いと わいるど なり ! -触った神に障り有り-

● いと わいるど なり ! --- 触った神に障り有り ●



陽もかなり傾き、そろそろと夜の帳が空を覆い始めても尚
扉が吹っ飛び開け放たれた鍛冶場で妖精達と刀剣男士達は片付けにおわれていた。


「ちょ…っ!!コレって何があったの?!」


遠征部隊隊長の加州清光は地面に資材を置くと刀に手を置いたまま
まるで敵襲かと思うような惨状の中注意深く中に入る。
そこには黙々と片付けていた歌仙兼定がいて敵襲では無いようで
こちらに気付くと鷹揚に笑いながら手を振り遠征の帰りを出迎えた。


「おや加州おかえり、その分だと遠征は大成功だったようだね。」

「歌仙、あんたがついてながらこのザマはなんだよ!
奇襲かと思って焦ったじゃん、主は?主に怪我はなかったの?!」


入口近くで散らばった資材を集めていた歌仙は加州に詰め寄られると困った様に
眉を下げながら大げさに溜息をついて事の次第を説明する。


「まぁそういう訳で、付喪神とはいえ神に喧嘩を売ってあの程度の
傷…障りで済んでるのだからある意味僕達の主は運が良いんだろう。」

「え、主怪我してんの?!なんで歌仙はこんな所でのんびりしてるの!
アンタ初期刀なんだから、こーいう時こそそばにいなきゃ駄目じゃん!」

「ここはもうぼく達だけでも大丈夫。あなたは主の所へ行ったほうが良い。」


喚き散らす加州にタジタジの様子の歌仙の袂の裾を引っ張り小夜左文字が言う。
改めて鍛冶場を見渡せばあらかた片付いていた。扉の修繕は明日でも良いだろう
周囲にいた刀剣男士達も歌仙を見て、小夜の言葉に頷いていた。


「あ、あのっ、主様が心配なので…っ、歌仙さんはもう行ってください。」

「歌仙さん、残りは私達短刀だけでも事足ります。主君の怪我が心配ですので
そちらの方を見てきていただけないでしょうか。」


足元の虎に気を取られながら五虎退が、マントの埃を払いながら前田が言う。
彼等も主の怪我が心配しているのだろうが、こうして初期刀である歌仙をたてる。


「それじゃあ、お小夜や君達のお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
加州すまないが資材は鍛冶場の奥に入れておいてくれないか。」

「あーもう!こっちは俺がやっとくから、あんたはさっさと行けっての!!」


背中を押されて追い出されるように鍛冶場を後にして歌仙はの元へ向かう。
途中、小狐丸を案内していたはずの石切丸と廊下ですれ違った。


「石切丸、小狐丸の様子はどうだい?まだ怒っているのだろうか。」

「あぁ、今は鎮まって三日月と鶯丸と一緒に縁側でお茶を飲んでいるよ
君もこれから主の元へ行くのだろう?一緒に言っても良いかな?
どうやらあの傷は彼の障りもあるみたいだからね、早めに清めようか。」


石切丸と並んで歩きながら、歌仙はの掌の無数の傷を思い出す。
出来た傷は浅く出血とてにじむ程度のものだったが問題なのは傷自体ではなく
傷全てに障りがあると言う事なのだ。平安刀は永き時を経ているから神格も高い
むしろあの程度で済んだのが奇跡だろう。歌仙は大きなため息をついた。


「もう少し主が心の機微がわかる女性なら、こうはならなかっただろうにね。」


その意味を理解した石切丸はただ苦笑いするしかなかった。
石切丸はこの本丸の始めの方に顕現された古参の部類に属しているので
当時のと歌仙の攻防を知っているのだ。
文系を自称する歌仙と、体当たりで何事にも取り組むとでは仕方がない。
歌仙は雅じゃないと怒り、怒られた彼女は何故怒るのか理解してなかった
審神者の部屋から聞こえてくる女性らしくない叫び声には笑うしかないだろう。
それが例え薬研の治療を受けての痛みであったとしても、だ。


「全く、子供じゃないというのにあの叫び声はなんなのだろうね。」

「普通の傷とは違うから、それは大目にに見てあげようか。
失礼するよ、薬研、主の傷を見せてくれないか?あぁ、やはり障りを受けたね」


痛い痛いと涙目になって大声を出すの手をとって石切丸は顔をしかめた。
神からの障りを僅かであっても普通の人の子が受けたのならひとたまりもない
その手は赤く腫れ上がってどうやら熱をもっている様だった。


「なるほど、こいつは障りのせいだったか。
傷自体は大した事ぁないんだが、腫れもひどいし痛みも相当らしい。」

「流石は平安時代の刀って感じなのかな?痛たたた…」

「君はこれに懲りて少しは静かにするべきじゃないかな?
石切丸、主のこの障りを急いで祓ってもらえないだろうか。」


涙目になっているの隣に立ち、心配そうに歌仙が石切丸を見上げる。
チラリと彼女の包帯を巻かれた手を見てから石切丸はゆっくり頷いた。


「勿論、その為に私がここにきたのだからね。
主、社の方に祓戸(はらえど)を設けたから早く行って祓ってしまおうか。」


小狐丸に本丸を案内した後、彼は社に戻り色々と支度を整えていたのだった。
基本この本丸の主であるは刀剣男子達の願いに添うようにしてくれる。
石切丸が顕現してしばらくしてから社が欲しいと望んでみればすぐに了承して
中庭に面した場所に小さいながらもそれを建てたのだ。


「主?」

「石切丸、ひとつ聞いても良いかな?お祓いした後の障りってどうなるの?」


怪我をしていない方の手を引いて立たせたがはそのまま動かなかった。
障りを受けた手を胸に抱くようにしては石切丸を見上げる。
彼は顎に手を当てて思案顔をしてからゆっくりと口を開いた。


「呪いを祓うのと変わりはないね。その障りは小狐丸へ戻るよ。」

「そうなったら小狐丸様はどうなるの?」

「返しの風と同じ、障りは倍増されて戻るから多少の穢れは受けるだろうね
だけどその穢れは君が清める事が出来るのだから問題は無いと思うけど。」

「それでも穢れるって良い気分じゃないでしょう?
うーん…それならこのままでも良いよ。放っておけばそのうち無くなるでしょ」


そう言うと今度はが頬に手をあてて思案顔をした。
それを見た歌仙と薬研は彼女が何を言ってるのかと詰め寄った。


「大将、あんた今迄散々痛いだの何だの言ってたじゃねぇか
それは普通の傷と違う、障りを受けてるんだったらどうなるかわからねぇぜ。」

「薬研の言う通りだよ、その間君はずっと痛みを耐えなきゃならない。
人の身は僕達と違って手入れでは治らないんだ、早く祓った方が良いだろう。」

「それこそ身から出た錆でしょ?今回は自分の浅慮に情けなくなったよ。
自分が小狐丸様の立場だったらやっぱり拗ねる。っていうか怒りまくるわー
むしろこれくらいで済んで由としなきゃじゃないの?優しさに感謝だわ。」


自分に詰め寄る二人にはふにゃりと眉を下げて困った様に笑う。
それを見て石切丸はこのままでは彼女は障りを祓わない事を選ぶだろうと思った。
しかし歌仙や薬研の言う通り、障りは放っておいて良い物では決してない


「だけど大将、真面目な話この状況は拙いと俺っちは思うぜ。
この傷は多分これから膿んでくる、そうなったら書物仕事にも采配にだって
多分に影響がでちまうんじゃないのか?」

「膿むだけならまだ良い、万が一腐り始めたらどうするんだい!」


包帯に血が滲んでいるという事は血が止まらなくなってるのだろう。
このままずっと止まらなければどうなるのか、それは歌仙にでも簡単にわかる
それに、とつけたして歌仙が目をすっと細める。
その表情は内側に轟轟と怒りの炎を閉じ込めているかの様だった。


「君は彼を優しいと揶揄するがそれは違う。
本当に優しいのなら、君がきちんと謝罪をした時点で許しているのではないのかい?
僕の主をこんな目にあわせるなんて、本来なら万死に値する。
滞在を許すよりも、君は彼を刀解して本霊に返すべきじゃないだろうか。」


「ちょ、歌仙落ち着いて!」

「僕はいたって冷静だよ。君はこの本丸の、そして僕達の主なんだ。
例え貴重な刀剣の付喪神であろうとも、君に従わなければならないだろう!」

「歌仙の旦那、ちょいと落ち着こうや。今あちらさんは怒りを鎮めたんだろ?
それならどうとでもなるじゃねぇか。石切丸の旦那、そうだろ?」


の手を自分の胸元に包み込むようにして掴んで、歌仙が苦しげに吐露するのを
薬研が肩を叩いて宥める。それを見て石切丸はゆっくりと頷いてみせた。


「今頃は三日月と鶯丸に挟まれて、諫められているのではないかな。
主、どうしてもその障りを返したくないと言うなら方法がないわけじゃないよ。」


薬研と同じく歌仙の肩にそっと宥める様に手を置き、へ祓いの祝詞を呟く
ぞろりと受けた障りが具現しまるで蛇のようにギリギリとその手を締め付ける。


「うん、一刻も早く祓い清めた方が良いね。ここで色々話していても始まらない
道すがらおいおい話すからまずは社に行こうか、さぁ、主は私について来て
薬研、中庭に小狐丸達がいるはずだから社に来るように言ってもらえるかい?
歌仙は夕飯の準備があるだろうから、ここは私に任せて行っておいで。」


の背を押す様に部屋を出て、石切丸は社へと向かった。
途中、何度もが念を押す様に小狐丸の身の安全を確認する。
手を下に下ろしていては痛みが強まるのだろう、胸元まであげたそれを見て
具現化されたままの障りを見ては嫌そうに何度も手を振り、その痛みで
更に顔をしかめるであった。


「石切丸、コレを返さない方法があるって言うけど危なくないの?大丈夫?」

「これでも神社暮らしが長かったからね、その辺は任せてもらえないかな。
大丈夫、君にも小狐丸にも負担がかかる事はないよ。」


審神者として、神である自分たちを敬ってくれるのは確かに嬉しい。
だが自身を犠牲にしてまでの献身をこの本丸にいる刀剣男士全員は望まない。
そんな事をすれば、全員の士気に影響が出てしまうだろう。
石切丸は同じ刀派としてそれだけはなんとしても避けたかった。 

離れとは正反対の場所に位置する社に到着すると石切丸はを中へ通した
そこには大幣の前に四方をしめ縄が張り巡らされた空間が用意されていた。
しめ縄をくぐらせてその空間の中央に座るようにを促す。
自分を見る彼女の目がまだどこか不安げに揺れているのを安心させる様に
射干玉の髪をするりと撫で下ろし優しく微笑んでみせる。


「大丈夫、彼は野生だけど無益な殺生を好むような性根ではないから。
むしろ、君と言う主を身を持って知れば考えも変わると私は思っているよ。
だからね主、どうか私を信じてくれないだろうか」


榊の枝で作られた大幣の持ち手に手をかけ、祭壇前に座した石切丸は
これから戦場に向かう様な面持ちで身を引き締めたのだった。