二章・初志貫徹編 -平社員、揺らぐ。-

二章・初志貫徹編

平社員、揺らぐ。



それぞれに、タバコを携帯灰皿に入れた後の沈黙が重かったけど、

それはクダリさんが来た事でなくなったからホッとした。



「今日の仕事終わり!…、どうしたの?ノボリに説教されてた?」



「失礼な、私はいつもを説教しているわけではございません!」



いや、ある意味あってると思いますよ?ノボリさん。

バルコニーに出てからの話を、ノボリさんがクダリさんに説明すれば

そっかーと言ってから、笑って私の手を取った。



「あのね、ボク逹は上に立つ人間としてはまだまだ。

だから、達が手を指し伸ばして、色々教えてくれて嬉しかった。

でも、今のはボク達から離れようとしてるよね?

ねぇ、ボク逹はの手を離さなきゃ駄目なの?」



寂しそうで悲しそうで、そんな顔で笑わないで欲しい。

私と関わったって良い事なんてないんだから、放っておいてくれれば良いのに。


でも、二人は絶対にそうはしてくれないのも知ってる。だったら私は…



「やっぱりバレちゃいましたよねー。

えぇ、流石にちょっと入り込み過ぎちゃったって反省してたんです。

私は正直言って、未だに人との距離のとり方に自信がないんですよ。

今までのお二人への態度は、ちょっと深入りしすぎたって思ってたんです。」



クダリさんに握られていない方の手をその手の上に重ねながら

気持ちを伝えるように言葉を続ける…フリをする。



「お二人のそばって凄く居心地がいいんです。

だからこうやって、私一人でも晩ご飯だってお邪魔しちゃったり?

以前の私からしたら、考えられない事で自分でも戸惑ってるんですよねー。」



本当は今日も食事に誘われた時に断りたかった。

だけど、それをしてしまえばこの二人は今以上に私に関わろうとする。

だから、前と同じ様に振舞っただけ。



「だから、ちょっと距離を置きたいんです。

なんていうのかな…今までの自分が色々と変わってしまいそうで

私はそういう変化が凄く苦手なんですよ。」



これは本当の事、だけどハッキリ放っておいてと言っても

二人は聞き入れてくれないって事もわかってたから、釘を刺しておく。

これ以上の変化を私は望んでないし、受け入れるつもりもないから。



「戸惑う必要などございませんよ?

言ったでしょう?私はであるから友人と思っているのです。

怖がらないでくださいまし、私達は貴女の手を離すつもりはございません。」



「うん、ボク逹はとずっと友達だよ?

何が起きたってそれは絶対に変わんない。だから勇気を出して?」



「…お二人の気持ちは凄く嬉しいんですが、もうちょっと遠くから

生暖かい目で見てて欲しいなって思うんですよー。

少しずつ、慣れる様に頑張るのでお願いします、私に時間を下さい。

ゲンナイ君達が戻った後も、仕事部屋にいる事を許可して欲しいです。」



仕事場が離れてしまえば、後はどうとでもなる。

どうせは毎日作業部屋にくるんだから

書類とか報告はその時にすれば業務には差し障りなんてないんだし。


だから時間を、私が貴方達の手の届かない場所に行く時間を下さい。

もう十分に幸せなんです、これ以上望む必要が無い位に。


も、もう十分に私を救ってくれた。だから自由になって欲しい。

二人共、ここに受け入れられてるから根っこをおろせば良いだけ

ここで必要とされているんだから、このまま留まって欲しい。



…その笑い方はやめて?

どうしてそんな全部諦めちゃった様な笑い方をするの?」



クダリさんの言葉が耳に痛い。諦めてなんていませんよ?

最初から望んでいないだけなんですから。

流石にその通りには言えないから、別な言葉で本音を隠す。



「諦めてなんていませんよー。

もどかしくって、自分で自分がめんどくさい奴だって呆れてるんですってば。

ホント、色々とグダグダしたって仕方がないんですが

チキンハートなんで、なかなか踏ん切り?そんなのがつかないんですよ。」



うん、嘘を言ってはいないよ?

実際に、自分自身すっごいひねくれてるって言うか、めんどくさいと思うしね。

だけど、これが本当の私なんじゃないのかな?

小さい頃からあの人の顔色を見て、口調の変化を読み取って、目線を追って

そうやって望むように動いてきた私に、自我なんて物は邪魔な存在

頭打ちされる様に、徹底的に潰されてしまったそれを元には戻せないんだよ。



「小さい頃に叩き込まれた事って、変えるのは難しいんですよ?

でも、今のままじゃダメなんだって事は理解しています。

過去に囚われ過ぎってのもわかってるんです。

だから、私に時間を下さい。お願いします。」



こう言っておけば、優しい二人はそれ以上何も言えなくなる。

わかってて逆手にとっちゃうんだから、どうしようもない奴だよね。



「…わかった。でも、絶対に諦めないで。

ちゃんと周りを見て。ボクもノボリも皆がいる。それだけは忘れないで。」



「えぇ…私達がいつでも傍におります。

ですから、どうか立ち止まらずに歩みを止めないでくださいまし。」



「あはは、そこまで言われたら頑張るしかないですねー。

うん、お二人の気持ちは痛いほど伝わってます。ありがとうございます。」



そろそろ時間も時間だからと言って、私は夕食のお礼を言ってから部屋を出た。

二人は廊下に出て、私を見送ってくれている。

エレベーターに乗り込む時に、笑って手を振って自分の部屋に向かう。


鍵を開けて明かりをつけるのも億劫で、そのままソファーに座り込んだ。

泣いたってどうしようもないのに、涙が止まらない。

ひとりで生きるんだって決めて、今までそうやってきたでしょ?

この世界で沢山の幸せをもらって、十分でしょ?何を望んでるの?


いつもそうなんだよね…感情に流されそうになると母さんの顔が見える。

私の行動の全てを監視して、一挙一動見逃さないあの瞳が見える。

お前の気持ちなんて関係ないんだ、お前は私の言う通りにすれば良いんだ

余計な事は見るな、聞くな、話すな、考えるな、そう言った声が聞こえる。




『やっとお前がいなくなるかと思うと清々するわ。』




最期に聞こえた母さんの言葉が今も頭から離れない。

だったらどうして私を産んだの?

再婚に邪魔だったら、施設にでも預ければ良かったでしょ?

どうして、義父さんじゃなくて実の母親に殴られるの?

頭を掴まれて、柱に何度も叩きつけられなきゃならなかったの?

私が何をしたの?私が存在する事が許せないの?


そういう仕打ちをしながら、外に出れば優しい言葉を私にかけて

抱きしめてくれる。その温もりにすがって甘えても許してくれる。

だけど、家に戻ればそれは嘘のように突き放される。

私は何を信じればいいの?どれを信じればいいの?誰を愛せばいいの?



「めんどくさいなぁ…」



そのまま、ゴロリと寝そべる。涙はもう出てこなかった。

代わりに、どうしようもなく笑いたくなってきた。


アルセウスが、私を子供に戻してこっちに生き返らせたのだって

正直、私にしてみれば余計なお世話なんだと思う過去の私がいる。

こっちの世界では、私を傷つける人はもういない。

あの地獄の日々の中、生きる支えだった皆と一緒にこのポケモンの世界で

人生をやり直して、幸せになれば良いんだって言われても

なにかの拍子に母さんの顔が、瞳が、声が現れて私を捕まえて離さない。


私は変われない。優しいポケモンの神様が作った

綺麗な世界にあっても、私の傷はこうやって簡単に開いてしまう。

仲間に取り残されて、あの世界にとどまった私は現実を知ったんだもん。

どれほど仲間だと信頼しあっていたって、ずっと一緒にはいられない。

いつかは別れが必ず来るんだって、知ってしまった。そして怖くなった。


あの取り残された恐怖と絶望をもう味わいたくないから放っておいて。

それぞれに幸せを見つけて、別な道を歩いて、早く遠くに行って欲しい。

私は、こんな自分でも好きだと言って慕ってくれる、ポケモン逹の為に

この身体も心も全部使いたいんだ。それが私のやるべき事なんだもん。


不意にまた私の目から涙がこぼれた。

どうして泣くの?それで良いんだってずっと前から納得してたでしょうが。

なのに、どうして胸が苦しくなるんだろう、痛くなるんだろう。


イッシュに来てからの私はおかしい。

今までの様に振る舞って、その時その瞬間をやり過ごせばいいだけなのに

どうしてそれが出来なくなったんだろう?何を間違えたんだろう?


明日から、また前と同じに戻ったんだよって感じで動かなきゃ。

これ以上、あの優しい人達の心を煩わせたくない。

大丈夫、今までだって誰にも気付かれないで出来たでしょう?

同じ事をすれば、それで周りは丸く収まってくれるはずなんだしね。



拭っても拭っても、流れ続ける涙なんて私には必要ないでしょう?