二章・初志貫徹編 -真白き部屋で想う-

二章・初志貫徹編

真白き部屋で想う



真っ白な部屋の中、ベッドに横たわっているを見ると

両親の最期を思い出してしまいます。

クダリと二人、旅を続けていた時にライブキャスターに告げられた訃報

両親の突然の事故死は私達から穏やかな時間を取り上げました。


私はベッドの横にある椅子に座って、眠っているらしいを見つめます。

頭には真っ白な包帯が巻かれていて、それが、普段仕事の時にしている

タオルを巻いた状態と同じ様に見えて、思わず笑ってしまいました。



「…ノボリ…さん?」



私の気配に気がつき目が覚めたのでしょうか?

はまだ夢見心地の表情で私を見て、私の名を呼びました。



「えぇ、ノボリでございます。…ご気分はいかがでございますか?

吐き気がまだ酷いときいておりますが、今は大丈夫ですか?」



「かなり落ち着いてきてますんで、私の事は心配しなくても大丈夫です。

それよりノボリさん、お仕事は?ギアステの方は落ち着いたんですか?

リグレーは…リグレーはどうなったんですか?」



「……警察に行った帰りに寄らせていただいたのですよ。

本当はクダリも来たかったのですが、ダブルの待機要請が入りましたので

また改めて見舞いにくるからと言っておりました。

ギアステは事件が解決いたしましたので、通常営業に戻っておりますよ。

そしてリグレーも、未だ意識は回復しておりませんが、生命の危機は脱出したと

ポケモンドクターから説明を受けております。」



こんな時も自分の事は後回しなんですね。

それが貴女らしいと言われればそれまでなのでしょうが

私にはどうしても、もどかしくなってしまうのです。


の容態は頭の傷以外は問題ないから、意識が戻れば直ぐに退院できると

医師からの説明がありました。

ですが、意識が戻ってみれば重度の眩暈とそれに伴う吐気と嘔吐で

身体を動かす事もままならない状態で、精査した所問題が見つかったのです。

もっとも、命に別状があるものではないと聞かされて安心したものの

未だに、ベッドから起き上がる事も難しい状態。

それを何故心配するな、大丈夫と言えるのでしょうか。



「そっか…良かった…本当に良かった。

ノボリさん…いえ黒ボス、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」



が謝る事など何もないでしょう?

むしろ私達が謝罪しなければならないのです。

いえ、その前にリグレーを助けていただいた事に感謝いたします。

貴女がホームに飛び降りて助けなければ、あの子の命はなかったでしょう。」



「そんな事…「そんな事ではございません!」…黒ボス?…」



点滴をしていない方の手を握り、私はを見つめました。

いきなりの大声に戸惑ってる様でございますが、この事については

私はいつも通りの口調で言うことは無理なのです。



「サブウェイマスターとしては貴女に感謝しなければならないのでしょう。

ですが、友人として…ただのノボリとして言わせてもらえるのなら

もう、あの様な真似は絶対にしないでくださいまし!

私は…貴女まで失ってしまうのかと…また大切な人を亡くすのかと…!」



「ノボリさん?」



握った手を自分の頬に押し当てれば、温かく滑らかな感触に

を喪わずに済んだのだという実感がこみ上げてまいります。

以前、同じ事をした彼の人の手は非常に冷たかったのですから。



、私は貴女と同じ様にポケモンを愛した人達を知っております。

それこそ、彼等を救う為なら自分の命さえ顧みない…そんな所も同じです。

貴女は奇跡的にこうして生きておられましたが…

その人達、私の両親は…私達を残してこの世を去ってしまいました。

あんな思いをするのは嫌なのです、もう見たくないのです!」



力を込めれば簡単に砕けそうな、小さな手を離す事ができません。

今この手を離してしまえば、手の届かない所へ行ってしまうのでは?

そんな、有り得ない事にすら怯えてしまうのです。



「そっか…ノボリさんも知ってるんですね。辛いですよねー。」



?」



身動きする事のできない状態で、は笑っておりました。

その顔はクダリの言っていた、そして私も好きになれない例の笑い方。

全てを諦めてしまったような、自嘲的な笑い方…。



「大切に思ってる人達がいなくなって、今まであった心の拠り所?

そんなのが足元から無くなってしまうのって、凄く怖いですよね。

そんな思いは繰り返したくないですよね?

それだったら、置いて行く方を選んでもおかしくないでしょう?

でもノボリさんは、そういう風には考えないのでしょう?」



「私はクダリを置いていく事は考えられません。

私を必要だと思ってる方達の為にもその様な事はできません。」



「あぁ…ノボリさんは強いんですね。

大切に思われてる…愛されてるって事は人を強くするんですねー。」



そう言い終わった後に、の表情が苦しげに歪みました。



?!具合が悪くなったのですか?

これ以上話さなくてもよろしゅうございます!安静にしてくださいまし!」



ナースコールに伸ばした私の手を掴み、誰かを呼ぶ事をは止めました。

その手は苦しさからなのでしょうか、微かに震えております。



「大丈夫です、眩暈がしたわけじゃないんです。

私はノボリさんのお願いを聞いてあげれないなって、そう思ったから。

だからちょっと、自己嫌悪しちゃったんですよ。」



「…それは、今後もあの様な無茶をされるという事なのですか?」



「リグレーの件は、絶対に大丈夫だったんです。

ノボリさん、私はあのホームのピット…下の部分で仕事をしていたんですよ?

だから、電車が来ても安全な場所を知ってたんです。

ただ、移動するときに躓いちゃって、それで鉄柱に頭をぶつけたんです。

いやー、ドジっちゃいましたよねー。」



「…つまり、自分の事を顧みずではなかったと?」



「えぇ、リグレーの件ではそうです。

でも、似た様な事が今後もし起きたら、私は同じ事を繰り返します。

私の命は…この心も身体もポケモン達から貰った物なんです。

だから、貰った物をポケモン達の為に使うのは間違いじゃないでしょう?」



確か、ギラティナがを反転世界に連れ去って

そこで、彼女の手持ちのポケモン達を呼び寄せて総出で説得したと…

そして、はこの世界で生きることを決めたのでしたね。

ですが、その考えはおかしいのではないでしょうか?

その様な真似をして、本当にポケモン達は喜ぶのでしょうか?



はそれでよろしいのですか?

達を残して、私達を置いていっても構わないというのでございますか?!」



「ノボリさん、私はこっちの世界で取り敢えず生きていくって

そう決めた時に、もう一つ決めた事があるんです。

私がポケモン達にして貰った事を他のポケモン達にしたいんです。

その為に自分に出来る事はなんでもします。それは誰にも譲れません。」



「その為に今後も自分を顧みない…そういう事なのでございますか?

の中では、ポケモン達さえいればそれが全てなのでございますか?」



達やノボリさん達も大切です。その気持ちは嘘じゃありません。

だけど、目の前でまたリグレーと同じ状況があれば同じ事をします。

それは理屈じゃないんです、咄嗟に動いてしまう…そんな感じなんです。」



そう言って私を見つめる表情には覚えがございます。

これは、自分の決めた事…信念に向かってひた走る方々のする表情。

のこの決意は誰にも覆す事ができないのでしょうか…。

でも、それでも、私は黙って見ている事など出来ません。



の中で、それは貫き通す事なのですね…わかりました。

では、私も自分の信念を貫き通させていただきましょうか。」



再びの手を取り、その手を自分の額に当てます。

あぁ、何と言えばいいのでしょうか、うまく言葉にして伝えられない。

自分がここまで口下手だとは…情けないですね。



「以前、私は貴女を独りにはしないと言いました。

暗闇にいるのなら、そこから引き上げます。共に歩みたいのです。

貴女の傍にいたいのです。一緒にいると心が穏やかになり満たされるのです。

私は、それを二度と手放したくはないのです。」



自分の思うがままに口から出された言葉のなんと拙い事か!

私の言葉に、の瞳が揺らいでおります。

それは、以前にも同じ事を行った時と同じ表情でございますね。

結局貴女は、あの時から何も変わっていないのですね。



「私は、その言葉のままに、今後も貴女に接してまいります。

例えこの手を振り払おうとも、何度でも掴んでいただけるまで

差し伸ばしましょう…いえ、私から貴女の手を掴みます。

どんな時でも、私は傍を離れません。」



「ノボリさん、だけど私は!…うっ…」



無意識に起き上がろうとしたのでしょう、そして眩暈がしたのでしょうか

はそのまま元の姿勢に戻り、苦しそうな表情を浮かべました。



「安静にしていてくださいまし!…と、原因の私が言うのも変ですね。」



「…そーですよ?あー、もう勘弁してくださいよ。

私は今のままで十分幸せなんですから。これ以上はお腹いっぱいです。」



「えぇ、私も幸せでございます。大切な友人が傍にいて

一緒に食事をしたり、笑って話をする、時を共にする、心が満たされる。

とても幸せでございますよ?だからその幸せを壊したくないのです。」



えぇ、その為でしたらどんな事でもいたしましょう。

握り締めたままのの手に残る傷跡は、ネイティを助けた時のもの。

きっと、沢山の傷がこの様に身体だけではなく、心にもあるのでしょうね。

私はその傷にそっと触れてから、もう一度手を握り締めます。

どうか…どうか私の願いが少しでもに伝わって欲しいのです。



「少々話し込み過ぎましたね。お疲れになったでしょう?

こうして手を握っていますので、少しお休みになってくださいまし。」



「でもノボリさん、お仕事が…」



「シングルの待機要請はまだきておりませんので、ご安心を。」



「なんですかそれ!って、ふふっ…わかりました、頑張って寝てみます。

でも、要請がきたら直ぐに戻ってくださいね。」



そう言ってはゆっくりと目を閉じました。

そしてすぐに、規則正しい寝息が聞こえてまいりましたので

私と話をしただけですが、相当疲れてしまったのでしょうね。


握ったままだったの手をベッドに戻して、私は席を立ちました。

そのままできるだけ静かに病室を出て、ギアステに向かいます。


私のやり方は間違っていないと思うのですが、どうなのでしょう?

病室での出来事を振り返り、思わず歩みを止めてしまいました。



「あぁ、私はなんという事を…?」



病室にいた時はただ必死で、全く気がつきませんでしたが

今思えば、あれではまるで恋の告白ではございませんか!

実際には、大切な方と共に在りたいと言っただけでございます。

でも、それは恋愛感情でも同じ事が言える?いえ、しかし…


あぁ…口下手だけではなく、自分の感情の持つ意味もわからないとは

私はとんだ未熟者でございます!