いと わいるど なり ! -その声に呼ばれた-

● いと わいるど なり ! --- その声に呼ばれた ●



ゆらゆらと、ふわふわと、人の子の声が聞こえる。
我が欲しいと我を愛でたいと、それらのなんと欲にまみれた事か
与えられた神域で数多の分霊達がそれらの声を面白おかしく聞いていた

顕現前の意識を小狐丸は今もよく覚えている。
それぞれの分霊は気に入った声を見つけると嬉々として降神していった
やれ、あの声は我に供物を用意しておる、この声は一番に愛でてくれるとな
それらのどの声にも小狐丸の心は揺らぎはしなかった。

現し世に実在しない故か神格ばかりが高くなり、身を持て余していた時
その声が聞こえた。


『いつかは来て欲しいけど、縁があればって感じかな?』


その口調のあまりにも素っ気ない様に逆に興味がわいた
ふわふわと彷徨うその想いはどこまでも透明で欲に染まってはいなかった
触れればあっという間に消えそうだと思っていたそれはとても暖かで
その声を更に聞こうと小狐丸は形どった想いに耳を傾けた。
すると聞き取れるかどうかというか細い声が更に聞こえる。


『助けて、助けて…』


迷い子が助けを求める様なそれに、おや、と小狐丸は思った。
本霊の話では審神者という存在に呼ばれるだろう事、彼等を助ける事は
すでに決まっている事で、何を今更助けろと言うのだと思った。
同じ分霊達はその声に耳を貸すことすらせず、強く求める声へ耳を傾ける
その様に強く求められれば悪い気はしないのだから当然なのだろう。
小狐丸もただ面白い声もあるものだと思っただけでその時はやりすごした

それからどれだけの時間が流れただろう、自分達を求める声の中に
相変わらずその声は何度となくやってくるのだ、そして表面上では
本当に望んでいるのかどうかわからない声で自分達に想いを告げる。
それら全てを手に取り、耳を寄せれば幽き声も同じであった。
この声の主が知りたい、この声の意味を知りたいと、小狐丸の心は揺れた。


「…それ故に現し世に降り立とうと思ったのじゃ」


自身の顕現のいきさつを訪ねてきた旧知の同派に吐き出すように言う。
小さな声だが聞き逃す事のできぬ声の持ち主を知りたいと降神してみれば
余りの対応にあの声はなんだったのかと思っているのだと付け足せば
馴染みの付喪神が手に茶碗をもったままふむ、と頷いた。


「その声は俺も聞いた。それ故俺もおぬしと同じに降りてみた。
だが、皆がそれを聞いたわけではないらしい。いや、聞こえなかった…か」


髪飾りをしゃらりと揺らしながら鷹揚に茶をすする三日月宗近と共に
顕現可能な刀剣男士の中で最古なのではと言われている鶯丸も茶をすする。


「俺も聞こえたな、どうやらあの声は聞こえる者と聞こえない者がいる様だ
なぜそうなのかは俺も知らない、だが…ふむ興味が沸いてきたな。」


小狐丸を挟む形で茶を飲みながら彼らは何度も頷いた。
おや?と小狐丸は眉を上げる。


「なんじゃ、あの声に呼ばれてあの粗忽者を主としておるのではないのか
それ故、傷をつけた私を今にも手をかけんとしておるのだと思うたわ。」

「中には主というだけでそう思う連中もいるかもしれないが俺は違うぞ
まぁ細かい事は今は考えるな。もっと気楽に現し世を楽しめば良い」

「俺も鶯丸と同じだなぁ。おぬしは顕現したばかりでわからぬだろうが
人の感情…心というものはなかなか厄介で面白いものだぞ。」

「主も戦以外は俺達の好きにさせてくれる。お前もそうすれば良いだろう
その前に、主に名乗り上げて縁を結ばねばならぬだろうがな。」

「……名乗り上げるかどうかはこれから考えるつもりじゃ」


両端からクスクスと笑う声がして、居心地の悪さを感じた時に
こちらに向かってくる足音が聞こえ、そちらへ目を向ける。
似たような戦支度に身を包んだ二振のうち年若い見目の方が片手を挙げ
こちらへ歩を進めてやってきた。


「良かった、まだここにいてくれたか。小狐丸の旦那、石切丸の旦那が
あんたに社の方に来て欲しいって言ってるからついてきてはくれねぇか?」

「ぬし等は確か粟田口の…」

「おう、そういえば名乗りをしてなかったな。
俺っちは薬研藤四郎だ。兄弟ともどもよろしく頼むぜ小狐丸の旦那
それと俺っちの所の長兄を先に呼び出させちまってあんたを怒らせた
それについては悪かったと思うから謝らせてもらう、すまなかった。」


薬研藤四郎と名乗った少年の後で彼より年長の見目をした青年が
こちらへ向かい深々と頭を下げて名乗りを上げる


「粟田口が長兄で唯一の太刀、一期一振と申します。
小狐丸殿におかれましては何というか大変申し訳ございませんでした。
弟達が私がやって来るのをずっと心待ちにしていた様でして、だから主は
早く合わせたいと先に顕現してくださったらしいのです。」


自分と同じに打たれた一振は顔を上げると申し訳なさそうに小狐丸を見た。
伏し目がちの顔に自責の念が有りありと刻み込まれている。


「ぬしが気にかける必要はない、私も大人気なんだ…」


まるで自分が悪者にでもなった様な居心地の悪さから、するりと言葉が出てきた。
三日月に拗ねるなと指摘されたが、それはあながち間違いではないから
これ以上事を荒立てるつもりは小狐丸にはない事を告げ二振を見つめると
薬研藤四郎と名乗った目の前の少年の姿をした刀の付喪神はうっそりと微笑む。


「まぁ、その大人気ねぇおかげで大将に障りが起こってるんでな
旦那に拒否権はないと思ってくれ。さぁこっちだ、ついてきてくんな」

「薬研、言葉に気をつけなさい。私もご一緒させていただきます。」

「ふむ…やはり主の傷に障りがついてしまったか、小狐丸、覚悟をしておけ
石切丸の祓いはなかなかどうして力任せだからな。」


障りとはいえ祓い返されるそれは自身に穢れとして戻ってくるだろう
それを想像してか小狐丸の顔が歪む


「まぁ普通は返しの風を送りつけるらしいが大将がそれを望んでねぇ
だから石切丸の旦那は違う方法を使うと言ってたぜ。」

「それは面白そうだな、薬研俺も一緒に行っては駄目だろうか?」

「主が馬鹿な事をしでかさぬ様に見張るのも家臣の勤めだろう
どうれ、この爺がそばで見守ってやろうではないか。」


ゆっくりと立ち上がった太刀勢を見上げて薬研は肩をすくめた。
古きを知るこの刀はこちらが何を言っても自分のやりたい事しかやらない。
それを覆せるのは主しかいないのを知っているのでそのまま前を歩く

しばらくして、前を大幅で歩く薬研に声をかけたのは鶯丸だった。


「薬研は随分と怒っているようだな、小狐丸が許せないのか?」

「あ?あぁ、大将を諫められなかった俺っち自身に腹を立ててるだけだ。
旦那の気持ちもわかるしな、そもそも名乗ってねぇ相手をどうできるってんだ
だけどな小狐丸の旦那、この際だからはっきりと言わせてもらうぜ 」


前を見ながらそういった後、振り返って小狐丸を見た薬研の瞳の中には
薄暗い炎が揺らめいているかの様にゆらゆらと色を変えていた。


「これだけは覚えていてくれ。旦那が仮に大将に名乗りをあげたとして
その後でこんな事を仕出かした日にゃあ俺っちは黙っちゃいねぇ
ぶっすりいかせてもらうからな、日の目が見れるとは思わねぇでくれよな。」

「薬研!!」


見た目でも神格でも上の相手に向かって堂々と宣戦布告した自分の弟を
一期一振が慌てて諌めようと声を荒らげたが、逆に薬研に睨まれる。


「いち兄はちょいと黙っててくんな、これは言わなきゃならねぇ事なんだ。
俺っちは歌仙の旦那の次に大将とは付き合いが長くてな、それだけじゃねぇ
懐刀としての矜持ってのが俺っちにもあるんで次はさせねぇよ。」

「こちらがどう出るかはあちらがどう動くかであろうが…」


薬研の纏う闘気にたじろぎながら、なんとか小狐丸は言葉を絞り出した。
その後ろの連中は意に介せずといった調子でのんびりと笑っていた。


「はっはっは、流石はこの本丸で一二を争う練度を誇ってるだけはある
薬研も歌仙も主に散々手を焼いてるが、もう少し気を大きくもてば良い。
俺はあれはあれでどうして、なかなか面白いと思っているぞ。」

「そうだな、俺も主はあのままが良いと思うな。」

「はぁ…旦那達がそうやって甘やかすから大将の暴走が止まらねぇんだ
俺っちだって大将の人柄は気に入ってるぜ?
なんてったって、多くの審神者がどうかお願いしますって俺っち達を呼ぶのに
縁があったら来て欲しい、ときたもんだ。逆に気になっちまって来ちまったぜ」


ふわりと纏う空気を和らげて、薬研は両手を頭の上で重ねて笑う。
それを見て、チラリと三日月と鶯丸が目配せをしたのを彼は気付かなかった。


「ふむ、それで俺の様な天下五剣まで呼び寄せるから無欲の勝利と言うやつか
一期、おぬしは何故この本丸に降り立とうと思うた?」

「私ですか?…弟達が全員で待っている。縁があるなら、その気があるなら
来て欲しい…その様な声だったと記憶しております。
その声がとても暖かでしたのでそんな主の元にいる弟達も幸せだろうと
それなら私も共に過ごしたいと考えてこちらへ伺った次第ですな。」

「ははは!三日月の言う通り無欲の勝利だな。
一期、主は存外俺達に寛容だ、戦から離れれば好きに過ごさせてくれるから
お前も何か好きな事を見つけて過ごすが良い。なんなら俺の茶を飲むか?」

「鶯丸はな、歌仙と共に主に乞うて茶室を拵えさせたのだぞ。
こやつの煎れる茶と歌仙が作る茶菓子は美味いから一度呼ばれると良い。
その時には小狐丸、おぬしも同席するがよかろう。」


古狸めと内心思いながらそんな事はおくびにも出さずに小狐丸は頷いてみせる
どうやら先に三日月と鶯丸が言った通り彼等にはあの声が聞こえなかった様だ。


『縁があれば来て欲しい』


そう言った声を思い浮かべる。確かにあの声はとても暖かだった。


『助けて…助けて……』


その声は小さくとも自身の魂を今も揺さぶり続けて捕らえて離さない。
悪縁か良縁かはまだわからないが、どうやら縁は結ばれたらしい
それが強くなるのか綻びるのか先の事はわからない


「全ては事が済んでからじゃ。」


石切丸がどんな手段を使うかはわからないが、障りを早く取り去って
改めてもう一度審神者の人となりを自身で見極めてみようと心に決めた。