三章・旅は道連れ先駆け編
白い従兄弟の予言
ゴミ一つ、埃一つ無いこの部屋はどこか無機質で、そーいうところも
イッシュのボク達の執務室じゃないって感じがして居心地が悪い。
静かな執務室の空間に、ボクのキーボードを打つ音だけが響いてる。
チラリともうひとつのデスクを見れば綺麗に片付けられてて、その持ち主は
既にここにはいない。
インゴは残業をしないってエメットから聞いてたけど、ボク達と同じ仕事量で
就業時間内に全部終わらせられるこの違いってなんなんだろ?
こっちに来てから仕事ぶりを見てるけど、インゴは殆ど書類にサインをするだけ
その量はボク達のそれを遥かに上回ってるんだけどね。
インゴはボクに事務仕事をさせない。
ひとりで全部やるよりは良いんじゃないかって言っても邪魔だとか言われた。
任せられた事と言えば書類を各部署に届ける事とバトルだけ。
サブウェイマスターっていったってそれは飾りでしかないじゃないか。
ボクなんて必要ない?そんな事を考えてたら落ち込んできた。
「Hi!今日も居残りしてるノ?」
「うるさい、黙れ。」
「Wow…ご機嫌斜めってヤツ?」
目の前の空間が歪んだと思ったら、エメットが現れた。
今日のテレポート役はオーベムなんだ…って、そんな事はどーでもいい。
エメットは肩を竦めてからボクのデスクの上に山積みされた書類を持って
インゴのデスクに座るとデーター入力を始めた。
書類の内容はチラッと見ただけだけど様々で、それぞれに付箋がついてる。
これにはインゴからエメットへの指示が簡潔に書かれている。
キーボードを打つ手が凄く早い、悔しいけど事務作業では敵わない。
だからインゴはボクに任せてくれないのかな。
そんな事を考えてるなんてわかっていないだろうエメットはといえば
ボクの事なんておかまいなしに作業を続けながら世間話?を勝手にはじめた。
「インゴとのマルチバトルには慣れた?ノボリとはタイプが似てるけど
違う部分も多いと思うんだよネ。コンビネーションとか大丈夫?」
「サポート的な役割って意味じゃ問題ないと思う。誰でもできるでしょ。」
「そっか、問題無しナラ良いネ!こっちの生活には慣れてきたカナ?
インゴと一緒とか大変だとは思うケド、そっちは大丈夫?」
「…あのね、はっきり聴くなら聞いて?ボクがどんな感じなのかって
エメットは気になってるんじゃないの?聞きたいんじゃないの?」
エメットもインゴもボクに何かしろとは言わない。
言われてもできるかはわかんないけど、何も言われないってのも辛い。
向こうにいる時と今じゃ確かに少しは良くなってるとは思うけど
戻れる様な状態じゃないって事は自分が一番よくわかってる。
その辺が凄くもどかしくて、自分でも情けなくてイライラする。
八つ当たりだってわかってるけど、言わずにはいられなかった。
インゴのデスクで頬杖をついてボクを見てたエメットは困った様に
ちょっと肩を竦めてから立ち上がるとコーヒーをボクに差し出した。
「……ボク、まだあまり飲んだり食べたりできないんだけど。」
「知ってるヨ、デモそれは飲めると思うんだけどナ?」
紙コップを受け取って、恐る恐る一口流し込めば懐かしい味がした。
これはいつもノボリがボクに入れてくれるコーヒーの味だ。
そのまま飲み続けてるボクを見てからエメットはデスクに腰掛けながら
自分の分のコーヒーを飲みだした。
「……朝はクリームたっぷりのパンケーキ、昼は野菜とチキンのサンド
夜はハンバーグとかバッファローウィングとか肉がメインでサラダとスープ
夜寝る前ニハ蜂蜜たっぷりのホットミルクかクリームをのせたココア…
クダリが今食べてるメニューはそんな感じデショ?」
「えっ?」
呪文の様なそれは、確かにインゴが作ってくれてる食事の内容で
まるで全部見たかの様に言い当てられてちょっと…ううん、凄く驚いた。
ちょっと待って、どーしてエメットが知ってるの?
夜はたまにボク達と一緒に食事をするけど、それ以外の朝とか昼とかなんて
普通はわかるはずないのに。そんな事が顔に出てたんだろうな、エメットは
凄く可笑しそうに笑いだした。
「アハハ!やっぱりインゴはわかっテル!
クダリ、安心して良いヨ。クダリのソレはちゃんと治る。絶対にネ!」
すっごく自信たっぷりにエメットは言うけど、それってどーいう意味?
ホント、どーしてこの従兄弟達は揃って言葉が足りないの?!
あ、それを言うならノボリも同じかも…でもノボリの事はわかるけど
ボクにはこの二人が何を考えてるのかなんてわかるわけないってば!
「あのね、どーしてインゴもエメットも言葉が足りないの?
そんな事言われてもボクには何が安心できるのかわかんないんだけど!」
「Ahー、ゴメンゴメン。やっぱりインゴは凄いなってネ!
答えは教えてあげないケド、ヒントはあげるヨ。結果は同じだけどネ。」
まだ笑いが止まんないのかエメットは肩を小さく揺らしながら
それでもどこかちょっと遠くを見るような目をして話しだした。
「こっちに来る前、クダリが食べたプリンはどんな味がシタ?」
「……母さんの作ってくれたプリンと同じだった。
でも同じレシピでノボリも作ってくれてるはずなのに違ってて…」
「もう一つ聞くケド、クダリは全然食事を受け付けなかったハズなノニ
今は量は少なくテモ食べる事が出来てるヨネ?ソレはどんな味がシテル?」
「それも子供の時に食べた味だよ。でも、それって変だよ。
だってノボリは…ノボリだって同じメニューを作ってくれた。
これなら食べれるだろうって!でも無理だった…食べられなかった。」
「ノボリはクダリ用に自分でも気づかないうちにアレンジしてたんダヨ。
大人にナレバ味の好みも変わるんダシ、ソレって当たり前デショ?
インゴは今のクダリの好みなんて知らない…違うネ、知ってたとシテモ
アレを作ってたと思う。インゴの作る食事は正真正銘叔母様の味ダヨ。」
…わかんない、一体それに何の意味があるんだろう?
ううん違う、意味があるからボクはインゴの作った食事なら食べられるんだ
それじゃあその意味がわかればボクは元に戻れるんだろうか?
すっかり冷めちゃったコーヒーを飲み干して考えたんだけど答えは出ない
「確かにエメットの言う通り、インゴの作る料理ってば
全部昔母さんが作ってくれたメニューだけど、ひとつだけ違うのがある。」
「Hmm…ソレって何?」
おや?って顔をしてから、エメットはデスクにもたれたまま目を細めた。
すぐに答えてあげるのも悔しくて、立ち上がってから
エメットの飲み終わった紙コップを自分のに重ねて、ごみ箱に放り込む
「いつも寝る前に体を温めろって言われて飲み物を飲まされるんだけど
ちょっと前まではさっきエメットが言ってたみたいにココアとかだった。
でも、最近はミントミルクティー?になった。」
紅茶にうるさいはずのインゴがティーカップじゃなく、マグカップを使うんだ
甘い物が苦手なはずなのにそれはたっぷりと砂糖が入っている。
最初はこんなの出すなんて!って思ったけど、今はあの甘さと飲み終わった後の
ミントのふんわりした香りが心地良くってボクのお気に入りだったりする。
やわらかなミルクに包まれたその感じが心地よくって、最近は眠れてる。
「クッ…!インゴっテバ…アハハハハハハ!!」
「エメット?!」
ビックリしてるボクなんてまるで無視してエメットはホントにおかしそうに
ずっと笑ってるんだけど、その顔がなんだかすごく柔らかい気がした。
ボクに向けるそんな顔は、ちょっと前までの人を馬鹿にしたようなのじゃなく
子供の頃、まだボク達と一緒に居た時のちょっとお兄ちゃんぶった感じ。
こんな顔を見たのはいつぶりだろ?でもこっちの顔の方がボクは好き。
これはきっと達の影響なんだろうな…ボク達だけじゃなくこの二人も
色々と拗れちゃってたけど、今じゃ良い感じに落ち着いてきてると思う。
ボク達も落ち着いたはずなんだけどな…今じゃ前より拗れてるかもしんない…
「その顔、ノボリそっくり!デモ、クダリにそんな顔は似合わないヨ?」
「うるさい、ボクがどんな顔しよーがボクの勝手。」
エメットの事は無視して、出来上がったばかりの作業報告書にサインを入れる。
これでボクの仕事は終わり!デスクに広がった書類をまとめながら考える。
ノボリ…ノボリは今頃どーしてるんだろ?エメットは何も言ってくんない。
ボクから聞けば良いのかもしんないけど、聞いてどーするのって言われたら
どーする事も今のボクはできないから聞けない。
ノボリきっとエメット相手でイライラしてると思う。エメットってばすっごく
人の神経を逆撫でするのが得意だし、口じゃノボリは負けるだろーし…
バトルに関しては、ボクなんかよりフォローするって意味じゃ上手だけど
それだけじゃノボリの良い所が出し切れないはず。
ダブルの方はどうなんだろ?エメットってば女の人にだらしない!
誰にでも声かけて遊びまくってるとかしてたらどーしよう。
どの位考え込んでたんだろ…エメットがクスクス笑う声に気が付いて見れば
インゴのデスクに頬杖ついて笑いながらこっちを見てる。
あー、やっぱりエメットは変わったんだ。色々あった事を解決したから
そんな顔ができるんだ。それって今のボクには凄く羨ましすぎるかもしんない。
そう思ったら、八つ当たりなんだろうけど凄く腹が立った。
「何がそんなにおかしいの?ニヤニヤ笑いって気持ち悪い。」
「ホント、インゴもだけどキミ達もボクに容赦ないヨネ!
ネェ、今クダリは何を考えてた?」
「エメットに教える必要なんてない。」
「フーン、ノボリの事とかイッシュの事デショ?」
ボクってノボリと違ってわかりやすくないはずなのにどーしてわかったの?
きっとそんな顔してたんだろーな、エメットはポケットからタバコを出して
目を閉じながら火をつけた。
そして一息ついてからゆっくり目を開けた顔はふざけた感じじゃなくなってた。
「ユノーヴァに来た時ハ、自分の事で精一杯だったデショ?
それだけ、気持ちに余裕が出てきたんダヨ。大丈夫、クダリは良くなってるヨ!
だからインゴはミントミルクティーを出したのカナ?ウン、そうだネ。」
「エメット?」
「自分で自分を否定シテ、そんな事をしても意味が無いケド…
そうしなきゃ自分を守れない…そういう時は幸せだった時の真似をするんダヨ。
懐かしいッテ、気持ちも昔に戻れる様な気がしない?色々行き詰った時には
そうする事も必要なんダヨ。今のクダリにはそれが一番の薬になっテル。」
一番幸せだった時…勿論今までだって幸せだった。でも、今は辛い…
それって逃げる事なんじゃないかな?そんな事しても良いのかな?…
「ソレって逃げる事トカ、そんな事許されるトカ考えてるデショ?
逃げる事は負けじゃないヨ?逃げて、戻って…そこから次にどうするノカ?
どれだけ立ち戻ったとシテも、最後に進めればOK!…デショ?」
あー、またエメットに思ってる事がばれちゃってる…
でも今はさっきみたいに嫌な気持ちにはならなかった。むしろ目が覚めたかも?
だってあの事故があってから誰も何も言ってくれなかった。
ボクはそれが自分を責めてる様にしか思えなくって…責められても仕方ないし
何も言われない分、自分で色々考え込んじゃってた……んだと思う。
こーやって考えられる様になったのは事故があってから初めてかもしんない。
「…エメットがそんな難しい事を考えてたとか、信じらんない。
そんな事して何かメリットがあるの?柄じゃないってか気味が悪い。」
「ホント、クダリはボクに容赦ないヨネ!デモそれがクダリだったネ!!
ネェ、きっともうそろそろインゴは今迄と違うメニューをキミに出すヨ。
それが前みたいに食べれるようにナレバ、クダリはもう大丈夫、保証スル。」
だから、どーしてそんな事が言えるのっての!
エメットの中ではそれって断言できる位の要因がわかってるんだろーか?
そう思う位自信満々で、バトルの勝利が確定した時みたいの顔をしてる。
「違うメニュー?」
「どんなのかはわかってるケド教えないヨ!柄じゃないらしいからネ。」
「うん、やっぱりエメットはエメットだった。知ってた!」
ちょっとムカついたけど、お互いに顔を見合わせてたら可笑しくなって
同時に吹き出しちゃった。あぁ…笑うなんてあの事故から初めてかもしんない
ボクが思ってたよりもずっとボクは良くなってるんだなって気がした。
エメットの瞳が弧を描いて柔らかい色を宿してボクを見てた。
それがなんだかちょっと恥ずかしくって下を向いたら声を出して笑われた。
「アハハ!やっぱりクダリはそーやって笑ってる方が良いネ!
そろそろインゴから絶対零度のメールが来るかもしれないヨ?」
我に返って壁にかかってる時計を見れば、いつもよりもずっと遅い時間。
うわわ、インゴは時間にすっごくうるさい!これってすっごくマズい!!
慌ててデスクから立ち上がって着替える為に更衣室に駆け込んだ。
閉めたドアの向こうでまだクスクス笑い声がしてるけど、気にしてらんない!
慌ててコートと制帽をロッカーに押し込んで大急ぎで着替え始める。
あ、ライブキャスターから着信音。でもボクのじゃない。エメットのだ。
『Wow!ちょ、wait!インゴ落ち着いて、クダリは今着替えてるっテバ。
え?ボクのせいかって?違う、違うヨ!ボクは何もしていないヨ!!
……わかってるカラ!ボクも今からアッチに戻るカラ!!』
あはは、エメットってば怒られてる!鞄を取り出す時に鏡に映ったボクの顔が
前と同じ顔で笑ってるのが見えた。こんなに早く笑える様になるなんて…
そーいう意味では今怒られて慌ててるエメットにはちょっと感謝かな?
勿論、本人の前では絶対に言わないけどね!