三章・旅は道連れ先駆け編 -課長、若き上司の悩みを聞く-

三章・旅は道連れ先駆け編

課長、若き上司の悩みを聞く



グラスに入ったウィスキーをノボリにしては珍しくハイペースで空にした

更に継ぎ足してやったそれを一口飲んでるその顔は疲れていると思った。

エメットがいくら業務を代行したって、こいつの肩にのしかかってるモンは

軽くはならない、むしろ諸々を全部自分で抱え込んじまってるんだろう。


沈黙がずっと続いているが、俺からそれを破るつもりはない。

他人がどうこう話したって、それがそいつが欲しい言葉じゃないってのは

往々にある事だし、的外れだったりもするしな。

黙って話を聞いて、相手が意見を求めればそれに答えれば良いんだ

そのまま自分の分のグラスを空にしてたらノボリはようやく口を開いた。



はクダリの事を何か聞いてますか?」


「インゴが生活面を全部面倒見てるらしいぞ。

業務に関してはバトルと自分の分の業務報告書しかさせてないらしい。

あいつは徹底してクダリを代行者として扱うつもりなんだろうな。

体調に関してはが色々とサポートにまわってるから大丈夫だろ。」


「そうですか…」



普段のノボリならもっと突っ込んで、例えば食事はとれてるのかとか

ちゃんと眠れているのか、インゴとトラブってないかとか聞いてくるだろうに

こいつはこうやって距離を置く事を良しと思ってるのか?

だとしても、それをさせてやる気なんざこちとら更々ないんだがな



「ノボリ、お前そんな話を俺としたいのか」


「…すみません、どう切り出して良いのかわからないのです。

クダリはインゴの所に行ってしまった、それがなぜだか未だにわかりません。

ただ、二人共そうした方が良いのだと思ってしまったのです。

お互いの事はお互いが一番理解していると思ったのに違っていたのかと…」


「お前等は確かに繋がりが深いよな、でもそれでもそれぞれが個人だろ。

お互いを頼りにするのは良いけどな、共存と依存じゃ全然違うからな。」


は私とクダリが互いに依存していたと言いたいのですか?」



鉄面皮がちょいと剥がれてムッと顔をしてみせる。

そうだ、そうやって全部ぶちまければ良いんだよ。俺に遠慮なんかいらないんだ

飲みかけのグラスをテーブルに置いて、真正面からノボリに向き合う。



「双子だからって以外にもどっちかがちょっといなくなった位でガタガタする

そんなのは依存っていうんじゃないのか?世界中皆自分達の敵だと思ってた時期が

お前等にもあったんだろう、でも俺等だってそうだったがこうはならなかった。

それはどうしてだと思う?俺等とお前等の違いってなんだと思う?」


「……わかりません。今回の事はクダリだけが自分を責める必要はないのです。

私が馬鹿な真似をしなければ、ネイティはあの様に無理をする事はなかった。

もっと別な方法があったのかもしれませんが、私にはそれがわからなかった。」



小さな、今にも消えちまいそうな声で呟いて首を横に振り続けるこいつは

久々にじっくり顔を見れば随分とやつれてて思ってた以上に参ってたんだろう。

自分をあれからそうやって責め続けてるんだろうが、それは間違いだ。



が言ってたぞ、ネイティの事で責める気持ちを分けて欲しい

そう言ってくれたのが嬉しい、独りで苦しむなって言われて嬉しかったってな

あいつにとって救いになった言葉をノボリはなかった事にするのか?」


「それは違います!私は!!…私はただだけが背負わなくても良いと

バトルサブウェイがあの様な状態になると予想できたと彼女は言ってました。

それでも、が私達から離れずにいる事を選んでくれた事が嬉しかった。

望んだ挙句の結末があんな事であったとしても私は嬉しかったから!!」



俺の顔を真正面から見て言う言葉に嘘なんかなかった。

そうやって全力でぶつかってくれるってのがどれだけ俺等にとって嬉しいか

ノボリもクダリも、そしてインゴとエメットもわからないんだろうなぁ…



「ノボリはネイティが徐々に弱っていたのに気がついてたか?」


「え?」



やっぱり気付いてなかったか。ポケモンはマスターに似るって言うが

そんな空元気と芝居上手な所まで似て欲しくなかったぞ。

驚きでノボリには珍しく両目をカッ開いてる顔はクダリに近いなんて思いながら

その視線から俺は目を逸らさずに話を続けた。こいつには聞く義務がある。



「あいつの残された時間ってのは元々そんなに長くなかったんだよ。

生体実験で散々いじられたポケモンってのは往々にして短命だ。

オマケにあいつは保護される前に大暴れしまくった。限界を超えた力を使えば

その後どうなると思う?その反動は自身にそのままダメージとして戻る。

実際ネイティは保護したが入院してる時生死の境を彷徨ったんだ。」



目から耳から鼻から口から穴という穴から出血してた、それだけじゃない。

が聞いた話だと内蔵にも相当なダメージを受けていたらしい。

正直俺とはそのまま眠っちまった方が良いんじゃないかとも思ってた

でもネイティはのそばで生きる事を望んだんだ。



「殺傷能力の高い技を覚えてるだけでも負担はかかるんで、全部忘れさせた。

それでも普通なら何十年も共にいられるだろう時間には全然足りない

ネイティを診たポケモンドクターは残された時間は年単位だと言ったよ。

だからはネイティがしたい事をさせた。知らない事を沢山教えた」


「そんな状態だったとは…」


「知らなくて当然、言ってどうなる?何も変わりっこない、俺等はそう思ってた

だが、お前等と出会ってネイティは変わった。以外に懐かなかった

俺等がそばに近寄っただけで威嚇する様なネイティがお前等にだけは懐いた。

マスター以外の人間を信じる心を取り戻させたのは間違いなくお前等なんだぜ?」



だから自分を責めるなと随分薄くなった肩に手を置くとノボリは黙って目を閉じた

目尻を伝って涙が一筋頬へ流れる。



「ですが結果私達はネイティの時を止めてしまいました…」



ゆっくりと開かれたシルバーグレーの瞳が照明に反射されて銀色に光る。

あぁ、泣ける様になれば大丈夫だ。もっと、もっと全部吐き出させてやらないとな

後から溢れ出る涙を慌てて袖で拭おうとするのを止め、手元にあったタオルを渡す

ノボリはそのままタオルで顔を覆うと肩を震わせた。



「そうだ、それはお前等だけじゃない。俺等全員があいつのする事を止めなかった

そうしなきゃお前等が助からなかったって言うのもあるがそれだけじゃない。

なぁ、俺等の過去について話をした時の事を覚えてるか?

あの時ノボリは俺等にあっちの世界のポケモン達は寿命を迎えたらどうなるって

そう聞いたのを覚えているか?」


「はい、正直言って貴方達の表情が曇ったので聞くべきではなかったのではと

そう少々後悔したあの話ですよね?存在そのものが消失してしまうと…」



なんだ、ノボリはそんな風に考えていたのか。こいつはどこまでも優しいんだな。

だからネイティだけじゃなくや俺等の懐にするりと入れたんだろう



「お前等は言ったよな、存在が消えてしまうのに俺等の手持ちでいたかった

そうやって俺等のそばにいる事を選んだあいつらは絶対後悔してないって。

なぁ、それとはちょっと違うがネイティだってそうだったとは思えないのか?

残された時間を大切だと思う存在の為に使ったんだって…そう思わないか?」


「それは…」


「じゃあ、もし自分がネイティだったらどうしてた?

俺やは同じ事をしたと思うぞ。そして絶対に後悔しない

むしろ、残された時間をそうやって大切だと思える存在を守る事に使えて嬉しい

そうやって満足して眠ったと思う。だからネイティは進化したんじゃないのか?」



大きく肩が震えてタオルがノボリのしゃくり上げる声をくぐもらせる。

ずっと罪の意識を持ち続けたって良い事なんて何もないんだ。

大切なのはその罪をどうやって昇華させて贖罪するかだと俺は思ってる。

それは言う程簡単な事じゃないけど、それでもやらないのとやるのじゃ全然違う

そうやって積み重ね続けていく事が生きていく事なんじゃないのか?

ノボリなら、そうやって生きていけるって俺は信じている。


どれ位時間が経ったんだろうか、溶けた氷がグラスのなかでカランと音を立てる。

それに手を伸ばす事もやめて、テーブルに肘をついてノボリをずっと見てた。

しゃくりあげる声がとまってしばらくして、ゆっくりとノボリが顔をあげた



「私も…いえ、私だけじゃないクダリもきっと同じ事をして後悔しないでしょう

笑ってくださいと、自分を責めないでくださいましと、言ったと思います。」



ノボリならきっとわかってくれる、そう思った俺の勘は外れちゃいなかった。

ゆっくりと頷いて見せてから、すっかり薄くなったグラスの中身をあおる。

まぁ、話はこれだけじゃないからな。まずは第1段階クリアって感じだ。



「ネイティもそれを聞いたらきっと安心すると思うぞ。

後はマスターの方をどうするか…って事になるんだが

俺等はあいつに食らいついて離れてなんかやらないけど、お前等は違う。

元々これは俺等の問題だったんだ。無理して付き合う必要はないんだぞ?」



が危惧してた事が現実に起こっちまったから

これ以上バトルサブウェイに被害が被る様なら離れなければならないだろう

前にも二人には言った通り、がここにいる必要性はもうない。

まぁ、いないと色々面倒臭いってのはあるがそこは別になんとかなる

あいつがここを離れたからって俺等の関係が変わるわけじゃないんだから。



に独りにはしない、これから共に歩いていきましょうと言いました。」


「ちょっと待て、いつそういう話になったんだ?」



驚いてたら、がクダリを引っ叩いて知恵熱をだして寝込んだ時とか

あいつも色々自分を責めてた時だったんだろう、そん時にそんな事言われたら…



「私がを抱きしめてそう言ったら背に手を回して受け入れてくれました。

もっとも、や私の求める様な意味では無い事位理解しております。

それでも私は嬉しかったのです。けっして離したくないと思ったのです。」


「そっか…」



まぁ、そうなるだろうな。その前にインゴがを抱き込んで寝た…

まぁマジで寝ただけなんだが、それをノボリは知らないんだろうけど

それをここで言ったってどうなるってモンじゃないし黙っておいた方が良いか。


ノボリはどうやらもう飲むのをやめる事にしたみたいだが、俺はまだ飲むぞ

これは俺がやるってに啖呵切った手前、やらなきゃ筋が通らない。

ツナペーストをのせたクラッカーをモソモソと口にしてるノボリに再度確認する



「これは先にインゴ達にも聞いたんだが、俺等がに付き合うとなると

これから先もこういった事が起きる可能性ってのは低くないんだ

よく考えて欲しい、自分は良いと思っても自分以外が傷つくかもしれない

この件に関わる以上、自分以外…クダリが傷つく様な事があっても良いのか?」


「それは…」



ノボリがこの件で言い淀むなんてこれが初めてじゃないだろうか

だがな、それだけ危険が伴うって事を再認識してもらわなきゃ困るんだよ



「お前等の気持ちは嬉しい、だがダチを危険な目に合わせたくはないんだよ。

見守ってもらうだけでも俺等には凄ぇ力になってるぞ。

だからな、今ここでこの件から降りても一向に構わないんだぜ?」


「インゴ達は?インゴ達は何と言っていたのですか?」


「あいつらはこのまま続行らしい。

お互いに何かあったとしてもそれは自己責任でなんとかするって言ってたぞ。」



まぁ口じゃそれぞれそんな事言ってるがその場面になりゃあ絶対首突っ込むだろう

お互いに無関心な素振りを見せてるだけでこっちにゃダダ漏れだっつうの。

同じ双子で従兄弟だとしてもノボリ達も同じ考えとは思えない。

何杯目かもうわからなくなったそれを流し込みながらノボリを見る。

左手で口元を押さえ、右手の人差し指がテーブルの上を気ぜわしげに叩いている

これが考え事をするときの癖なんだとクダリは俺に笑いながら教えてくれたなぁ



、この件でクダリが降りて私が残る事は可能でございますか?」


「できるできないは俺が決める事じゃない。二人で決めれば良いと思うぞ

ノボリだけで決めれる事でもないだろうからこの件はクダリが戻ってきて

それから返事をしてくれても構わないからな。」



指の動きが止まったかと思えば視線だけ俺にむけてこう聞いてきた。

つまり自分は降りる気は更々ないって事か…

聞いといてなんだがこの件はクダリがどうするかを聞かなきゃ始まらない

それぞれの決断を聞いてから動いても間に合うだろう。


聞きたい事は聞いたし、聞いて欲しがってる事も聞いてやった

言いたい事も粗方言っちまったからそろそろ切り上げて寝るかと立ち上がる

ノボリもテーブルの上のコップを持って立ち上がるとちょっと間を置いてから



に色々話してやっと胸のつかえがとれました。

わざわざこうやって話を聞いてくださってありがとうございました。

この件、も絡んでるのでございましょう?彼にも伝えてくださいまし。」



あぁ、吹っ切れたな。その目にしっかりと光が見える。

憑き物が落ちたようなスッキリした顔で柔らかく笑うノボリを見て

こいつはもう大丈夫だと確信した。