二章・東奔西走編 -深淵に沈み込む-

二章・東奔西走編

深淵に沈み込む

※注意※
 現地での話の為ボス達の会話も視点語りも普段の表記とは異なっております。



久しぶりに熱を出し、着替え中にロッカーで座り込んだまでは覚えておりますが

そこから先は記憶が曖昧になっておりました。


ミルクと甘い香りがどこからかしている様な…

これは昔、よく私達が熱を出したり寝込んだ時におば様が作ってくれた

ポリッジの香りでしょうか?やはり私は夢を見ているのでしょう。

 

──インゴ、お兄さんだからって無理しちゃ駄目。

貴方だって、私から見ればまだまだ子供。

こういう時位は素直に甘えてくれた方が、お母さんは嬉しい。──



──インゴ、私はお前にもう少し甘えて欲しいと思いますよ?

エメットやノボリ、クダリと同じ様にしても、おかしくなんてありません。

ホラ、父さんが氷嚢をつけてあげるからじっとしてくださいまし。

フフッ、こういう時はありがとうと言うものでございますよ。──



母様、父様…いえ、おじ様、おば様…お二人が今の私をみたら

さぞや幻滅されるでしょうね、私はすっかり変わってしまいました。

ずっと二人の子供でいられる。ずっと6人での暮らしが続くと思っていた。

そんな時が私にもございました。


私とエメットに実の父親がいる事を早いうちから告げておりましたよね。

それでも、ここに居る間は私達は自分の子供なのだと言いながら

実の父親の存在を事あるごとに話していましたね。

実際は私達を捨てた父親なのに、貴方達はそうは言いませんでした。

愛情深い人なのだと、母親をとても愛していたから

突然の死にそれを受け入れる事ができなくて、心を閉ざしてしまったのだと。


私達の成長を、ずっと父親に送り続けて私達と父親の溝を埋めようと

必死に努力されていた事は、子供心にでも十分に伝わりました。

ですから、ポケモンを連れてジム巡りの旅を四天王撃破して終わらせて

戻ってきた時に、父親が私達を引き取りたいと言ってると

それは嬉しそうに話して下さいましたよね。


貴方達の事を忘れた事はなかったんだって、良かったね。

そう言って貴方達は私達を泣きながら抱きしめて下さいました。

ノボリとクダリもその頃には私達の境遇を理解しておりましたので

自分の事の様に喜んで、それでも離れたくないと言って泣いて

私達を困らせておりましたね。

父親の元でも、同じ様に暖かで穏やかな日々が送れるのだと

その時の私達は愚かにも、そう信じていたのです。


あぁ、頭が痛い。

またあの夢を見なければならないのでしょうか?

もう嫌です、見たくないのです…それでも夢は続きへ向かってしまう。


イッシュを離れ、ユノーヴァの父のもとへ来た私達を見て

その男は急に顔を覆って誰かの名を呼び続けました。

その名が母のものだと知るのにそれ程の時間はかかりませんでした。


全てが自分と似ている父親である彼は私達を二度捨てました。

髪と瞳の色が母に似ていた事が原因なのか、病んでいた心が

更に深く病んでしまい、日常生活を送るのもままならなくなる程でした。


それでも、私達はイッシュに戻る事はできません。

この様な状況だと知らせて、あの優しすぎる位優しい人達を悲しませたくない。

少しでもこの父と親子として有りたいという思いで、私とエメットは必死に

色々と考えながら日々を送りました。



──お前達には何も罪はございません。ですがどうしても駄目なのです。

私のそばにあるべき人がいない、狂おしいほど求める人はもういない。

お前達を見ると、どうしてもその現実を突きつけられてしまう。──



そう言って泣き崩れる様は父親と呼べる人間ではございませんでした。

誰かを愛すると言う事は、これ程まで人を狂わすのかと恐怖したのを

今でもはっきりと覚えております。


そんな彼が、唯一私達を見て話をする事といえば

ポケモンバトルとバトルサブウェイの話でございました。

母が生きていた時はニンバサシティのギアステーションに勤めており

バトルで優秀であった父親は、サブウェイマスター不在時には代理として

その腕を奮っていたのだと、誇らしげに話しておりました。

私とエメットのバトルスタイルを見て、ギアステに就職する事を勧めたのは

唯一父親らしい振る舞いでございましたね。



──お前達程の実力なら、サブウェイボスになる事も可能でしょう。

インゴ、お前はシングルを極めたほうが良いでしょう。

エメットはダブルを極めなさい。そして、マルチバトルも習得するのです。

お前達の勇姿を私も見とうございますね。──



私達と父との会話は全てがバトルの事だけになりました。

それでも、私達を見つめてくれるという事実にすがりついて

必死に私は彼の望むままに実力をつけていく事になったのです。

エメットは途中で、こんな関係はおかしいと言っておりましたが

元より承知でございました。

ですが、少しでも親子として共に有りたいと私は思っていたのです。

結局その願いも虚しいものになってしまいましたがね。


寒い冬の日の朝に、彼は愛すべき母の元へ嬉しそうに旅立ちました。

エメットはスキーに行くと言って不在だったのが救いでございます。

リビングに倒れている父を見つけて、慌てて駆け寄り

救急車を呼ぼうとした私の手を引いて止めた彼は笑顔でした。



──このまま私を彼女の元へ行かせてくださいまし。

ずっと、向こうへ行きたかったのです、行くべきだったのです。

お前達を拒んでしまって申し訳ございませんでした。

ですが、私は彼女の次にお前達を愛しておりましたよ。──



そう言って、静かに目を閉じた顔を今でも忘れることが出来ません。

ずっと私達を拒絶し続けていると思っていたのに、

こんな状態で愛していると言われて、私にどうしろというのでしょう。

こんな愛ならいらない、そう思いたくても愛していると言われて

嬉しくないわけがありません。ですが、どうして今なのですか!


父さん、父さん…例え何度も貴方が私を拒んでも、愛しておりました。

貴方とバトルをしている時はお互いに心が通い合っているような気がして

もっともっと、バトルをして欲しいと思いました。

貴方に勝った時に、私を見て満足そうに笑う顔が好きでした。

普通の親子関係とは程遠いものであっても、それでも良いと

それで十分だと思える程に、その時は確かに幸せだったのです。


ですが、やはり貴方は私を…私達を拒み、置き去りにしてしまうのですね。

初めて貴方を抱きしめたのが、その身体が冷たくなり始めてからだったなど

なんと滑稽な事でございましょうか。


さらに激しい頭痛が私を襲い、目を開ければそこは自宅のベッドでした。

いつも夢はここで終わります。痛む頭をおさえながら起きて

自分の両手を見つめれば、あの時の父の身体の感触が思い浮かびます。


父の訃報を聞いて駆けつけたおじ様たち家族は、また一緒に暮らそうと

そう言ってくれましたが、私は断りました。

私は全寮制の専門学校へ行く事をその時既に決めていたのです。

それはギアステーションで働くため、サブウェイボスになるため。

エメットにはイッシュに行く事を勧めたのですが、

彼は私と共にいる事を選びました。


専門学校に入ってからの私は周囲のもの全てを拒絶して

ひたすら経営学とポケモンバトルに明け暮れました。

そして、傍らで私を見つめ続けていた弟でさえも拒絶した頃には

無事にギアステーションへの内定が決まり、

更に私の態度は頑なになっていったのでございます。



『インゴの顔、父さんと同じになってるよ?

嫌だよ、ボクまで置いていかないで。元のインゴに戻ってよ!!』



何度も言われましたが、あの状況を知らない…言うつもりもありませんが…

弟には私の気持ちはわからないでしょう。

何度かそんなやり取りを繰り返し、一時は兄弟の関係すら消えかかりました。

それでも、現在まで共に有り続けているのは全て彼の選択した事。

恐らくは、変わり果てた私を見兼ねてだったのでございましょうね。

ですが、その時にはもう私は昔の私ではなくなっておりました。


愛などいらない。こんな苦しい思いをするのなら私はいらない。

そんなもの、無くても生きていく事はできるのですから。

ですが、これが本当に私の望んだ事なのか…それはわかりません。


父が望んだ様にサブウェイボスになった今、時々考えてしまいます。

思えば、イッシュでノボリやクダリ達といた時が

私にとって一番幸せで、人間らしい日々だったのではないかと…。

あの様な日々が再び、私にも訪れるのでしょうか?

いえ、そんな日はもう来るはずもないでしょう。

私は全てを拒み捨ててしまったのです。その様な資格もございません。

私の目の前に広がるのはこれからも、底の知れない闇でしかないのです。


ひどくなる頭痛は闇の中に沈み続けている証の様で

今更どうしようもない事。現実は素直に受け入れるべきでしょう。

真っ暗な寝室の中で目を閉じて、私はその闇の中に身を委ねました。