二章・初志貫徹編
黒の上司、執務室で決心する。
総務部長から、弁護士を通した例の愛護団体との交渉の報告書を受け取り
私は溜息をついてしまいました。
施設への業務妨害と被害に対する補償、今後当施設への関与をしない事
私達が要求しているのはこれだけでございます。
ですが、未だに向こうからは全く返答が来ないのです。
「あちらの弁護士は何といっているのでございますか?」
書類をデスクに置いてから、総務部長をみれば首を振っておられます。
これは色よい返事がもらえてないのでしょうね。
「なんでも、向こうの代表にすら連絡が取れなくなったらしいね。
向こうの弁護士も当惑していたよ。
だが、一応施設破損の補償については目処が立ったからね。
こうしてボスに報告させてもらう事にしたんだよ。」
「あちらの団体へのバッシングが続いていると報告を受けております。
その件に関しては、当方は一切関与してないという姿勢を
今後も貫き通す所存でございますが、それで構いませんね?」
「むしろその方が利口だろうね。
それでは、被害の保障額については私に任せてくれたまえ。
その他で何か進展があれば、逐一報告をさせてもらうよ。」
「えぇ、よろしくお願いします。あ、総務部長!」
ドアに向かって歩きだした彼を呼び止めたのは良いのですが
私はどう話を切り出して良いのかわからなくなってしまいました。
結局、次の言葉を待つ彼に、何でもないと告げれば
彼は今度こそ部屋を後にしました。
ため息と共に額に手を当てれば、目の前にコーヒーが差し出されました。
「あぁ、すみません。」
「この位当たり前の事ですよ。なんだか黒ボス悩んでますか?」
私の傍に椅子を持ってきて、それでも膝の上のノートパソコンのテンキーを
叩き続けるという器用な芸当を見せ、は私の言葉を待っておりました。
そうですね、ここは彼にも話を聞いてもらった方が良いのかもしれません。
「今回の件でバトルサブウェイの本部から、事の詳細を報告する様にと
そう通達がありましたので、クダリがそれを一手に引き受けております。
こちらとしては、なにも落ち度がございませんが、やはり…ね。」
えぇ、前回の懲戒解雇処分の続出について報告書を提出したばかりで
またすぐにこの様な問題が起きたのでございますから
向こうとしては、一体何をやってるんだ。と、いう事なのでございましょう。
「本部の方から何か連絡があったんですか?」
「いえ、クダリが報告書を提出してからはなにも…。
インゴの話では、総務部長の御子息が本部勤めをされてるそうなので
何か聞いているのではないかと言われたのですが、聞き出すのもどうかと
そんな事を思ってしまったのでございます。」
「へぇ、彼にそんな大きな息子がいるんですか。
それにしても本部勤めとか、相当優秀なんでしょうね。
まぁ、それについてはこちらにはなにも落ち度はないでしょう?
最悪監査が入っても、叩いてもホコリ一つ出てこないんですから
そうそう気にかける事もないんじゃないかな?」
確かに、私達には本部に何か指摘されるような事などございませんとも。
常にお客様に最高のバトルを。この理念の元にそれに携わる全ての
職員と、ポケモン達が少しでも良い状態でいられる様に。
ただそれだけを貫き通して、ひた走ってまいったのです。
そちらはともかく、もう一つインゴは気にかかる事を言っておりました。
「、の様子に何か変わった所はございませんか?」
コーヒーを一口飲めば、苦味がやけに口の中に残りますね。
目を閉じて、先日のインゴとのライブチャットでのやり取りを思い出します。
『二人共、ゲンナイがユノーヴァに戻ってきた時ニハは
執務室に戻って来ると言ってオリマシタカ?』
何を言い出すのだろうと思っていたのですが、彼は私達とが
食事をした時の話を聞いた後で、とんでもない事を言ったのです。
『オマエ達は素直にの言葉を信じたのデスカ?
そうでアレバ、はオマエ達から離れて行くデショウネ。』
額に手を当てて首を横に振る仕草には、私達をからかってる様子はなく
ひたすらに、この状況をどうにかしようと思案している様でした。
私とクダリはその意味がわからなくて、不本意ではございましたが
どういう事なのかと問い詰めざるをえませんでした。
「の性格であれば、私達が彼女のパーソナルスペースへ
踏み込んだ時点で、何らかのモーションを起こしますが
見守って欲しい、待ってて欲しいとは言わない…違いますか?」
私達との間にあったやり取りを説明した後に
私は一番に近しいであろう彼に問いかけてみました。
インゴに指摘されて初めて、その言い方がおかしい事に気づいたのです。
「…あいつなら、ベタベタ近づくんじゃねぇ!とか言ってぶっ飛ばして、
その後で、自分のやった事に驚いてワタワタするだろうね。」
やはりそうなのですね…では、あの言葉は私達との距離を取るため
その為の時間稼ぎをしたいから、発せられたのでしょうか?
だから、先日もこの騒ぎが落ち着いたら共に食事をしようという提案に
自分は遠慮すると言う様な事を言ったのでしょうか?
何故私達を欺いてまで、独りになろうとするのでしょうか?
「、私はこれからに関しては、かなり乱暴な行動をします。
あぁ、暴力というわけではございませんので安心してくださいまし。
手を取っていただけないのであれば、私がその手を掴みましょう。」
えぇ、決して独りになどいたしません。
例えがそう望んでいるのだとしても、私がさせたくないのです。
私達を友人だと言った言葉に偽りは無いはず。
そして、私達もまた彼女を友人と言った言葉は嘘ではございません。
うまく言葉で表現する事が出来ない自分がもどかしい。
ですが、の行動を認める事が出来ないのです。
「黒ボス?」
訝しげに、私を見つめるに返す言葉が見つからず
残っていたコーヒーを一気に飲み干し、私は目を閉じます。
彼女の中で私達の存在はどの様なものなのでしょうか?
は懐近くまで入り込んだ事を誇っても良いとおっしゃってましたが
それだけでは駄目なのだと、私は思っております。
「…決して独りにはしないと、私はに言ったのです。
暗闇から引き上げて、共に歩み、傍にあると…私は言ったのです。
口約束になどいたしませんとも。えぇ、それだけでございます。」
真正面からの視線を受け止めて、私は自分自身に言い聞かせる様に
言わせていただきました。
それだけで、は私の考えている事を理解したようで
私と同じ様に一度目を閉じて、それから真正面から私を見つめました。
「…確かに焦りは禁物で、時間をかけてゆっくりとあいつの心を
解きほぐすのが一番なんだろうが、そういう風にしているんだったら
話は全く変わってきちまうんだろう…ノボリは動くつもりなんだな?」
「えぇ、恐らくインゴも動くと思います。この事を指摘したのは彼です。
そして、何やら思案顔をしておりましたから、間違いないでしょう。」
私の言葉を聞いては軽く目を見開いた後で、笑い出しましたが
ノートパソコンを閉じて、私を見る目は真剣そのものでございました。
「本来なら、俺達が一番に気づかねぇと駄目なのにな…。
お前がそのつもりでいるなら、俺達は何も言わない。
お前達だったら、もしかするとあいつを本当に救ってくれるかもな。」
「、私は救うとかその様に考えてはおりません。
鎖で雁字搦めになったの心も身体も解き放ちたいだけなのです。
そして、皆で共に前を向き歩みたい。ただそれだけ…なのでございます。」
と話して、初めて自分がどうしたいのかがはっきりしました。
えぇ、逹と共に私達も並んで歩んで行きたいのです。
『ノボリさん』
温かみのある声で私の名を呼び、柔らかく笑うを思い浮かべます。
それだけの事なのに、心がホッコリとするのです。
バトルの時の高揚感とは全く正反対な穏やかな感情に満たされた空間。
それは両親を失ってから得る事がなくなった、私の欲しいもの…。
「、貴方達に…いえ、にまだ何か隠されている事があるのは
私達もとっくに気がついております。
今はお聞きしませんが、いつか…いつかは全てをお話してくださいまし。
友人だから全てを知らねばと言う事ではございませんが
貴方達の背負っているものを私達にも分けて欲しいと思うのです。」
「ノボリ、お前がそう言ってくれる気持ちはすげぇ嬉しい。
そうだな…いつか…いつかは全部話す時が来る。
勿論終わってから、実は…って事にはしねぇから安心しろ。
だが、俺達とにもう少し時間をくれ。頼む。」
いつも自信に満ちた表情の彼には珍しく戸惑っているのがわかります。
本当はその戸惑いすら共有したいと思ってるのですがね
彼等には彼等の思うところがございますのでしょうから、仕方がありません。
「わかりました。…私はだけに関わろうと思ってはいません。
も貴方も大切な友人なのですからね、覚えておいてくださいまし。」
「ははっ、それはおっかねぇな!まぁ程々に頼むぜ?
さぁ、私語はこの辺までにしておこうか。黒ボス、この書類頼みます。」
いつもの不敵な笑顔を取り戻したから書類を受け取り
私もいつも通りの顔で、サインをして処理していきます。
公私の区別はしっかりと!でございますからね。
ここにはいない友人達を思いながら、私は次の書類を手に取りました。