肉も柔らかくなるとか…
魚でいえば、柑橘系のフルーツを餌に混ぜると身がその風味になるらしいし」
「貴女、実は食いしん坊でしょう。」
呆れた様にこっちを見る視線が冷たく刺さって痛いです。
元が良いから、そういう趣味の人にはご褒美になるだろうけど私は違うから!
むしろ優しく思い切り甘やかせてくれる人が理想です。
家事をしなくても良いよ、仕事をしてる君が好きっていう人ならなお良し!
でも大抵口だけでつきあっていくと仕事と俺とどっちが大事とか聞くんだよね
仕事に決まってんだろ、バーカ、バカ!あ、嫌な事思いだちゃったじゃないか。
「ほっといてください!否定はしませんけどね。
他にも観賞用だって、花には色水を吸わせると色が変わるとかありますよね?
それって可能ですか?青い金魚草とか結構綺麗だと思うんだけどなぁ…」
「それにストライクゾーンも広そうですね、考えた事もありませんでした。」
「勿体ないですよー、こんなに可愛いんですからもっと可愛くしなきゃ!
食べる方にしたって、美味しく食べてあげなきゃバチが当たりますよ!!」
ビシッと音がしそうな位の勢いで指をさしたら、人を指さしちゃいけませんって
指を変な方向に曲げられながら怒られた。まるでお母さんみたいだよね!
なぜだかそのままの状態で鬼灯さんはふむ…と言って考え込んじゃった。
「バチを当てるのは得意ですが当たるのは勘弁して欲しいですね。
まぁ私にバチを当てるような、そんな方がいらっしゃるとも思えませんが
もし、品種改良が成功して新種ができたとしたら面白いですね。
そうなるとコンクールの基準も変えていかなければならなくなりますね…」
「コンクールの部門を増やせば良いんじゃないですか?
確かに新種があればって思いますけど、原種には原種の良さってのがありますし
その辺をきちんと把握してこその品種改良だと思いますけど?ねーっ。」
ずっと私と鬼灯さんの話を聞いていた?金魚草達に向かってそういえば
一斉に泣きながらブンブンと前後左右に揺れだした。うわぁこれは壮観だ。
その様子に見とれてる私の横で、鬼灯さんが私を見て目を細めた。
「原点回帰は何事でも大切です、さんはよくわかってらっしゃる。
後は栽培する側の好みという事になるのでしょう。改良は確かに面白そうですね
どうです、貴女も乗りませんか?栽培に関しては私が指導しましょう。」
「面白そうですけど、まずは基本の栽培方法を教えてください。
何事も基本を疎かにしちゃ応用なんて出来ないし失敗しやすいじゃないですか。
仕事もまだまだ覚える事が沢山あるんで、まずはこの子達のお世話の手伝いから
それから順を追って少しずつって感じにしてもらえるなら乗りたいでっす!」
近くにあった金魚草の1本のほっぺたをツンツンしてみたら可愛い声で泣かれた。
それを見て鬼灯さんは素質があるかもしれないって言ってくれた。
「さんは動物や植物の飼育経験はありますか?」
「小学校6年間ずっと飼育委員で鶏、雉、兎の飼育してました!
どの子も可愛くて賢かったですね、簡単な芸とかすぐ覚えたし。
植物は実家で私が作った野菜は他と違って味が濃くて美味しいと言われたけど
観賞用の花については素人ですね。食べられないんじゃつまらないですし。」
「本当にそういうところはブレませんよね。」
「やだ、褒めてもなにもでませんよ?」
「どこをどうとれば褒めてると?さぁ、結構時間を使ってしまいました。
無駄な時間ではありませんでしたが、勤務時間にする話でもありませんからね。
ロスした時間の分、キリキリ働いて巻き戻してください。できますよね?」
着物の袂から懐中時計を取り出して、鬼灯さんは思い切り眉をひそめた。
うわわ結構話し込んじゃった。勿論仕事はキッチリとやらせてもらいますとも!
着物の裾についた埃を叩き落としながら、先を行く鬼灯さんを追いかける。
現世じゃ趣味の時間なんてとれなかったのに、あの世で趣味ができたとか
ホント私にとって地獄は性に合ってる。住めば都ってこういう事なんだね!