●● 地獄の沙汰は彼次第 --- まじないとのろい、漢字で書けば同じです ●●
書簡を抱えて閻魔庁を歩くと、獄卒の方や官吏の方達とすれ違うわけで
勿論その時はすれ違いざまにだけど会釈する事は忘れません。
大抵はどうしてだか困った様な顔をして固まられちゃうんだけど
仕事をスムーズにするには人間関係って大事だもんね!でもこの場合は
相手は鬼だったりするから何関係って言えば良いのかなぁ…
私が閻魔庁に書簡を届けに行く時間は大体決まっている。
それは上司にあたる鬼灯さんからこの時間以外は立ち入らないようにって
きつーく言われているからなんだけど、その理由って…
「やっぱりぽっと出のド新人がNo.2の秘書っぽい事をしてるからかなぁ…」
現世でも飛躍的な昇進をした人は色々噂されたり僻まれたりするもんね
どこの誰ともわからない様なそれも人間だった私がどうしてって感じで
周囲の皆さん達はよく思ってないのかもしれないなぁ…
「はぁ…」
法廷の裏手に来てみれば丁度罪人を閻魔大王様が裁いてる真っ最中で
その隣で鬼灯さんが鬼の様な…あ、鬼だからそのまんまか、な顔してる
周囲には他にも何人かいて、いつもその中に割って入るのは勇気がいる
タイミングを見計らってたら、鬼灯さんが私に気がついたみたい。
大王様に何か言ってからこっちにやってきた。
「丁度良かったです、今日はあの阿呆が随分はりきっているおかげで
ペースがいつもより早いので催促の遣いを出そうかと思ってたんです。」
書簡の束を鬼灯さんに渡して、ちらりと法廷をみれば大王さま以外の何人かが
こっちをみてコソコソなにかを話してる。これって私の事を言ってるんだよね
別に私個人の事なら良いんだ、認めてもらえる様に頑張れば良いんだし
でも鬼灯さんが私の事で悪く言われてたりしたら嫌だなぁ。
「さん?」
「はいっ!あ、すみません。ちょっと考え事をしてました。」
私の様子が変だって気付いたんだろうな、鬼灯さんは私の視線の先を見てから
あぁ、って感じで納得した様に頷いた。
「他の方達の視線が気になりますか?さんはついこの間まで亡者でしたから
皆さんまだどの様に接して良いのかわからずに戸惑ってるんですよ。」
「あ、そういえば私って本当ならお裁きを受ける立場でしたもんね。」
肝心な事を忘れてた!私は人間ってだけじゃなかった、亡者だったんだっけ。
あの世に来て、目の前に鬼灯さん(その時は加々知さんだと思った)がいて
いきなり仕事をしましょうって言われてびっくりしたっけ…
鬼灯さんに色々教えてもらって成り行き上こうして仕事を続けてるんだった。
そうか、そういう事で私をみる皆の目が変だったんだ。
大王様が鬼灯さんを呼ぶ声がする。うわわ、無駄な時間をとらせちゃった。
「すみません、戻って残りの仕事をしてきます!」
そのまま鬼灯さんの返事も聞かないで自分の部屋へ駆け出した。
途中何人かとすれ違ったけど、やっぱり私に声をかける様な人はいない。
こういう時、どうすれば良いか知ってるよ!仕事をすれば良いんだよ!!
とり憑かれた様に筆を走らせて仕事をどんどん片付ける。
出来上がった書簡は通りかかった人に鬼灯さんに渡してもらえる様に頼んで
ひたすら机に向かってたら時間の過ぎるのもすっかり忘れてた。
「失礼しますよ、さん、食事にも来ないのは感心しませんね。」
ノックとほぼ同時にドアが開いて鬼灯さんが顔をのぞかせた。
眉間にはいつも以上にくっきりと皺が刻まれてて目つきも怖い
「あ…そういえば昼ご飯も夜ご飯も食べてない…」
「仕事熱心なのは大変結構ですが、体を壊されては困ります。」
「すみません…って、死んでるけど体を壊すんですか?」
「現世とここでは多少の違いはありますがあまり変わりません。
風邪もひくし、睡眠不足にも過労にもなりますから気をつけてください。」
「はい。」
波に乗るとついつい忘れてしまうんだよね、現世でも企画書書いてて
気がついたら夜を通り越して朝になってたなんてザラだったし。
ご飯も食べるのを忘れる事も多くて繁忙期前後だと5キロ位変わるし。
そういえばこの前もらった金魚草の飴があったなぁ…
あれって確か滋養強壮にも良いって書いてあったから食べようと思って
机の上においてあった見るからに怪しげな包装に伸ばした手を掴まれた
「?」
「特別サービスです。さんは大変頑張ってますから。」
そう言うと鬼灯さんは懐から竹の皮に包まれた物を取り出した。
なんだろうと思って見てみたら綺麗な形をしたおにぎりで
「さんの元気が出る様にまじないをかけておきました。」
「それ、どっかで聞いた様な台詞ですね!
食べながらワーワー泣いて、それでも完食した方が良いですか?」
「しても良いですが、私は鬼神で八百万の神様とは違います。
慰めるなんて事はしませんよ。そんな事して何になるんですか。
泣いてる子を殴って更に泣かせる方が性に合ってます。…やりますか?」
無言でもらったおにぎりをパクパク食べてたら隣にきて眉間をつつくけど
それが下手なデコピンよりも痛いんですが、何その馬鹿力!!
「痛い痛い痛い!私泣いてないじゃないですか!!」
「泣かぬなら泣かせてみせようって言葉もありますから。
安心してください殺しませんよ、単なる上司と部下のスキンシップですから。
手が止まってますよ、つべこべ言わずにさっさと食べなさい。」
「邪魔してるのは誰ですかっ!あ、金棒構えるのはやめてください
2度目の死亡とか洒落にならないですってば!」
行儀が悪いのはわかってるけど、自分の身はやっぱり可愛いもん
鬼灯さんの射程距離から離れてひたすらおにぎりを食べる事に集中した
やがて、構うのに飽きたのか鬼灯さんは私がさっきまで座っていた椅子に座り
溜息をつきながら私が食べているのを見てる。
いや、そんなに見られるとちょっと食べにくいんですけど…
ご飯ばかり口に入れてると喉が詰まりそうだから、机の上に置きっぱなしの
冷め切ったお茶の入った湯呑をとろうと手を伸ばしたら掴まれた。
「他の官吏や獄卒の方達の視線が気になりますか?」
「今の私にはそれについて言える立場じゃないです。」
「…気になりますか?」
この顔はとっとと洗いざらい曝け出しちゃえって事ですね。とぼけるのを諦めて
反対の手で湯呑を取って、一口飲んでから白状する事にした。
「気になりますけど、仕方がないなって思ってます。
ほら、私みたいな亡者あがりがいきなり鬼灯さんの秘書みたいに傍にいるし」
「は?」
無表情で小首を傾げるとか怖い。あれ、そういう事なんじゃないのかな?
仕事をする様になってから私に声をかける人がいない事を言ったら
なんだ、って顔をしてから頬杖からの大きな溜息とか意味がわからない。
「あれ?そういう事じゃないんですか?私てっきりそうだと…
良い所の大学を出た人を差し置いて、お茶くみしてた様な事務員あがりが
上のポストについたって、前の会社でもそんな感じだったんで…違います?」
「あぁ、さんも叩き上げの人でしたか。
ここで、そんな事で人事に異議を唱える様な方はいませんよ。
大体貴女はそんな事気にする様なタイプじゃないでしょう。」
「勿論ですよ、肩身が狭いとか言う前にちゃんと成果を出せば良いんです!
出る杭だって出すぎてしまえば打たれませんからね。」
「確かに貴女はあの会社では目立ってましたねぇ…
まぁ、私がこうして引き抜いたんですから、それも間違ってませんね。
勘違いしている様なので訂正させていただきますが、皆さんの態度は
貴女が亡者だったからではありません。地獄には沢山の元亡者の方々が
それぞれに仕事をしてます。中には補佐官をやってる方もいるんですよ。」
そう言って鬼灯さんは何人かの名前を出したんだけど、皆有名人!
ってか、そんな人達なら地獄じゃなくて天国行きなんじゃないのかな?
「…と、いうわけで、そもそもあのド阿呆もそうなんです。
人類最初の亡者ですからね、この話は地獄にいる皆さんご存知です。
他の方との接触を避けてるのは、そもそもは貴女の為なんですよ。」
「私の為…ですか?」
亡者上がりは珍しくないけど、私の為ってどういう意味なんだろ?
話しながらでも手は休めてないから、出来上がった書簡を鬼灯さんに渡す
片手におにぎり、片手に筆で気分は二刀流の宮本武蔵?
そんな事を考えてたら鬼灯さんはとんでもない事を言い出した。
「以前言いましたけど、さんは亡者歴が浅いです。
私達官吏や獄卒は亡者を裁く為に存在してますから、貴女を見るとついつい
呵責したくなるんですよ。確かにこちらの食事を摂られる様になってから
かなりマシになりましたけど、まだまだ亡者臭がしてますからね。」
「え、私って臭いんですか?!」
確かにちょっと気を抜くと2徹位しちゃうけど、仕事前にはシャワーしてる
ここの部屋は社員寮みたいな感じだけど個室にバストイレ別とか良物件!
それは私が生活するのに困らない様にって閻魔大王様が用意してくれたみたい
仕事的にはアレだけど、そういう所を気にかけてくれるから憎めないよね。
で、臭いってもしかして死んでるから腐臭がしてるんだろうか?
「その臭いとは違いますよ。例の湯屋でもそんな場面があったでしょう。」
「あぁ、人臭くてってヤツですね。確かここの物を食べれば……」
あれ、と思って手にしたおにぎりから視線を外したら鬼灯さんと目があった。
鬼灯さんは書簡を横に置いてからゆっくりと私…正確に言うなら私が持ってる
おにぎりを指差した。
「だから言ったでしょう、まじないをかけておきましたって。」
「ちょ、ちょっと待ってください!まじないって?!
もしかしてこのおにぎりの中に何かヤバい物とか入っちゃってるんですか?!」
3つあったおにぎりのうち、既に2つは私の胃袋の中だったりする。
まじないって、鬼灯さんが言ったら何だか呪いみたいで怖すぎるんですけどっ!
「それは企業秘密です。本当に早くこちらに馴染んでもらわないと困ります
さんにはここの仕事だけじゃなく、現世の出張にも同行してもらうつもりで
既にスケジュールも組んでるんですから。」
「そんな企業秘密いりませんってば!現世の出張…ですか?」
「それだけではありません、こちらに馴染んでいただかない限りは
他の皆さんとの接触は難しいので困ります。あ、そういうのがお好きですか?
それなら私も我慢せず、遠慮なく、思う存分、呵責させてもらいますけど。」
態々言葉を強調して金棒を構えないで欲しい。
っていうか鬼灯さんには結構痛い指導をされてるんだけどあれで手加減してた?
いや、法廷で見る限りしてたんだろうなぁ…気を使わせてたとか知らなかった。
「自分で自分の限界を突き詰めるのは好きですけど、人にされるのは嫌です!
で、亡者臭ってのをなくすのは例の湯屋と同じ様に食べれば良いんですか?」
「以前黄泉戸喫の話をしましたよね?脳みそのシワに刻み込まれてませんか?
されていないのでしたら、お手伝いしてさしあげますよ。」
「いやー、しっかり刻みこまれてました!だからお手伝いは不要でっす!!
そういう事なら食べる事も仕事の一部と思って頑張りますね!」
「もう少し落ち着いたら外に食べにいきましょうか。勿論、経費で。」
自腹で奢ると言わない所が鬼灯さんらしいかも。
仕事に支障が出る様じゃ洒落にならないけどね…別な問題があったりする
別に食べても良い、食べても良いんだけど
「言っておきますけど、私いっぱい食べますから。」
事実、上司の奢りで居酒屋にいってアルコールなしで万金使わせました!
レジで上司が青い顔してたけど、嫌いな奴だったから罪悪感は無い!!
「テレビのCMでもありますよね。いっぱい食べる君がなんちゃらって
この仕事は体力も必要ですから、しっかり食べていただかないと困ります。」
「その辺はご心配なく!」
食堂で食べてるのを見てるから、私の食事量を知ってるんだろうけど
鬼灯さんは全然気にした感じじゃないなー。
むしろ懐からメモ帳を取り出して、いつにしましょうかねぇ…なんて
既に行く事決定っぽくなってたりしてるし。
でもそう言えば閻魔大王様はともかく、鬼灯さんも結構な量食べたっけ…
あ、もしかして私の、人間の基準はここじゃ当てはまらないのかな?
「では手始めにその手に持ってる残りを食べて下さい。」
「えー、あんな話を聞いちゃったら食べる気無くしちゃったんですけど…」
「食べさせてさしあげても良いんですよ?」
「出された物は全量摂取ですよね!いただきまっす!!」
上司が料理を(って言えるかな?)してまで部下に食べさせるとか
人間関係も良好なんてここはやっぱり良い職場だね!
急いで食べた残りのおにぎりは最初と変わらずとても美味しかったです!!