めぐりあい
ファントムの誕生
それからどうしたのかは覚えていない
気が付いたら、私は自分の…の家の前に戻ってきていた。
しばらく不在にしていたその場所は当たり前の様に私を迎え入れたけど
私はそれを受け入れたくなかった。
「死にたい…っ、死んで…死んでしまいたいっ!!」
この場所の何処にも、という私は存在できないなら
死んだも同じじゃないか、それなら本当に…いっその事…
キッチンに向かってナイフを手に取る。
全てから逃げ出したい、今私の頭の中はそれでいっぱいだった。
目を閉じて、両手でナイフをしっかりと握りしめて…それから…
喉元に冷たい感覚が伝わる。もうちょっと力を込めれば全てが終わる
プツリ…皮膚を突き抜けた感覚と同時に鋭い痛みが走ったその時
急に目の前に泣き叫んでいる両親と弟の姿が浮かんだ。
「…駄目だよ…出来ない…出来ない…っ!!」
乾いた音をたててナイフが床に落ちる。
死んで戻れたとしても、家族を悲しませてしまう。そんな事出来ない。
「父さんっ、母さん……っ、帰りたい、帰りたいよぉ!!」
大好きな家族、大切な存在、それらの記憶だけが私の存在を証明するもの
自分の意志なんて…の意志なんてこの世界では必要ないんだ。
はこの世界には存在しちゃいけないんだ。
「…私は、になるしか、ないじゃないか…っ!」
私はこれからどうすれば良いんだろう?
という存在がここではいらないのなら、になるしかない…
結局私は…は今ここで死んでしまったのと同じだけど
「…諦めるもんか、絶対に戻って見せる。」
この世界での私…の身代わりになってここで生きてみよう。
アルセウスだって、人の感情は計り知れない力を持つって言っていたじゃない
奇跡がおきるその時が来るのを信じてみよう。それまで生き抜いてやる。
この世界で…ポケモンの世界で生きるって決めてから数年。
必死になって常識や、文字(読めるけど書けなかった)を覚えたり
バトルの腕を磨いたりしているうちに、成人を迎えて就職もした。
「ちゃん、受付前でチャレンジャーが騒いでるから頼むわ。」
「了解しましたー!これも掃除の一環ですからね、片付けてきます!」
今私はバトルタワーで清掃員として働いている。
この仕事なら、万が一再び入れ替わっても問題ないと思ったから。
「お客様ー、バトルフロア以外でのバトルは禁止されております。
速やかにやめて下さい。それができないなら退場していただきます!」
元々私はやられたら倍返しが基本なアグレッシブな性格だったから
以前にも同じようなトラブルに巻き込まれた時に大暴れしてしまった。
普通なら即解雇になるはずが、ここはバトルに特化した施設だったから
逆によくやった!なんて言われてしまい、それからというもの
こうやってトラブルが起こるたびに呼び出しがかかる様になってしまった。
それだけじゃなく、最近ではバトルトレーナーとして働かないか?とまで
いわれる様になってしまった。これは拙い、非常に拙い。
として生きると決めて、私は自分で決めた事がある。
それは公式の登場人物に関わらない事…いわゆるモブな存在の私が
そういう人達と関わるなんて普通では考えられない事なんだから
仕事の時以外はひたすら地味に、目立たない様にと生活を徹底した。
その為、ここでも私はバトルになると性格が変わってしまう人間という
あんまり嬉しくない評価をもらってはいるけど、それ以外は大人しい
目立った所の見られない一般人として位置づけられている。
このスタンスは絶対に変えてはいけないし、変えるつもりもない。
トラブルを片付け終わって、通常の仕事に戻り一日を終えて帰宅する。
こっちの世界ではポケモンをゲットしていないから、出迎えてくれるのは
以前からの手持ち達で、彼等は私をとして見てくれる唯一の存在だ。
今ではすっかり慣れた手持ち達とのふれあいを終わらせて、家事を済ませて
ベッドにもぐり込んで一日は終わる。
になってかなりの年数が経ったけど、いまだ戻れる気配すらない。
泣こうが何をしようが時間は過ぎていくんだから仕方が無いと割り切って
私はその時が来るまでこの世界を堪能する事に決めた。
主人公達を見かけて実物の方が可愛いと納得したり、シロナさんを見かけて
色っぽさが半端ないね!とドキドキしたり?それなりに楽しんでいる。
なにより嬉しいのは、大好きなポケモン達と直接触れ合える事かな…
そんな日々を送っていた時に、職場のトップ…クロツグさんから呼び出された。
これは流石に色々暴れすぎたから注意を受けるんだと覚悟してたら
日頃の私の行いを見て、頼みたい事があるんだとか…
なんだろう、凄く嫌な予感しかしないんだけど?
「くんは、記載はされてないけれどシロナを破っているんだね。
どうだろう、助けると思ってその腕前を生かす気はないだろうか?」
「はぁ…」
どこからそんな事がわかったのか不思議に思ったけど、犯人はシロナさんで
この前、ここで来た時に私の姿を見かけたんだとか…
清掃員の恰好をしてる私を見て、クロツグさんに勿体ないと言ったらしい…
いや、勿体ないとかってナニ?意味わかんないだけど!
話の内容は、タワータイクーンとしてクロツグさんがバトルをしてる時に
同時進行で勝ち進んでいるチャレンジャーを足止めさせ時間稼ぎをする事
結構待ち時間が長すぎるという苦情がきてるだけじゃなく
チャレンジャーの入りもそのせいで減ってきてしまっているらしい。
そんな事、他のバトルトレーナーさんに任せれば良いって言ったら
どんなチャレンジャーでも勝てる様な人がいないとか…
確かにトラブルを起こした相手には全勝してるけど
正式なバトルフロアでのルールに則ってしまえばどうかわからない。
そう言って再度断れば、私の好きにして構わないと食い下がられて困った。
どうしよう…私は目立ってはいけないのに…。
ゲームではそんな立ち位置の人物なんていなかったんだから拙い。
でも、ゲームのシナリオが終わった後のこの世界での話なんてわからない。
私がちょっとだけ本当の自分に戻れる場所があっても大丈夫なの…かな?
「くんの立場は非公式なものだから、名前も出さない。
変装して身分を変えた方が良いのかもしれないな…実態のない存在
幻影…幽霊…そうだ、ファントムという名前でやってくれないだろうか?」
「ファントム…ですか?」
本当の私の存在の様なその立場に心が酷く揺れ動いた。
ファントム、私の存在を表すのにピッタリで笑ってしまう。
非公式な存在なら、大丈夫じゃないだろうか?
もし再び入れ替わったら…そう考えるとそれすら拙い事なんだろうけど
元はといえば向こうが原因で私がとばっちりを喰らっているんだから
多少の意趣返しとして、この位やっても罰は当たらないんじゃないかな?
「私のバトルスタイルを変えなくても良いのでしたら…
後は私の名前を出さない事、変装をする事を許可していただけて
尚且つ私の上司の了承を得られるのでしたら…お受けしても良いです。」
出した条件はあっという間にクリアされてしまい
こうして私は、目と口元と上半身をすっぽりと覆い隠すマントを羽織り
マイクで中性的な声色に変え、バトルタワーに住むファントムになった。
クロツグさんが不在の時や、手が空かない時に駆り出される様になり
チャレンジャーの間で脅威な存在として知れ渡るのはあっという間の事で
大変な事になったと気がついても、時すでに遅し…ってやつだった。
それだけじゃない、他地方にまでファントムの存在が知られる様になり
それがとんでもない事になるなんて…この時私は考えてもいなかったんだ。