二章・初志貫徹編 -白と黒の決壊-

二章・初志貫徹編

白と黒の決壊



保全管理課の全員が仕事で、執務室にはボクとノボリと二人だけ。

ちょっと前までならこれが当たり前だったんだけど、今は違う。

だからこうやって二人になると、なんだか不安になる。

多分、すっごくいい夢を見ているみたいな毎日を送ってたせい。


と知り合って、最初は凄く戸惑ったり警戒したりもしちゃったけど

誰かがボク達をわかってくれる嬉しさを思い出した。

どんな事でも真正面からちゃんと受け止めてくれるって安心もした。


が来て、仲間同士の繋がりって凄いって思った。

そしてその仲間にボク達も入ってるってわかって嬉しくなった。

時にはぶつかり合っても、それがまたお互いを分かり合う事になった。


が来て、誰かの為に何かをする事が嬉しいって知った。

ボク達個人を認めて、笑いながら、任せとけって何の見返りも求めないで

危ないってわかっててもボク達に手を差し伸べて助けてくれた。


でも、これが夢だったら…目が覚めたら元の日常に戻るんだ。

偽物のスマイルを貼り付けて、ノボリとポケモンとバトルがあれば良いって

無理矢理納得して、欲しいものを諦めて、周囲を全部遠ざけて…

そこまで考えて、急に寒気がした。これは身体だけじゃない、心もだ。



「クダリ、どうしました、顔色が悪ぅございますよ?」



向かい側のデスクで書類にサインをしていたノボリが心配そうに見てた。

いつもと変わんないノボリの表情、仏頂面とか能面とか言われる顔。

ホントに夢を見ていたんだろうか?って不安になって周囲を見る。

ボク達のデスクの他に3つ、そしてホワイトボードにはボク達のじゃない

筆跡で書かれたスケジュールがそれぞれ書かれている。



「ゴメン、ちょっとボーッとしてただけ。

なんだか目を開けてるはずなのに、寝てたみたいな感じだった。」



良かった、今までの事は夢じゃない。

ボクとノボリと、そしても…

うん、全部今迄あった事は夢じゃない、大丈夫、オッケー。



「それだけじゃないでしょう?凄く不安な顔をしてらっしゃいますよ。

先程のの言葉が原因でございますか?」



やっぱりノボリは誤魔化せない、ちょっと前だったら誤魔化せたのに…


ううん違う、ちょっと前まではノボリはわかっている事でもこうやって

聞いてこなかったから、ボクが誤魔化せたと思ってただけかもしんない。

今はノボリはわかっている事でもこうやって聞いてくる。

そう言えば昔はちょっとした事でも、こうやってボクに聞いてきたりして…



『クダリ、無理をしてはいけませんよ。大丈夫です、私がついております。』


『言いたい事はちゃんと言いましょう、それがクダリでございましょう?』


『誤魔化すのですね…それがクダリの出した答えでございますか?』


『クダリ…いえ、なんでもございません…』


『クダリ…』



そうだ、ノボリが無口になっちゃったのはボクが原因でもあるんだ。

傷つくのがイヤで、他の人達との付き合い方も浅くなっていった。

そして、ノボリとの付き合い方まで同じにしちゃったんだ。

二人で支え合ってとか言いながら、そんな事をしていたなんて…


ノボリはすっごく優しい。人の心の痛みも自分の事みたいに受け止めちゃう。

一番近くにいたボクの気持ちの変わり方に気がつかないはずは絶対にない。

いつでもボクに手を伸ばして、ボクの心の痛みを分かち合おうとしてたのに

ボクは大丈夫だよって、オッケーだよって、偽物のスマイルを貼り付けて

その手を振り払って、勝手に一人になって傷ついてたんだ。


そんなボクを見て、ノボリが心を傷めないはずは無い。

今だって、こうやってボクに手を差し伸べてくれる優しい兄さんを

ボクは何度、どれだけ傷つけちゃっていたんだろう?



「ゴメンネ、ノボリ。ホント…ボクは馬鹿だった。ゴメン…」



「クダリ?」



ノボリの顔がまともに見てらんなくなって、両手で顔を覆った。

掌に伝わるのは、こんな状態でも上がっている口元の筋肉。

すっかりこの仮面が馴染んじゃって、外れないとかおかしいよね。

達と出会って、もうそんな事なくなったと思ってたけど

いなくなっちゃうかもしんないって思っただけで、また繰り返そうとしてる。


嫌だ、前みたいに戻りたくない。ワガママなのはわかってる。

でも、誰かと信頼し合っている時の満ち足りた気持ちをなくしたくない。

嫌だ、せっかく昔のボクに…昔のノボリに戻った幸せな日々をなくしたくない。

それでも、誰かを縛り付けることなんて、絶対に無理なんだってわかってる。

じゃあ、また仮面のスマイルをつけたままでいなくちゃなんない…

嫌だ、前みたいに戻りたくなんてない。絶対に嫌だ。


…ダメだ、結局は同じ所をグルグル回ってる。

こんな嫌な気持ちの環状線なんていらないのに、乗りたくなんかないのに!



「クダリ、大丈夫ですよ。私がおります。」



背中が暖かくなってビックリした。ノボリがボクを後ろから抱きしめてるんだ。

腕の力をちょっと強めて、しっかり抱きしめ直してくれている。

ノボリはさっきのの言葉を聞いてもなんとも思わないのかな?

ううん、ノボリはきっとそういう事も乗り越えちゃってるんだろうな。

こんな気持ちでいるのはボクだけなのかな?

ボクだけが同じ所をグルグルしちゃって、こんな気持ちになってるのかな?



「こちらノボリでございます。

ラムセス、シンゲン、ダブルとマルチの運行状況をお知らせくださいまし。

…左様でございますか了解いたしました、ありがとうございます。」



「…ノボリ?」



「ダブルもマルチも、チャレンジャーの受付をしていないそうです。

時間は十分にございますので、よろしゅうございました。クダリ…

今は我慢しなくてもよろしいですよ?思い切り泣いてくださいまし。」



「え?…嘘…。」



ノボリに言われて手袋が冷たくなる位、涙を吸い込んでる事に気がついた。

いつの間に泣いたんだろう、いつから泣き始めたんだろう。

いい歳した男なのに、メソメソするとか駄目駄目だ。



「貴方は、昔は泣き虫さんでございましたでしょう?

それが、色々と拗れてしまって仮面を被って私さえ誤魔化す様になって

兄として、その様な弟を見るのがとても辛かったのです。

ですが、と知り合ってそれがなくなりましたよね?

私、とても嬉しかったです。同時に悔しかったのでございます。」



「…さっきボクが謝ったのが、その事。今頃気付くとか遅すぎ…」



「いいえ、気付いて頂けただけで嬉しゅうございます。

それだけ貴方は昔の貴方に戻ってるのです。良かった、本当に良かった。」



未だに止まることがない涙をポケットから取り出したハンカチで拭いて

ノボリは笑った…でも泣きそうな感じで瞳が揺れてる。



「私も不安です。この居心地の良い空間を失いたくない。

ですが、以前の様に傷つく事を恐れ、見ないふりをするのも嫌でございます。

大切にしたい物、ずっと続いて欲しいと思う幸せな日々の生活が

いとも簡単に失われてしまう…あの絶望を二度と味わいたくもありません。」



ノボリの瞳に涙が溢れて、頬を伝い流れた。

ノボリの涙を見たのは、父様と母様が死んだ時以来かもしんない。



「クダリ、今のままでは何を考えても堂々巡りでございます。

ここはもう全ての感情を晒して、不安を全部ぶちまけましょう。

それから、今後の事を考えてみましょう。ね、クダリ…そうしましょう?」



ノボリもボクと同じなんだ。乗り越えてなんていない、不安でたまんないんだ。

ボクはとうとう我慢できなくなって声を出して泣いてしまった。

どうしてこんな事で泣く程不安になるか、わかった…やっとわかった。


視界がボヤける。そこに映ったのはいつも笑っていた父様と母様の顔。

だけど、瞬きをした次の顔は、真っ白に血の気のない目を閉じた顔。

残されたのは、ずっと一緒だと思っていた人が急にいなくなった時の恐怖。



「ノボリぃ…っ!嫌だ、あんな…悲しい思いは…したくないっ!」



「私…もっ、嫌でございま…すっ!大切な物は…無くしたくない…っ!

あんな思いは、ゴメンだっ!…でござい…ましっ!」



ノボリと二人、抱き合って声も気にしないで泣き続けた。

どんな時でも、ボクにはノボリがいる。ノボリにもボクがいる。

お互いの存在を確かめ合うように、ギュって強く抱きしめあった。



「仮面のスマイル…なんて、つけたくない。

こんなもの、いらない…ホントのボクのままで…ちゃんと見て欲しいっ…」



「偽物の…私とは何ですか? 私は私…でございますっ。」



達みたいに…なりたいっ…どんな時も…ホントのスマイルで…」



「人の痛みをわかり、手を掴んで頂ける…そんな器の人に…

私もなりたいのです…頼られる人に…なりたいのです…」



「ノボリと二人…それもいいけど…でも、今は…」



「わかっております。…誰かが支えてくれる。

それが仲間…が…離れてしまうなど、耐えられません。嫌…ですっ!」



「うん…そんなのワガママ…でも、わかってるけど…」



「嫌なものは、嫌で…ございますっ…クダリ…クダリっ…」



「ノボリっ…ボクも嫌だ、絶対…に…嫌だっ!」



この後はもう、言葉にすらならなかった。

ノボリと二人で、ワンワン子供みたいに泣いて、泣きじゃくって

言ってることも支離滅裂で、ただ嫌だと駄々っ子みたいに繰り返して…


でも、それは今迄散々溜めに溜めた気持ちが溢れちゃったから。

一気に爆発してしまったからで、急には止めらんない。


こんな姿、誰にも見せらんない。

でも、今見つかっちゃっても止める事も出来っこない。

どうか、チャレンジャーも部下も、達も誰も来ませんように。

しゃくり上げながら、ボクはそんな事を考えていた。


涙が零れる度に心が洗われて行くみたいな感じがする。

何かを叫ぶ度に、気持ちが吐き出されて軽くなっていく様な気がする。

きっとこれは、今のボク達には必要なことなんだと思った。