二章・初志貫徹編
主任、双方の情報収集を始める。
今日の家事を全部終わらせた後で、クマシュンを膝の上に置いて
毛づくろいを始めようとした時に、ノックと同時に玄関のドアが開いた。
「おっす、入るぞ。ちょっと聞いてもらいたい事があるんだがいいか?」
手土産のつもりらしい酒瓶を掲げながら入ってくる様はオヤジだな。
それにしても、コイツがこんな殊勝な事を言うなんざ珍しい。
「入り方に問題が有りすぎだ。てめぇは待つ事を覚えやがれ。
話くらいは聞いてやるが、うちの子の手入れの方が先だ。」
アロマエッセンスの入ったマッサージオイルを手のひらに取り
両手の温度で馴染ませてから、クマシュンの全身にすり込む。
毛玉も無し、筋肉のおかしな強張りも無し、毛艶、目の輝き問題無し。
コンディション的にはすこぶる良好でなによりだ。
ローテーブルの上の小物入れから油分を含ませた木製の櫛を取り出して
目の粗いものから始めて、細かい物に変えながら毛づくろいをすれば
気持ち良さからウツラウツラと上体が揺れ始める。
全部終わらせた時にはすっかり熟睡しちまった。
道具を片付ける横で、は先に自分で持ってきた酒を飲み始めている。
俺用のグラスも既にテーブルの上に用意されていた。
「…で、職場で顔を合わせてる時じゃないってぇのは
他の奴らに聞かせたくない話だったりするのか?」
天使みたいな寝顔のクマシュンをボールに戻して、ホルダーに装着する。
まずは飲めと言わんばかりにグラスを差し出されて受け取れば
酒が並々と注がれる。
「ノボリとクダリが例のホドモエの大会に出場する事が決まっだだろ?
それを良しとしない、ポケモン愛護団体が文句を言ってきてるらしい。」
「ハッ!そんな事なんざ今更だろう?
そんなモンをいちいち相手にして、ビビる必要もねぇだろうが。」
グラスの中身を一気に飲み干してから立ち上がり
冷蔵庫の中から常備食として作っておいたサーモンの焼き漬けを出して
箸と取り皿を持って戻ってきてみれば、グラスの中に2杯目が入っていた。
自分は既に何杯飲んでやがるんだ?
「まぁそうなんだが、結構過激派らしいってクラウドが言ってたんでな。
何か起きてからこっちの動きが後手後手に回るのは好きじゃない。
ある程度の状況把握はしておいても無駄じゃないだろう?」
「…それについちゃ、確かにそうかもしれねぇ。
そいつらが何か仕掛けてきても、しっぺ返しが出来る様にはしねぇとな。」
この問題は正直言って、やりにくいんだ。
得てしてそういう愛護団体ってぇのは、自分の主張こそ正しいと思ってやがる
そんな連中にいくら正論を言おうが、こっちの主張を訴えようが
端から聞く耳なんざ持ち合わせてねぇんだからな。
「元々バトル施設はこういう問題がついてまわるだろう?
またノボリ達がウダウダと悩まなけりゃあ良いんだがな…。」
「それは有り得ねぇ…つーか、サブウェイマスターの就任時にでも
既にケリをつけて、納得して割り切ってないと始まらねぇだろう。」
「そりゃそうだ。初手から蹴躓いてんなら、仕事は続けられないだろう。
あいつらはイッシュのポケモン縛りでバトルしているんだしな。
中途半端な育成をしてたら、すぐに飽きられちまうだろうし?」
「んだんだ、育成も凄ぇが知ってるか?あいつらの手持ちっつーか
受け持ってるポケモンはバトル毎に入れ替わってるんだぜ?
同じ性格、特性、能力値の子を何体も育成して懷き度も最高値に上げてんだ。
一日のバトル数も極力減らしてポケモンの心身疲労を最低限にしてるし
そうやって、少しでも負担を減らしてやがるんだ。」
切り身をほぐして口の中に入れてから、グラスの酒をあおる。
これは俺もここで働いて始めて知った事で、マジで驚いた。
大抵のバトル施設では、時間と労力がかかりすぎるからそんな事はやらねぇ。
それをあの双子は、当たり前の様にやりやがってるんだ。
「マジでか?! 信じられ…なくもないな。
大掃除の時に屋上に行っただろ?で、ガラス張りの温室があるのを見たか?
あそこは、ギアステのバトル職員用のポケモン達の休憩所でな
ちょっと深めに作られた人工池と、植物園並みの樹木や花が植えられてて
原則としてバトル職員の手持ちって事になってるが、正職員だったら
自由に入って、ポケモン達の好きな様に遊ばせてやれるんだ。」
「人間だけじゃなく、ポケモンにまで福利厚生が行き届いてるってか?
どうせ、その施設だってあの双子の指示で作ったんだろうが。
ったく、愛護団体なんざお呼びじゃねぇ位の溺愛っぷりだな。」
空気清浄機のスイッチを入れて煙草を吸えば
紫煙が機械の中にゆっくりと吸い込まれてゆく。
本当ならポケモン達の傍で吸うのは嫌だが、アパートじゃ仕方がねぇ。
「だから、そんな様子を見てもらえれば、あちらさんもグダグダ言うのを
やめてくれるんじゃないかと思ってるんだがな。」
そう言って、昨日シングルトレインに乗っていた時にノボリと
話した事を教えてくれた。ヤブクロンか…確かにそれは怒るだろう。
生息場所、習性、どれをとっても一般人には好かれる要素の無いポケモン。
だが、それは人間の都合であってヤブクロンには罪がないんだからな。
確か、ノボリとクダリだけじゃなくてインゴとエメットも
進化系のダストダスを手持ちにしていたな。
「いや、それは難しいだろう。欺瞞だなんだとイチャモンつけて終わるな。」
そういう団体に入ってる奴ってのは大抵が視野が狭いんだ。
相手の長所を見ない、認めない、自分たちこそが正義だってな。
そして、そいつらはきっとヤブクロンに対しては愛護を叫ばないだろう。
不平等な愛護精神なんざ、それこそゴミとしてヤブクロンに食わせちまえ!
「───って事が昨日あったんでな、どの愛護団体がヤバイか調べてぇんだ。」
メイン管制システム管理室…別名ジャッキーの仕事部屋に来て、説明したら
ジャッキーだけじゃなく、一緒についてきたまで大笑いしやがった。
「たんナイス!ヤブクロンに食べさせろとか、うますぎてワロタ。」
「アハハ…ハァ…苦しい…ですよねぇ。だけどその通りだと思いますよ。
愛護精神っていうのはボス逹に使うべき言葉です。」
逐一入ってくる情報をチェックしながら、システムチェックをそれぞれにして
データー更新を繰り返す作業は単調な様に見えて、実はハードだったりする。
だが、それが何か?みてぇなノリでどんどん作業をするこいつらは凄ぇ。
「マスターさん達って、ホントポケモンへの愛が半端ないよね!
これ、シキミちゃんに教えてあげよう。異種族間恋愛なんて萌え萌えだお。」
「さん、ボス達は恋愛感情よりは母性愛ですよ。
ここはトランスジェンダーの男性と手持ちのハートフルドラマでFAでしょう?」
「…ジャッキー、の会話に余裕でついていける奴なんざ初めて見たぜ。
シキミちゃんあたりなら、恋愛物にするだろうな…って、ちげぇよ!」
ジャッキーはと波長が合うらしく、すっかり仲良くなっちまった。
そして、周囲とは別次元に行っちまっての会話が続くから
傍にいる一般人の俺は、ペースを乱されまくって調子が出ねぇ。
「ほほい、わーってるよん。
一応色々と検索かけて、引っかかった所を重点的にお邪魔してみるおー。
ジャッキーたんも協力してくれるよねん?」
「えぇ、勿論足のつく様なヘマはしませんので安心して下さい。
さん、この前教えてくれた方法を試してもいいですか?
アレが成功すれば、アクセスへの時間がかなり短縮されますよね?」
から色々と手ほどきを受けて、ジャッキーも今やかなりハイレベルな
ハッカー…じゃねぇけどな、になってやがる。
まぁ、こいつらがソレを悪用しないってのはわかりきってるから問題はねぇな。
「後は、各地方のバトル施設でそういう連中相手にしたマニュアル?
そんなもんがあるんなら、参考までに欲しい。
マニュアルまで行かなくてもこういう対応をしたらこうなった。って
事例の報告書でも構わねぇ。そっちも頼めるか?」
「そっちのほうはカトレアちゃんに聞いてみるねん。
そだ、カトレアちゃんが言ってたんだけど、マスターさん達が
チャンピオンさん達と一緒にエキシビジョンマッチに出るでしょ?
それ、各地方のバトル施設で結構話題になってるっぽ。」
「…それはどういう意味でですか?」
あ、ボス達の話が出た途端にジャッキーの顔付きが真剣なモンになった。
ったく、ここの連中はマジでボス逹の事になると目の色が変わるよな。
「うん?ジャッキーたんが心配してる意味じゃ無いお。
バトル施設としては、マスターさん達がそういう表舞台に立つ事を喜んでる。
だってさ、実力でいったらバトル施設のトップの人逹って凄いでしょ?
だからチャンピオン相手に、どの位自分達と同じ立場の人間がやれるのか?
そんな感じですっごく期待しちゃってるぽいんだよねん。」
の言葉を聞いて、ジャッキーは安心した様に表情を和らげた。
成程な、確かにこの二つの違う立場のトップが直接バトルをする機会は
今迄なかったワケだから、そういう意味でも期待するに違いねぇな。
「この件は、ボス達が誠意を持って相手しても無駄だろうからな。
くだらねぇ事でせっかくの大舞台に水を差したくねぇしな。
その為に出来る事はやっちまっといた方がいいだろ?」
これからの事を考えて、思わずニヤリと笑ってみれば
ジャッキーにすっかり怯えられちまって、少々傷ついた。
は相変わらずの策士っぷりとか言われたが、仕方がねぇだろう?
俺の得意なダブルバトルは戦略と読みが大事なんだからな。
これから、何が起こるにしても俺達のやる事はひとつ
ボス達に余計な心配をさせないように先手をうって迎えでる事だからな。
敵を知り己を知れば問題ねぇと昔の人は言っていたが
そんな事する必要がある敵なんざ、そうそうお目にかかった事がねぇんだよ。