●● いと わいるど なり ! --- 迎え討った審神者 ●●
顕現されていない刀のままであるにも関わらず、圧倒的な力を見せつけ
小狐丸と呼ばれる刀は未だ怒りの青い炎で包まれていた。
神気と呼ばれるもので充満されたその場は一般人であれば何かしらの
影響を受けるはずであろうが、の様子に変化は見られなかった。
結界を破られた鍛冶場で平伏していた彼女がゆっくりと立ち上がる。
「怒るのは良いけどさぁ、その怒りは私に向けられるモンでしょ?
妖精さん達や鍛冶場には全く関係ないよね?
仏の顔も三度って言うけど、私はそこまで出来た人間じゃないんで。」
そのまま刀に近づくとそれを拒むかのように青い炎は勢いを増す。
しかしそれすらも関係ないというようには歩を進めた。
先程まであれほど平身低頭であった姿とは真逆の
どちらかといえば余りにも砕けたその物言いが更に変化した。
「文句があるならさっさと姿を見せやがれっつうんだよっ!!」
おもむろに刀を掴む姿に周囲にいた刀剣達はその行動に驚いていたが
次のの行動にそれぞれが頭を抱える。
「地金を見せろやぁあああっ!!!」
「大将、そりゃあ俺っちの台詞だぜっ?!」
「あなや…」
「雅じゃないっ!」
は掴んだ刀を傍らにあった冷却水の満たされたそこに突っ込んだ。
熱を持たない炎は水中でも消える事はなく、その様はある意味美しかった。
だがそんな事など意に介せず、が眉間に皺を寄せたまま語りかけた。
「大体さぁ、呼んだのは確かに私だけど応えたのはそっちじゃん。
別にそれがたまたま小狐丸ってレア刀剣だけど私は無理に呼んでないよ?」
炎が更に大きくなり、の全身を包み込む。
だがよくよく見ると朱鷺色の光がその炎をから遮っていた。
「あぁ、これは主も相当お怒りの様だね。」
「うむ、ブチ切れた…というやつか?」
「三日月、石切丸、貴様達がついていながらこれはどう言う事だ!
怠慢は許さんぞ、あれはお前達に縁のある刀だろう!なんとかしろ!!」
「長谷部の旦那、それには及ばないと思うぜ?
あぁなっちまった大将に怖いものなんざないだろうよ。
それよりも俺っちは小狐丸の旦那の身を心配した方が良いと思うがな。」
「さわらぬかみにたたりなし といいますが、あるじさまもおなじです。」
今剣の言葉にそれぞれが妙に納得したような顔をしてしまった。
それを見て、彼女の初期刀の歌仙兼定が 雅じゃない! と更に頭を抱える。
「主君、塩を持って来いと?!それでは小狐丸殿が錆びてしまいます!」
「前田、私はむしろ錆びさせてやるぞって感じだよっ!」
どうやら冷却水の中に塩を入れようとしてるらしいを前田が必死に
止めようとしているようだ。先に顕現された一期一振はその様子を見て
何かを言おうとしたのだが、弟である短刀達に止められていた。
「本丸破損のアラームが鳴ったと思って急いで来てみれば…
そちらは小狐丸さまでございますね、審神者様、何事でございます?」
何もない空間が急に歪み、その後にポンッと音を立てて政府の管狐である
こんのすけが現れて冷却水に沈んだ小狐丸の刀剣と審神者を交互に見て
訳がわからないとでも言うように小首を傾げた。
「うーんと、私がちょっと小狐丸を蔑ろにして拗ねられた?」
「何をやってらっしゃるのでございますか!小狐丸様はレア太刀であり
多くの審神者様が彼の為にどれだけ資材を費やしてるか…
ここは是が非でもご機嫌をとって顕現せねばなりません!!」
「ねぇ、それってちょっとおかしくない?」
こんのすけの言わんとする事はわかるが理解できないという風情で
手は小狐丸を掴んだまま、身体をこんのすけへと向けてが首を傾げる。
「レアと呼ばれる刀の皆様を顕現させる為にどれだけ私ども政府が
粉骨砕身したかわからないからその様な事を言ってられるのです!
彼等は皆神格も高い…つまりは高貴な方々なのでございますよっ!!」
「そっちの言い分はわかるけどさー、そんなのこっちには関係ないじゃん
酷い運営をしてないなら、本丸の全権は審神者に任せるんだよね?」
その非が彼女にあるのだと言わんばかりに前足で床を叩くこんのすけから
視線を外して、小狐丸へ向き直ってからが呟いた。
「私達は戦争をしてるんだ、直接人が関われないから助力をこうやって
頼んで応じてもらってるってのはわかってるよ?
レアだから大事に?それじゃあそれ以外はどうでも良い?違うよね?
人の姿を持ったからにはそれぞれが大事な私の本丸での仲間なんだ
どんな刀剣だろうと命に貴賎の差なんてあるわけないでしょーが。」
「ですが、神格というものがあるのですよ?!」
「他はどうか知らないけど、うちはそんなの関係ないから!
縁があれば来るとは思ってたけど、こんな風に来てもらっても困る。
私はこれからも皆の扱いを変えるつもりはないし、これで通すつもりだから
嫌なら出なくても良いよ、むしろ本霊に帰った方が良いんじゃない?。」
その瞬間、どぉんっ!と大きな音を立てて冷却水が柱の様に立ち上がった。
は刀から手を離し、そばにいた前田を庇うように抱きしめる。
「黙っておれば好き勝手ぬかして…小娘、覚悟はできていような?」
ましろの長髪が怒りから大きく膨れ上がり赤瑪瑙を思わせる双眼がギラギラと
をにらみつけ、小狐丸が全身に纏う青い炎をそのままにして権限した。
大小の青い炎の塊がまるで狐火の様に彼の周囲をゆらゆらと飛び交う光景に
一瞬目を奪われただったが、直ぐに真っ直ぐな視線を小狐丸に向ける。
「はぁ?こちとら戦争してるんだ、有事の際の覚悟なんてとっくにしてる。
確かに一期一振とは違う態度をとったのは悪かったと思ったから謝ったし?
それでもまだ文句があるってんなら、本霊の所に戻って良いですよー。
あ、契約前だから他の本丸に行きたいってんなら勝手にどーぞ。」
「審神者様っ?!」
「おのれ……っ!!」
小狐丸が自身の刀に手を伸ばした時、三日月がその手をやんわりと掴む。
邪魔をするなと言いたげな小狐丸に向かい、口元を袂で隠しながら目を細める。
「小狐丸よ、お主の怒りも最もだとは思うがちと大人げなくはないか?
せっかく再びあいまみえたのだからいい加減機嫌を直せ。」
「三日月…だがこれはあまりな仕打ちとは思わぬのか?
其方がこの立場であれば怒るであろう、許せぬであろうよ!」
「ふむ…俺は爺だからな、お主と比べれば存外気は長い方だぞ。
どれ、ここには同じ三条の刀が揃っておる、あちらで昔話でもしようぞ。」
「そうだね、なぜこの本丸に呼ばれようと思ったのか気になるし。」
三日月に続いた石切丸の言葉に小狐丸が視線を彷徨わせる
どうやらある程度怒りが落ち着いてきた様で、さらに今剣が畳み掛ける。
「ここは ながきをいきた こぎつねまるがおとなになるべきではないですか?
あるじさまはおなごですが、そやでこころのきびにうといのです。
けっして わるぎがあるわけではないのは、ぼくがほしょうします!
ほら、あるじさまももういちど、しっかりこぎつねまるにあやまりましょう。」
小狐丸と向き合う形になるように手を引かれたが、困った様に笑う。
黒目がちの大きな瞳が頼りなさげにゆれる様を小狐丸は黙って見つめた。
あーとかうーとか言い続けてるのわきを今剣が肘打ちする。
やっと覚悟を決めたのか、彼女の視線がまっすぐ小狐丸に向けられた。
「一期一振はすぐ顕現させたのに貴方を放っておいたのは悪かったです。
後、刀とは言え水に突っ込むわオマケに塩まで入れようとしちゃったり?
今思えば何やってるんだって自分を殴りたいです…ごめんなさい。」
「……こちらも少々大人気なかったとは思っておる。」
「いやいや、神様なんだし崇め奉らなきゃってわかってはいるんです。
でも上辺だけ取り繕ってもすぐボロが出ちゃうし、柄じゃないですし…」
困った様に頬をポリポリと掻きながら尚もブツブツ言うは幼子の様で
小狐丸は今まであれだけ怒っていたのがなんだか馬鹿らしくなってしまった。
裳着をとうに終えてるだろうこの女性は心は幼いままなのかもしれない
そんな人の子を主とするのは少々心許無いのだが仕方がないと覚悟を決める。
「もうよい、そういえば契約の口上がまだであったな…」
「あ、それはもうちょっと待ってください。」
「せっかく小狐丸様が機嫌を直していただいたのに、何故でございますか!?
貴女だって契約の重要性は理解しているでしょう!!」
こんのすけが慌てて審神者に言い寄るのも仕方がない。
刀剣男士は審神者に自身の名を告げて始めて契約が成立する。
その契約とは審神者に危害を加えない事も含まれている為どの本丸でも
顕現していの一番に名乗りを上げさせているのだから。
はわかってるとでも言うように頷くと、足元のこんのすけを抱き上げ
驚きで大きく膨れ上がった尻尾を優しく撫でた。
「こんな形ではいそうですかって納得できるものじゃないでしょ?
遺恨は後々に残したくないからさー、それなら暫くの間様子見でもして
納得がいくんだったらでも遅くないと思うんだ。
もちろん、契約がされていない間でも私は区別しないし通常運行するよ。」
「ですが審神者様、それは貴女にとってはかなり不都合でございましょう。」
「神様にあんな態度とって祟られないだけ儲けもんでしょ!
そういう事なんで、小狐丸様はしばしこちらに逗留という事で、その後で
私と契約しても良いと思った時に御身の名乗りを挙げてくださいませ。」
先程の慌て様はすっかりなりを秘め、一城を預かる主としての貫禄を見せる
に、どこか感心した様な面持ちで小狐丸は鷹揚に頷いてみせた。
「おぬしがそれで是と言うならば私は構いませぬ。」
「では案内は…三条の皆にお願いしちゃっても良いかな?」
自身の身の振り方を任される形になった小狐丸は改めて旧知の顔を見る。
三日月は相変わらず袂で口元を押さえ、石切丸はどこかほっとした様子で
今剣は腰に手を当てて胸を張ってこちらを見ていた。
「よきかな。」
「そうだね、夕餉までまだ少しあるから案内するとしよう。」
「とうぜんです!こぎつねまるはぼくのうしろに、さぁいきますよ!」
「夕食はちょっと豪華になってますので、人の姿になって初めての食事ですし
楽しんでいただければ、嬉しく思います。それじゃあ後はよろしくね!」
連れ立って部屋を出る彼等の背に手を振ってから、改めて鍛冶場を見渡す。
あれだけの神気の暴走でよくこの状態で済んだものだとうんうんと頷いていると
薬研がの作務衣の裾を引っ張った。
「大将、ちょいとばかり手を診るぜ。あぁ、こいつは酷ぇな。」
小狐丸の本体を掴んでいた手を見て薬研が眉をひそめた。
小さな裂傷が沢山ある手のひらは赤く腫れあがり見ているだけでも痛そうだった。
「うわー、結界強化してたけどやっぱり結構キテるねー。流石は平安の刀。」
「そこは感心する所ではないだろう!人の体は僕達と違って手入れでは治らない。
君はどんな時でも僕等に対して真摯だけれど、今回のは感心できたものじゃない。
もう政府が言うところの中堅に値するのだから、もっと落ち着いてくれないか。」
改めて見ると痛いわー!と騒ぎ出した隣に立ち、彼女の初期刀である歌仙兼定が
溜息をつきながら諌めている。その眉間にはシワがくっきりと刻み込まれていて
言い方こそ柔らかかったが反論は認めないという雰囲気だった。
「でも今回のこれは私だけじゃない…いや、原因はやっぱ私だったか
だから当事者が後始末をしなきゃけじめがつかないと思うんだけどー」
「片付けと修繕は僕とここにいる他の連中とでやっておくから
それは普通の怪我とはわけが違うんだよ、付喪神といえ神の怒りでできたんだ
後で何かあっても困るんだからね。薬研、連れて行ってくれないか。」
「それは皆に悪いよー」
「観念しろや大将、そいつは見てるだけこっちまで痛くなっちまうからな
さっさと治療しちまおうな、じゃなきゃ晩飯食いっぱぐれちまうぜ?」
尚も言い募るの背中を軽く叩いて薬研は終わり見えないやり取りをとめた
歩きながらもまだ何か言っている彼女の背を歌仙は苦笑して見送る。
「本当に、君になにかあっては僕達が困るんだよ。
面と向かって言えば調子づかせてしまうから言わないけどね…」
吹き飛んだ扉の破片を拾いながら、歌仙はが治療から戻ったら
その辺をもうちょっと言おうと心に決めた。
開け放たれたままの鍛冶場に夕日が柔らかく差し込み周囲を茜色に染め上げた。