二章・初志貫徹編 -痛みを知った者逹の苦悩-

二章・初志貫徹編

痛みを知った者逹の苦悩



執務室の応接スペースで、ボク逹はランチをとる事にした。

がこっちに来た時の様子を叫んだ内容があんまりで

ボクは、ううん、ノボリもだろうな、胸が苦しくなったんだ。



「さて、今からちょっとばかり仕事モードをやめるからな。

本来、別に話す必要もねぇと思ったからお前達には言わなかった。

あいつもそんな感じだったと思うから、言わなかったんだと思う。

そうじゃなきゃ、こうやって言っても良いとは言わねぇだろ?」



隠したかったから言わなかったんじゃなくて、言う必要がなかったって事?

そう言う事なら、が言った事はの中で乗り越えてるんだろうか?

ボクはそう考えた時に、すぐに違うだろうなと思った。

は乗り越えたんじゃない。きっと諦めたんだと思う。

過去とか起きてしまった事実をどうする事も出来ないんだって

そうやって、沢山の事を諦めてきたんじゃないかな?

だから、なにかのはずみでその気持ちが表に出ちゃうって

は心配してるんじゃないのかな?



「確かに、の言う様にこっちに来た時は俺等でも手がつけられなかった。

あっちの世界はにとっては地獄だったんだから

こっちに来て、全部やり直せるんだ。縛り付ける物は無いんだって言っても…」



ここで、は言葉を切って下を向いちゃった。

その時の事を思い出してるのかな?すっごく辛そうな顔をしてる。



「…あいつはやり直したって意味がない。

自分はいらない人間なのに変わりが無いんだって言って全部を拒否した。」



が言った通りずっと泣き続けて、食う事も水分をとる事も拒否だ。

無理矢理やっても、全部吐き出しちまって俺達は完全にお手上げ状態だった。」



ボクもノボリも言葉が出てこなかった。

変だ、何かが変だ。だけど、それを上手く言う為の言葉が見つかんない。



「ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」



不意にノボリが口を開いた。

胸を両手で押さえつける様に、すっごく苦しそうな顔をしてる。



は貴方達が居ない世界にいても意味がないと言ってましたよね?

なぜ、こちらの世界には貴方達がいたのに、その様になったのですか?」



「それは…」



「お願いです、それを…それだけは教えてくださいまし。

それが、今でもを縛り付けている鎖になっているのはありませんか?」



なんだろ、これは聞いちゃいけないって心の中で声がする。

でも、を助けたい。ノボリの言う様には何かに縛られてる。

それを解放してあげるきっかけがわかれば…なんとかしてあげれる?



「…詳しくは言わねぇぞ。そうだな…がこっちに来る直前の話を

これからするから…それで判断してくれ。

後、泣くのも無しだ。そんなモンはなんの足しにもならねぇんだよ。」



「そうだな、俺は未だにどうしてそこまでするって理解ができないんだ。

当人のはどう思っていたのか…それも良くは知らないんでな。」



泣くのもなしって、好きで泣くわけないのに。

それすらもダメって、どういう事なんだろう?

わかんない…ボクにはそれ程の事がどういうのかってのがわかんない。

だけど、ボク逹は話を聞くって決めたから二人で頷いた。



「床に倒れ込んで…すでに呼吸も見た目ではしてるのかどうなのか

それすらわからない状況になってた…それでも笑ってたよ。

それこそ、やっと楽になるってそう思ってたんだろう。」



「だが、そうはならなかったんだ。あいつの傍に人影が見えたんだ。

そいつは、の傍で何か言って…それから立ち去っちまった。

あの時点で救急車を呼べば、もしかしたら助かってた可能性があったのにな。」



「それは…を見殺しにした…という事でございますか?

誰ですか?誰なのですか?!なぜその様な酷い事が出来るのですかっ!!」



「…母親だよ。…正真正銘を産んだ母親だ。」



「う…そ…?」



なんだろう、身体が痛い。心が痛すぎて身体まで痛くなってきた。

ボクは思わず両手で自分を抱きしめる。そうしないと痛くて我慢ができない。



のお母さんはどうしてそんな酷い事をしたの?

どうして、そんな酷い事が出来るの?

普通、他人でだって目の前で死にそうになってたら助けたいって思う。

それをどうして、一番身近な人のはずなお母さんができなかったの?



「クダリ…」



ボクの肩にノボリの手が触れた。それだけで少し痛みが消えた気がする。

ホントに痛かったのは。辛かったのは

ボクのこんな痛みなんて、きっと比べ物になんないはず。



「ありがとノボリ。もう大丈夫。

、話してくれてありがと。二人も大変だった、辛かったよね。」



「話を聞いただけの私達でさえ、胸が締め付けられるように痛みます。

貴方達はそれを実際に見ていたのですから、さぞ苦しかったでしょう?

やはり、それが原因ではその様になってしまったのですね。」



「「それは…まぁ…」」



「…ちょっと待って、まだ何かあるの?

それ以上の事が、に起こったっていうの?」



ノボリの言葉に、二人が顔を見合わせてから俯くのをボクは見逃さなかった。

こうなったら最後まで話は聞かせてもらう。

の心の傷が凄すぎて、どうこう出来る様なものじゃないかもしんないけど

でも、ボク達はが大事で、大切な友達なんだ。

少しでも、ボク達に何ができるのかを探す為にも、ここは全部知りたい。



「お待ちくださいまし!嘘でございましょう?

もっと…もっと、酷い事がに起きたと…言われるのですか?」



「詳しくは俺達も知らねぇんだよ。あいつはこの事は頑として口を割らねぇ。

あのな…、人間死ぬ直前まで…聴覚だけは残っているんだとよ。

倒れてるに、あいつが何かを言ったのは俺達も見ていたんだ。」



「あっちの世界で、が死んでから

俺達はアルセウス達に、あいつを呼び寄せる様に頼んだのは前に話しただろう?

その時のの顔は正直見てられなかった…。

すげぇ自虐的なって言うんだろうな、そんな笑い顔で

そして、涙の跡がハッキリ残ってたんだよ…。そうして生き返った時には

さっきが言った様に手がつけられなかったんだ。」



「それって、お母さんが何か言ったからでしょう!

ねぇ、何を言ったの?がそんなになる様などんな酷い事を言ったの?!」



「クダリ、落ち着いてくださいまし!

達も知らないと言っていたではありませんか。頑として口を割らなかった…

お待ちくださいまし、お二人には言わなくても…は?

彼女の口調と、尋常ではない怒り方はそれを知っているのではありませんか?」



思わずに詰め寄ったボクを、ノボリが止めて

そして、ノボリの言葉で二人は目を見開いた。そうだよ、は知ってるかも?

いきなりが自分のデスクに駆け寄って、パソコンを操作し始めた。



「万が一…万が一、ノボリの言う様にが知ってるんだったら

あんだけあいつが怒り狂ったのも頷ける。

そうだったら、今頃作業部屋のあいつらもこの話をしてるはずだ。」



パソコンの画面が変わって、ここは…の作業部屋?

これって、前につけた監視カメラの画像ってこと?

が何をするのか、気がついたがその手を掴んで止める。



「待て、。確かに作業部屋の監視カメラもマイクもまだ生きてる。

だが、それをやって良いわけないだろう?!」



「うるせぇんだよ!てめぇだっていつまでもがあいつに縛られてるって

わかってるだろうが!そんなんじゃ、駄目だってわかってるだろ!」



の言葉に、が言葉を詰まらせた。

うん、いつまでもそんな感じだったらがおかしくなる。

それを止めるためにも、が話してることを知っておくべき。


エンターキーをが押した後に、音声が流れる。

達の姿はカメラでは見えないから死角にいるのかもしんない。

でも、声はすっごく鮮明に隠しマイクが拾っていた。



『だから、ちゃんは何も悪くないって言ってるでしょう!?』



の悲痛な声がする。やっぱり何か話してるんだ。

ボク逹はそのまま、二人の会話を聞き続けた。

一言一句聞き漏らす事が無いように、すっごく真剣に聞いていた。



『何度お願いされても、それは無理だよ。』



『どうして?誰かを好きになるって心が幸せで満たされる。

そして、同じ様に想ってくれる人がいれば、それだけで世界が変わる。

女の子なら当たり前の事だし、ちゃんは誰より素敵な子だお?』



『…前にも言ったよね?私は、自分が女だっていうことすら嫌なんだって。

もし私が男だったら、母さんはあんな事は言わなかったんだろうな…

…この胸も、子宮も、こんなものいらない。

私には必要がない。だけど、トランスジェンダーでもないんだ。

どうしたって私は女なんだよね、母さんの血を引いた女…

父さんの愛情を私に取られるって想い続けるような

狂った愛し方しかできない様な人と同じ女なんだ。」



ちゃんとおばさんは違うっしょ!』



『…なんで、そう言える?無理、私は誰かを好きになんのが怖い。

母さんみたく、狂った愛情を、自分も誰かに持つかもしんないなら

誰も好きになっちゃ駄目っしょ?』



所々にシンオウの方言?そんなのが混じっててちょっとわかりにくいけど

それでも、がなんで恋愛を遠ざけるのかがわかった。

でも、胸も子宮も…そういう女の人を象徴する物全てすら否定するなんて

ボクにはちょっと想像ができなかった。



ちゃん…』



『私がいたから、母さんは余計な事を考えておかしくなったんでないの?

だから…だから、もっと早くに死んでくれれば…もっと楽になれたのに…って

…そうやって言ったんでないの?私は今でもそう思ってる。』



これだ…これが多分最期に聞いた言葉に間違いない。

そう思ったのはボクだけじゃなく、ここにいる全員が確信していた。



『違う、私はそんな事思わない!ねぇ、もう全部過去の事なんだよ?

今、ちゃんの事をそう言う人はこの世界にはいない。

ちゃんが好きって、大切で大事だって皆が思ってる。』



『皆がそう思ってくれて嬉しいと思う。私はこの世界が大好きだよ。

皆が純粋でキラキラしてて、眩しいよ。見てるだけで十分幸せだよ。』



『見てるだけなんて言わない。自分でも幸せになろうよ。』



『ふふっ、十分幸せでお腹いっぱいだよ。

大好きな仲間がいて、私を好きだって言ってくれるポケモン達がいて

これ以上何を望むの?何を望めばいいの?

さぁ、この話はこれでおしまい。もう少ししたら戻るからね?

ちゃんといつものちゃんでいれるよね?

もう、あんな事したらダメ。ちゃんが泣くのは嫌だよ?』



『…わかったっぽ。でも、私はちゃんの代わりに泣いてるんだかんね。

ちゃんを悲しませる様な事をあの二人がしたら、許さないよん。』



も、そんな事しないってば。むしろ大切にされすぎてる?

二人共、私なんか放っといてさっさと自分の幸せつかんで欲しいよ。』



なんだか、話が終わったみたいではパソコンの画面を元に戻した。

やっぱりは知ってたんだ。そしてなりに頑張ってたんだ。



「お前が幸せにならなきゃ、意味がないだろうに…

そっか、だからあんなに死にたがったのか…巫山戯るなよ。

母親にすらなれないような女を、男がまともに相手にするわけがないだろう。」



が手を白くなるくらい握り締めて呻くように呟いた。

うん、ボクもそんな女の人を絶対に好きになんかならないと思う。



とあいつは違うんだって、言ったって聞かねぇだろうな。

結局、未だに過去の地獄から抜け出せねぇってか?

冗談じゃねぇぞ、そんなくだらねぇ事をいつまでも続けさせるもんか。」



の言うとおりだと思う。

はこっちに来ても、ずっとそうやって見えないお母さんの

ひどい言葉に縛り付けられているんだ。


隣のノボリを見れば、なんだか凄く真剣に考え込んでる。

ノボリはをすっごく大切に思ってるもんね。

ボクも、おんなじ。がすっごく大切、大好きな友達。


なんとかしたい…なんとかして、をそれから開放してあげたい。

ボクに出来る事はあるのかな?ボクは何をすればいいのかな?