二章・東奔西走編 -深淵から手を伸ばす-

二章・東奔西走編

深淵から手を伸ばす

※注意※
 現地での話の為ボス達の会話も視点語りも普段の表記とは異なっております。



真っ暗闇な思考の海の中を漂いながら、考えることはいつも同じ。

私は恐れているのかもしれません。

父親にその気性や全てが似ている私は誰かを愛する事で、

父と同じ様になってしまう気がするのです。

そんな想いは本当の愛情と呼べるのでしょうか?

わからない…私にはわからないのです。



『…いつまで同じ場所で彷徨えば良いのでしょうか…』



急に枕元が震えて、少々驚いて見れば

ライブキャスターが着信を告げております。相手をみれば

イッシュから明日出張に来る予定の人物で、

心配させたくない為に音声のみで応答すれば、柔らかな声が耳をうちます。



「インゴさーん、明日の出張でそちらに行く時間なんですけど

厨房の片付けの手伝いとかもしたいんで、何時に行けばいいですか?

って、映像つきじゃないんですけど…取り込み中でしたか?」



…心配は心配でも、全く違う心配をしている様ですね。

流石にこの状況を見れば、私の体調が悪いのがわかってしまうので

シャワーを浴びていたので、服を着ていないと告げれば



「うわー、それは是非ともお披露目してくださいよ!

インゴさんって細いけど、実は結構筋肉質じゃないですか?

細マッチョは目の保養になりますからね!」



よろしい、それではリクエストに応えるといたしましょう。

シャツを脱ぎ、映像を送るように操作すれば、途端に顔を真っ赤にして

色気の欠片も無い叫びが上がります。



「ぎゃー!ちょ、冗談で言ったのに本気にしちゃダメですってば!!

早く、早く服を来て下さい!恥ずかし…いや、風邪ひくでしょーが!」



の願いを叶えただけデスヨ?

ソコは感謝すべきで、怒られるとは心外でゴザイマス。

着替えますノデ、一度切りマス。時間は後程メールいたしマス。」



そう言って通話を切った時には、いつもはもっと続いている頭痛が

嘘のようになくなっておりました。

ノボリはよく彼女の事を空気を読め!と言っておりましたが

むしろ彼女ほど、場を和らげる術を知ってる人物はいないでしょう。


部屋着に着替えてリビングへ出れば既に真っ暗で

明かりを付ければ、ソファーに座り込んだエメットがおりました。


部屋中に甘いポリッジの匂いがするので、彼が作ったのでしょう。

だからあの様な夢をみてしまったのでございますね。

聞けば、ポケモン達に食事を与えて体調チェックもしていたとか。


入れ替わる様にソファーに座り、ライブキャスターで

に明日の時刻をメールで知らせれば、

目の保養を有難うと返信がきました。

あの様に慌てていて、何を今更と可笑しくなって目を細めれば

おいしい水を差し出しながら、どうしたのかとエメットが聞いてきます。


ライブキャスターでのやり取りを伝えれば、彼も大笑いしていたので

私も釣られて微笑んでしまいました。

この様に、エメットと笑う事など何時振りでございましょう。

その後で彼に先日のギアステでのノボリとのやり取りを指摘され

あまり虐めるな等と言われましたが、虐めではございません。

…いえ、揶揄うつもりであの時は言いましたが

後になって思えば、かなり本音でもあったのだと思います。


私達の一件があった後、ノボリとクダリは

おじ様とおば様を亡くし、ライモンシティのギアステーションで

サブウェイマスターに着任し、色々と葛藤しておりました。

それはまるで私達をトレースしている様で、なんとかしたいと

色々とエメットと二人で考え、動きましたが。

その様な言葉も耳に入らない程、頑なになってしまった彼等に

なす術などございませんでした。


ところが、ある日…達との交流をきっかけに

彼等はあるべき姿…元のどこまでも優しい二人に戻りつつあるのに

私は嬉しくもあり、羨ましくもあったのでございます。


もし…もしも達がイッシュではなくユノーヴァに来て、

私達と先に知り合っていたのなら…

いえ、この様な事をいっても始まりませんね。

二人は現在の状況が何程幸せなのか…恐らくは理解してないでしょう。


エメットに帰るように再度告げて、帰り支度をしている彼に向かって

感謝の言葉をかければ、とても驚いている様でした。

そう言えば、その様な言葉を使ったのも久しぶりかもしれません。


玄関の扉が閉まり、一人きりになってからライブキャスターを開き

もう一度文章を読み直します。

職員の一部以外に、このアドレスを知っているのはあの三人だけ。

いえ、、ノボリもクダリも知っておりましたね。


差出人の名前を指でなぞりながら、

以前、イッシュの彼女の部屋での光景を思い出しました。


私は彼女とノボリのやり取りをずっと見ておりました。

不安に揺らぐ瞳から頬へこぼれ落ちた涙、

ノボリに抱きしめられ、その背に回そうとした腕を押しとどめる姿、

クダリに抱きしめられ、背中を叩かれて一気に表情が崩れる様

それら全てを目にして、私は確信したのでございます。



──私とは同類──



ですが、彼女と私では大きな違いがございます。

私は愛情全てを否定していますが、は惜しみなく与えます。

彼女のネイティとの経緯を聞き、その腕に残る傷を見た時には

自己犠牲にも程があると呆れておりましたが、違いました。

彼女は…はそうする事で、自分の存在を確かめているのでしょう。

誰かに必要とされる事、愛情を与える事が彼女の存在意義なのだと。


そして、ノボリとクダリに例の大掃除の一件で苦言を言えば

正論宜しく、私達に堂々と向かって来た姿に感銘をうけました。

まだ付き合いの浅いはずの彼らの為に、ここまで出来る人物等

私の記憶の中には彼等の両親以外存在しません。

彼女の二人への接し方は、女性ならではの柔らかさを持ちながら

まるで男同士の様な気さくさも兼ね備えているのです。

達もですが、それ以上にあれ等二人の心に入り込んでるのは

恐らく間違いないと思っております。


その後二人で話す機会があり、私はに訪ねました。

なぜ二人にこれ程まで尽くすのかと。



「二人が友人だからって答えじゃ変ですか?

確かに付き合いも短いんでそう思われるかもしれないけれど

放っておけないな、なんとかしたいなって思っちゃったんですよ。

誰かと友達になるのって、時間とかそんなの関係ないじゃないですか。

私の中でノボリさんとクダリさんは大切な友人、それだけです。」



明瞭簡潔な答えすぎて、拍子抜けするほどでございました。

もしや恋愛感情でもあるのかと思っていた事すら馬鹿馬鹿しくなりました。

そして、彼女は私にも同じ様な事を言いました。



「インゴさんとエメットさんも、何だか色々大変そうだなぁって

なんとなくなんですけど、思っちゃってるんですよねー。

もし、私達で何か出来る事があれば言って下さいね。

あ、言われなくても色々やらかしちゃうかもしれませんけどね!」



その時は、彼女の言葉を聞き流していたのですが

最近、何かと思い出してしまうのです。

の傍はとても居心地が良いと二人が言っておりましたが

それは私と、恐らくはエメットも同じ様に感じております。



貴女が傍にいれば、私はまた変われるでしょうか…



この望みを叶える術を私は知りません。

いえ、叶えるのならば彼女を生涯の伴侶とすれば良いのです。

ですが、私は恐ろしい。

誰かを狂おしく求める事が恐ろしい、父さんと同じになるのが恐ろしい。

その様な愛情を向けられても、彼女は私と共にいてくれるのでしょうか?


いえ、それ以前に、彼女自身その様な思いを遠ざけておりましたね。

では、友人として振る舞えば、居心地の良い関係がつづくのでしょうか?

こちらの場合であれば、答えは恐らくはYesなのでしょう。



『今はそれで良しとしておきましょうか…。』



私は暗闇の中から貴女を見つけました。

差し出したその手を掴んでくれるかは貴女次第でございますが

どの様な形であっても、恐らくは掴んでくれるでしょう。

ノボリとクダリが貴女達と知り合って変わった様に、

私達も変われるかもしれませんね。


ソファーから立ち上がり、キッチンに向かい

エメットが作ったポリッジをボウルに入れて口へ運べば。

幼い時に食べた味が蘇ります。

明日になれば熱も下がるでしょう、そしていつもの日常が待ってるのです。

いつもと同じ様に、それが今の私がしなければいけない事なのですから。