三章・指差確認準備中!編 -未来と希望とあれやこれ-

三章・指差確認準備中!編

未来と希望とあれやこれ

※注意※
 現地での話の為ボス達の会話も視点語りも普段の表記とは異なっております。



日も暮れて治安的問題もございましたので、戻ってまいりました。

家についた途端、例えようのない脱力感に見舞われてしまい

私もエメットもそのままソファーに身体を投げ出します。


あれ程の愛情を持って、私達を想ってくれていた父さん。

もしかすると、私達はやり方を間違えたのかもしれません。

ですがそう考えられる様になったのはこの年になったからであって

当時の私達では、まだ余りにも幼すぎたのでしょう。


目を閉じながらそんな取り留めのない事を考えていたら

目元に冷たいものが触れて、驚いてそれを見れば冷えたタオルでした。



『お二人共ー、泣いた後放置しておくと明日目が腫れて大変ですよ。

こっちに蒸しタオルも用意してますから交互に使って下さいね。』



熱いと言って、蒸しタオルを私達に放り投げれば

エメットがこんな熱いの使えないでしょう!と叫んでおります。

それを気合で乗り切れとは…貴女も言いますね。



『あー…これ気持ち良い!』



『ついでに今、ミルクティーも準備してますので待っててくださいねー。』



キッチンでミルクパンにモーモーミルクを注いでから茶葉を投入して

その他にもなにやらゴソゴソとやっておりますね…

私、紅茶にはうるさいので、まずいものなら叩き返させていただきます。



『うし!特性ミントミルクティーの出来上がりですよー。

これは砂糖入りをお勧めしますけど、好みに合わせてお好きにどーぞ。』



人数分のマグカップと、シュガーポットを乗せたトレイをテーブルの上に置き

自分はソファーには座らず、私の膝元の絨毯に直接座りました。



『…、普通紅茶はティーカップでってのが常識なんだけど?』



『常識なんてぶち破るためにあるものでしょう?

これはこうやってたっぷり注いで、チビチビ飲むのが美味しいんですってば!

騙されたと思って飲んでみて、それから文句を言いやがれってんですよ。』



無骨なマグカップに口をつけて一口飲めば

濃厚なミルクティーの風味の後に、爽やかにミントの味が広がります。



『ふむ…確かにこれは少々砂糖を入れて甘くした方が良いですね。』



『…ホントだ!スッキリしてるけどなんだかホッとする味だね。』



『香りを楽しむ為にって意味では邪道なんですけど、これも良いでしょう?

私の地方では余り形式に囚われないから、結構こうやってオリジナルを崩して

自己流でコーヒーとか紅茶を楽しむ人が多いんです。』



他愛のない会話の後に沈黙が流れますが、今はそれも苦にはなりません。

穏やかな時間…とでもいうのでしょうか、こういう過ごし方もあるのですね。



『ねぇ、……君はどうしてボク達に何も聞かないの?』



『んー?聞いて欲しいんですか?』



暫く沈黙の続いた後、エメットがマグカップを弄びながら問いかけます。

何も聞かれないと逆にいたたまれなくなったのでしょう。私も同感です。



『あのさ、こんなヘビーな状況を見せつけられてどう思った?

正直ボクはちょっと戸惑ってる。あの人…お父さんがボク達を想ってたのは

あの家を見たら痛いくらい感じたよ?だけど結局は…ってさー。』



アイツ呼ばわりからお父さんに変化する位には、エメットの中で

父さんへの感情が落ち着いたのでしょうか?そうだと良いのですけどね。



『まぁ…過去は変えられないですからねー。

んで、エメットさんはどうしたいって思ってるんですか?

気持ちに何か変化があった…って事ですよね、そんな顔してますし。』



『…ボクはどうしたいんだろう。ずっとインゴを変えてしまった彼を

憎いと思ってた、ボク達を引き取らないでいてくれればって…ね。

だけど、前も言った様に、もしボク達とやり直したい…

そう思っていたんだったら、ボク達はどこで何を間違えたんだろう。』



『それも過去の話で、今更変えられない事ですよ?

あの時あーすれば良かった…後悔って、後で悔やむから後悔って言うんです。

エメットさんはずっと立ち止まったまま、後悔したままでいたいんですか?

やっぱりお父様が憎いですか?今でも許せませんか?』



口調はとても厳しいものですが、その視線はどこまでも優しく

エメットが何か言うのを待ち続けておりました。



『憎いも許すも無いでしょ?ボクはなんだか色々見誤ってたんだから。

そんな自分に今は凄く腹が立ってるよ。もっとあの人と向き合えば良かった

ボク達はここにいる、ちゃんと見てって言えば良かったってね。

産まれたばかりのボク達を見捨てた事実は変わらない。

でも、引き取られたイッシュでボク達は幸せだったんだ。

そのまま一緒にいなかったから、幸せだったのかもしれないでしょ?』



紅茶を一口飲んで、ため息混じりに呟かれた言葉は私の考えと同じで

やはり、多少のわだかまりは残っていても以前よりは改善してるのでしょう。



『…親は子供を選べるけど、子供は親を選べませんからね。

肉親だから…そういう感情が湧き上がるのも仕方が無い…ですよねー。』



ちょっとすみません、そう言ってはタバコを取り出して火をつけた。

大きく吸い込まれた後に吐き出された紫煙は揺蕩うように部屋に広がります。



『うん、前にも言ったけどさ…ボクはインゴがインゴであれば良いんだよ。

他人もボクも拒絶する前のインゴに戻ってくれれば良いんだ。』



『…だ、そうですよ?インゴさん、大丈夫ですか?

さっきからずっと苦しそうに見えるんですけど、あの症状が起きそうですか?』



『私ですか?』



急に矛先が自分に向いたので少々驚きましたが、は何も言わずに

ただ私の見上げるだけでその顔からは何を言いたいのかが読み取れません。



『えぇ、元はと言えばインゴさんの不安な気持ちが引き起こす原因を探って

ここまできちまったい!って感じですからね。まだ…不安ですか?』



私の膝に手を置くと読み取れなかった表情が一転して気遣うものに変化し

小首を傾げて私の瞳を覗き込みます。

そんな表情は似合わないのに、させてしまっているのは私なのですね。

こんな状況には終止符を打つべきで、その方法は私が動く事…です。



『…エメット、お前に頼みがあります。』



『ボクに?って、うわわ、待ってよ!これをどうしろって君は言うの?!』



テーブルの上に置かれたままになっていた鍵の入った封筒を放り投げると

器用にそれを受け取りましたが、その目は信じられないと私を責めます。



『どうもこうもないでしょう?私は既にここを所持しております。

お前は賃貸のフラットで生活しているのですから、丁度良いではありませんか。

ただし…ひとつ…いいえ二つですね。条件がございます。』



『嫌だよ、あの場所をボク一人で見るのは、正直まだ辛すぎるんだってば!』



『人の話は最後まで聞く、そんな事もわからないのですか?

ひとつめはリビングのあの状況は片付けて構いません。子ども部屋に全て入れて

そのまま、そちらの場所には一切手をつけない様に。

そして二つ目、もしもお前があの場所に住むのであれば…

時々でよろしいので私の訪問を許可しなさい。あの場所でどうこう変わる…

そんな事はないでしょうが、それでも私はまた訪れたい…そう思っています。』



私の言葉を最初は理解しきれなかった…いえ、信じられなかったのでしょうね

呆けた顔をしておりましたが、急に泣きそうに顔を歪めました。



『ねぇ、それって…インゴがボクの家に遊びに来てくれる…って事だよね?

ボクの手を振り払わないで、君から手を差し伸べてくれてるんだよね?』



『…同じ言葉を吐く口は持ち合わせておりません。

今後、気が向けばこのように私の家への訪問も許可しましょう。

と生活を共にしているおかげで外食の不味さを痛感してしまいました。

これなら自分で作ったほうがマシです。

一人分も二人分もさして変わりありませんからね。

お前の食生活は前々から改善すべきだと思っておりましたので

この際徹底的にやって差し上げます。』



『ホント…その上からの言い方がムカつくけど、それがインゴだし?

そこも変わって欲しいけど贅沢は言えないし?

気が変わる前に返事をするよ。それで良いよ。

でもボクだけじゃない、君と二人で所有権を持つ事。

その条件をのめるなら、明日からでも色々片付けたりして引っ越しても良い。

あれはお父さんがボク達の為に用意したんだから、そうするべきだよ。』



エメットに父さんを憎ませてしまったのは私。その責任は取るべきでしょう。

私の言葉に普段の下衆な笑い方ではなく、本当に嬉しそうに笑っております。

あぁ、私はもっと早くにこうやって行動を起こすべきでした。



『…わかりました、管理する為にもお前はあの家に住みなさい。

私もお前の管理が適正かどうか、チェックがてらに寄らせてもらいます。』



『君が来るのは大歓迎だよ!よーし、ボクは明日から暫く残業しないからね

定時で上がって掃除とか片付けをして、それから今のフラットを引き払って

うわー、やる事が色々あり過ぎ!だけど…ふふっ、それも楽しめそうだよ。』



そう言って、受け取った封筒を胸に抱き満面の笑みを見せます。

お前がそうやって笑うのなら、それで良い。何も恐れるものなどありません。

ジェイクの言う様に、私はもっと早くに視野を広げるべきでしたね。

そうすれば、どこまでも私を思い気遣う片割れにもっと早く気づけたのに。



『今からでも遅く無い…そう言う事なのでしょうね。』



私の呟きはエメットには届かなかった様ですが、ふと視線を感じて見下ろせば

が微笑み頷いてくれていました。この件に正解などはないでしょうが

貴女がそうやって認めてくれているのなら、それで構わないでしょう。



『なんだかとっても良い感じってやつですねー。良かった良かった!

この調子だとインゴさんもあの症状を起こすことはもう無さそうですし

ダブルで良かったって感じですね!

そろそろ時間もアレだし、今日はお二人共色々あって疲れたでしょう?

さっさとベッドに入って、ゆっくり寝た方が良いですね。』



『あー、確かに脱力感っていうの?それが凄く強いね。

でも、ちょっとスッキリしたかな?ふふっ、今日は良い夢が見れそうだよ!』



『お前は単純でございますね。ですが確かに…何かを乗り越えた様な

そんな気が私もしております。二人には迷惑をかけましたね。

あの様な症状はもう金輪際起こらないでしょう。私はもう大丈夫です。』



飲み終わったマグカップをトレイに入れてキッチンに向かった

私の言葉に力強く頷いて見せました。えぇ、本当にもう大丈夫。

私のそばには大切な片割れがいます。そして影になり見守ってくれる存在も

貴女もも、ノボリやクダリも…大切な人逹が沢山いるのです。


私は独りではありません。エメットも独りではありません。

いえ、独りにはしません。そうやってこれからを過ごしていけば

いつかはきっと、この胸に残った小さな痛みも笑い話にできるでしょう。