●● 地獄の沙汰は彼次第 --- 黄泉戸喫〜よもつへぐい〜 ●●
ここに来てからどれだけ時間がたったんだろう、死んでから裁きを受ける迄の
執行猶予的な時間が私にはなかったから四十九日の法要前位なのかなぁ…
大量に山積みにされた書簡を前にして持ってた筆を硯に置いて背伸びをする。
死んでもお腹が空くなんて思わなかったなぁ…
腹が減っては戦ができぬ!だし、しっかりご飯を食べて仕事を再開しよう。
ここの食堂には地獄ならではのメニューもあるけど、それ以外の
現世にもあるご飯も取り扱ってるので助かった。
以前閻魔大王様の食べてたシーラカンス丼はちょっと美味しそうだけどね!
「すみませーん!カツ丼ひとつ、味噌汁と漬物もお願いしまーす!」
大声で厨房に声をかければしばらくして食事がお盆の上に乗せられて出てくる
黙っていてもご飯が用意されるって幸せな事だよね!
両手を合わせていただきますをしてから食べ始める。カツがサクサクでうまー!
黙々と箸を動かしていたら、鬼灯さんがやってきた。
見た目的にアウトー!なそれは地獄メニューなんだろうな、お盆を手にして
周囲を見ていた時に私と目があった。ご飯が口に入ったままだったから
黙って頭だけ下げてお辞儀をしたら向かいの席にちゃっかり座った。
「さんはカツ丼ですか…貴女はこちらの食事をした事がないそうですね
見た目はともかく味は保証いたしますから挑戦してみてはいかがです?」
そういうと鬼灯さんは私の目の前にレンゲを差し出した。
見たくない、それ絶対何かの目玉ですよね?!うわー、こっち見てるってば!!
「いやいや、遠慮します!ってか、それを早くどこかへやってくださいっ!!」
「おや、好き嫌いはいけませんね。それに上司の好意を無にするんですか?
最近お疲れのようだから、滋養のあるものをこうやって差し上げてるのに…」
更に口元近くまでレンゲを近づけてさらっと言うとか鬼畜上司だよね、知ってた!
どうやらメニュー的にそれは照り焼きっぽいんだろうけど、そのテラテラ具合とか
生理的に受け付けないんですってば!!必死に断り続けてたんだけど
「さん、上司の言葉は?」
「絶対でっす!あぁもう、わかりました。食べれば良いんでしょ!!」
根っこの部分まで染み込んじゃった社畜精神が憎いっ!
目を閉じて一口でそれを口にいれる。あ、あれ?ちょっとこれって煮こごり的な?
見た目はともかく味付けっていうか素材の味もなんですけど
「…美味しいかも?」
「そこで疑問系ですか、私が食べているんですから不味い訳がないでしょう。
そもそも好き嫌いはいけません。お残しはゆるしません!ですからね。
こんどはこちらの肝を…これも滋養強壮に良いんですよ。」
こんどはなんだろう、見た目は豆腐っぽいけど絶対違う的な?
目玉よりはましだから黙って食べたけど、なんだか餌付けされてる雛みたい。
鬼灯さんは私が飲み込むのを確認すると何度も頷いた。
「お味は?」
「見た目的にアウトでしたけど美味しかったです」
「何事も見た目だけで判断してはいけません。こうやって美味しいものありますし
そんな事では人生半分以上損していますよ、勿体ないですね。」
何を基準に勿体無いなのかわからないけど、確かに美味しかったから今度は
地獄メニューに挑戦してみても良いかもしれないなぁ。
鬼灯さんはそんな事を考えてる私のお盆から漬物をひとつとって口に入れた。
あぁ、キャベツの芯!甘くて好きだから取っておいたのに!!
私の気持ちなんてこれっぽっちも気づいてない鬼灯さんはボリボリと良い音で
食べちゃってるし…好きなものをこの人の前で取っておくのはもうやめよう。
そうだ、鬼灯さんの取り分を食べちゃったんだから、私も進呈しなくちゃ!
脂身が絶妙な割合で入ってる美味しそうなひと切れを選んで箸で摘んで差し出す。
「……これは?」
「え?さっき私が鬼灯さんからもらったんでお返し?」
「…なんでも疑問系にして良いものではないんですよ。
貴女はそうやって結構物事の判断を丸投げしますが、それではいけません。」
そう言いながらもしっかり食べるんですね、美味しいですねと言ってもらえたんで
嬉しいですよ、一番食べたかった場所だなんて言わないですけどね!
だって上司に差し出すんですから絶対良い所じゃなきゃ駄目ですから!
「そういえば天国では食事の時は凄く長い箸を使うんでしたっけ?
んで、食べさせあいっこするって昔ばあちゃんから聞いた様な気がします。」
「あぁ、さんは亡くなってすぐにこちらにきたからご存知ないのですね。
地獄も最初の食事は同じです。そこで最初に地獄か極楽かに振り分けられます。」
「へぇ…」
なんでもそこで食べる事ができないで飢えて怒っちゃうと地獄行き決定らしい
ただ食べさせるだけでも駄目だし、誰かがくれるのを待っても駄目なんだとか
更にこれを食べさせるからあれを食べさせろって取引しても駄目らしい。
それじゃあどうしろって言うんだろう、地獄行きの基準がよくわからないなぁ。
「さんは私にどういう気持ちで私に差し出しましたか?」
「へ?…だからさっきも言いましたけど鬼灯さんが最初に私にくれましたから
お返しをするのは当たり前だと思うんですけど。」
これって私が間違えちゃうと地獄に落ちちゃう?あ、もう落ちてるんだった。
それならどうしてこんな事を鬼灯さんは聞くんだろう。
「あの一切れにした理由は何かおありですか?」
「理由って、あれが一番赤みと脂身のバランスが良くて美味しいから?
鬼灯さんお肉結構好きですよね?脂身部分も結構いける口だと思ったんですが…」
なんでこうなったんだろう、地獄じゃ食べさせあうのはダメなの?
でも最初にやったのは鬼灯さんなんだからダメって事じゃあないんだろうけど
次に美味しそうなカツを口に入れながらその意味を考えてるんだけど
地獄歴?ってのが短い私にはさっぱりわかりませんね!
「だから疑問形を直しなさいと言ってるでしょう。
それは私の好みを考えて良かれと思ってと言う事でよろしいんですね?」
「鬼灯さんも疑問形じゃないですか!えぇ、そのつもりだけど駄目でした?」
「私のは質問ですから関係ないですね。駄目ではないですが…まぁ良いです
さんのその行いですと本来であれば極楽行きが決定してしまいます。
貴女本当に根っからのお人好しなんですねぇ…」
「それ褒めてます?違いますよね!極楽行きだと言われても行きませんよ
だって何もしないで過ごして良いよって、何をすれば良いか困りますもん。」
「行きたいと言っても行かせるつもりはありませんので安心してください。
そうだ、黄泉戸喫ってさんはご存知ですか?」
「よもつへぐい…ですか?いえ、知りません。」
「極楽での食事を教えてそれを教えないなんておばあさまも間抜けですね。
普通は最初にそれを教えなければ駄目なのに、まぁもう良いんですけど。
簡単に言えばあの世の火で煮炊きした食べ物を食べるという事です。」
口の中に入ってたご飯を飲み込んで、まじまじと鬼灯さんの顔を見た。
それって今のこの状況の事じゃないですか!
鬼灯さんの目がすっと細められて凄く楽しそうに見えるんですけど!!
「ぶっちゃければ、あの世のものを食べると現世には帰れませんという事です。
昔から同じ釜の飯を食うって諺がありますよね?
あれは仲間意識を培う事と思われていますが、むしろ契約の方が正しいんです。
昔は通貨なんてありませんでしたから、食事をするだけというのは成立しません」
「でも私は既に死んでますから契約とか関係ないと思うんですけど。」
「亡者に食事が許さるわけないでしょう、食事を摂る事が出来るのは獄卒だけ
そして何らかの貢献をしなければ、つまり働かざるもの食うべからずです。」
なんだろう、今まで美味しく食べてたはずのカツ丼が塩辛く感じる。
食べるためには仕事をしろってのは万国共通、あの世でもなんて知らなかったよ!
「だからどうしろと言う必要もなくさんには仕事をしていただいてますし
むしろ、あの世メニューを食べたんですからもうここから逃げられませんと
言いたかったんですよ。まぁ、逃がすつもりは毛頭ありませんけどね。」
言いたい事は全部言ったぞ!って感じで鬼灯さんは食事を再開した。
そっか、確かにこっちに来てからもあの世メニューを食べてなかった。
それだけじゃあきっと契約の効果が薄かったんだろうな。
「だから鬼灯さんは私にそれを食べさせたんですね。」
「勿論それだけじゃありません。自分の好きな物を相手に食べてもらって
それを好きになってもらいたいと思うのは当たり前の事でしょう。」
「何が当たり前かよくわかりませんけど、今度からはあの世メニューも食べます。
鬼灯さんのおすすめとかあったら教えてくださいね。」
「…それでは今度仕事が終わった時にでも一緒に行きますか?
私は結構あちこちで食べていますからそれなりに舌には自信がありますよ。
肉系と魚系どちらでもこう見えて守備範囲は広いですから。」
「私も特に好き嫌いはないから…あ、辛いものがちょっと苦手なんで
その辺はちょっと勘弁してもらいたいです。出されたものは全部食べたいんで!」
そうなんだよね、カレーなんて未だに甘口でも大量に水が必要だし。
お寿司のわさびはちょっとなら平気なんだけど、キムチは論外だったりする。
お膳の中身をすっかり平らげた鬼灯さんが顎に手を当てながらなんだか悩んでる。
「辛さに身悶えするさんも見てみたいですけどねぇ、わかりました。
とりあえずは、辛いものは無しで始めていくとしましょう。
嫌いなものがないのは残念、あえてそれを出して食べさせてみたかったです。」
「それ、本人を前にして言っちゃ駄目だと思うんですけど?」
「だから疑問形をやめなさいと…言ってもわからないなら実力行使です。」
「すみません、頑張って直しますんでそれだけは許してください。」
鬼灯さんはそれから私が食べ終わるまでずっと食堂にいた。
食堂のメニューを見てブツブツ言ってるから、私に食べさせるものでも
考えているんだろうけど、その名前が美味しそうではないのは許して欲しい。