二章・東奔西走編 -深淵を彷徨う-

二章・東奔西走編

深淵を彷徨う

※注意※
 現地での話の為ボス達の会話も視点語りも普段の表記とは異なっております。



『インゴ、今日はもう帰って。

そんな状態でここにいても仕事になんない。』



インゴのデスクに行って、持っている書類を取り上げたら

凄い睨まれたけど、今のボクには効果は無いんだよ。

手袋を外して、額に手を当てたら結構な熱さでボクは溜息をついた。

その手を振り払って、インゴはボクを更に睨みつける。



『…もう少しで就業時間も終わります。

どうせ帰って寝るだけでございますので、問題はありません。』



インゴは結構こうやって熱を出す。

決して身体が弱いわけじゃない。原因はインゴの性格なんだよね。

なんでも自分でやらないと気がすまないから、沢山の決済を抱えて

だけど、それを就業時間内で全部終わらせちゃうんだ。

それは凄い事で、ボクには絶対同じ事は出来ない。

でも、負担になってないはずがないんだ。

だからこうやって身体が悲鳴をあげて熱を出す。

身体だけじゃない、心もいつも悲鳴をあげているんだ。



『言っても聞かないから、もう言わないけど

明日には治してもらわないと困るのはわかってるよね?』



明日はイッシュからがこっちに出張に来る。

感のいい二人を誤魔化す事はきっと無理だと思う。



『それは十分に理解しております。

あの二人に余計な心配をかけたくはございません。』



『インゴ…キミ、ちゃんと寝てる?後、ちゃんと食べてる?

顔色が全然良くないよ、本当に大丈夫なの?』



元々地下にいるから白い肌が、今は青白くなってる。



『その様な心配は私には不要でございます。

こちらのボックスの決済は終わりましたので、後は任せます。』



『…了解、各自に1週間でやってもらうように話しておく。

もうこれで仕事も終わりなんだから、着替えて帰っていいよ。』



命令するなと言う不機嫌な声を無視して、ボクは執務室を出る。

各部署に書類を渡して、指示を出してから

出来上がっている報告書を受け取る。

その他にも計画書を受け取って、執務室に戻れば

インゴのシャンデラがロッカーから飛び出してきた。



『うわっ、シャンデラどうしたの?』



シャンデラはボクとロッカーの間の移動を繰り返す。

ただ事じゃないその雰囲気にロッカーに入ればインゴが座り込んでいた。



『インゴ?!ちょっとホントにしっかりしてよ。

うわ、熱が更に上がってるでしょ!ちょっと待ってて。』



着替えは終わっていたインゴを応接スペースまで支えて歩いて座らせた。

ボクの仕事も終わったから急いで着替えて、インゴのカバンを持って出る。



『インゴ、テレポートで家まで連れて行くからね。

シャンデラ、ボールに戻ってね。オーベム、テレポート!』



インゴを抱えたまま、オーベムへインゴの家までテレポートしてもらう。

丁度玄関に移動したから、着ていたコートを脱がせて中に入る。


寝室のドアを開けて、ベッドにインゴを寝かせてから

キッチンへ行って冷蔵庫を見たけど、食べ物は全く入ってなかった。

冷凍庫の氷を使って氷嚢を作ってから、寝室へ戻って使う。

それから近所のスーパーに行って必要になるものを買って戻る。

部屋を覗けば、眠っているみたいだからそのまま出る。


冷蔵庫にオレンジジュースと果物を入れて

コンロにミルクパンを置いて、ポリッジを作っておく。

リビングでボクとインゴのポケモンを出して、食事を摂らせながら

体調のチェックもしておく。

トレーナーと違って、ポケモン達の体調は完璧で安心した。


何度かこうやってインゴの家に来たけれど、本当に生活感が無い。

ボクも人の事は言えないけど、ここまでじゃない。

着替えは全部クリーニング、掃除は業者に頼んでるみたいだし。

そばにあったノートパソコンを起動させて見てみれば

経営に関する事や、ポケモンの育成データーなんかが

沢山のフォルダに分けられて入っているだけ。

本棚を見ても、ポケモン関係か経済関係の物しか無い。

こんな生活してたら、熱も出しちゃうだろうって思う。


ふと暖炉の上に、伏せて置かれた写真立てがあって見てみた。

そこには穏やかに笑う男女に抱かれた赤ちゃん達と、小さな二人の子供…

ボク達と、ノボリ達とその両親の写真だ。インゴ、まだ持ってたんだ。

写真に写っているインゴはクダリみたいな顔で笑っていて

おば様に抱っこされたノボリを見ている。

ボクもおんなじ顔をしてクダリを見ている。楽しかった日の一枚の光景。

その写真立てを持って、リビングのソファーに座って昔を思い出す。


ボク逹は小さい頃はノボリとクダリを本当の弟だと思っていた。

そしておじ様とおば様を、本当の父様と母様だと思っていた。

だけど、現実は残酷で、生まれた時から愛される事を拒絶された存在

ボク逹を産む事で最愛の人を亡くしてしまった父親は、ボク達を拒絶した。

まだ病院にいるボク達を、母親の葬儀を終えた父親は迎えには来なかった。

困り果てた病院側の連絡を受けて、父親の弟…ノボリ達の両親が来たらしい。

父親を説得しても、話にならない程憔悴しきっていたからって

ボク逹を引き取って、本当の子供の様に育ててくれた。

それは、後からノボリとクダリが生まれても変わらなかった。



『…今思えば、あの時が一番幸せだったよね。』



弟のボクからみても、インゴは口下手だったけど、優しい兄だった。

でもノボリとクダリを見守りながら、いつも微笑んでいた兄はもういない。

ソファーの背もたれに身体を預けて、目を閉じる。


差し伸べられる手を全部振り払って、自分から独りになってしまった。

愛情とか優しさっていう感情を全部否定して、インゴは変わっちゃった。

ボクが何を言っても聞こうともしない様子は、父親とそっくりで

一時、ボクとインゴの間にも亀裂が走っちゃったっけ。


でも、表面上では冷徹に振舞っても、中身は変わってない。

ノボリとクダリが二人きりになった時に、一番心配したのはインゴ。

二人がイッシュでサブウェイマスターになって、色々と人間関係で

トラブルを起こして、傷ついていったのに心を痛めたのもインゴ。

本音を隠して、生きるようになった弟を心配して

ボク達の様になりつつあったノボリとクダリを心配してたボクの兄。


目を開けて、写真のインゴを指でなぞる。

誰かを傷つけたり、何か愛情とか優しさとか、そういう物が絡むと

こうやってインゴは熱を出すようになったんだ。

自分の周りを茨で囲うようにして、周囲を拒絶しているんだけど、

その茨の棘が時々こうやって自分の心まで傷つけている。

こんな状態、良い訳ないんだ。これじゃ父親の二の舞になる。

それだけは絶対止めなきゃって思うけど、ボクじゃ無理なんだ。


急にリビングの明かりがついて、顔を上げればインゴが起きてきていた。

さっきよりは少し顔色が戻ってるみたいでちょっと安心した。



『…まだいたのですか?私はもう大丈夫ですからお前はもう帰りなさい。』



手にした写真立てを隠して、入れ替わるようにファーから立ち上がる。

ボクがコレを見つけたのがわかったら、きっと捨てようとするからね、

そんな事をインゴにさせたくなんてない。



『んー、ポケモン達に食事させて体調チェックしてたんだよね。』



気づかれないように写真立てを元に戻して、キッチンに向かう。

冷蔵庫からおいしい水を出して、グラスに注いでからインゴへ渡せば

なんだかライブキャスターをいじっていた。



『ギアステからでも連絡がきたの?』



インゴのライブキャスターに連絡が入るのはそれ位しか思い浮かばなくて

何気なく聞いてみたら、珍しく目元を柔らかくする。



から、明日の出張の時間の連絡をもらったのです。

この状況だったので、音声のみで対応したのを不思議に思ったらしく

どうしたのかと聞かれたので、シャワーを浴びたばかりで服を着ていないと

そう言ったのですが、そこはお披露目すべきでしょう!と力説されました。』



あのコはホントそう言う所が普通の女のコと違うよね。

両手を握りしめて力説する様子が簡単に想像出来て、ボクまで笑っちゃった。



『ホントに全裸で画面に出れば良かったのに!

口ではそんな事いうけどホントにやったら、凄く慌てると思うよ?』



『…実際にシャツを脱いでから映像つきで出ましたよ?

お前の言う通り、真っ赤になって服を着ろと怒鳴られました。』



…インゴはそういうノリは元々良かったもんね。

やったんだと言って、ボクが大笑いしていたら、インゴも同じ様に

いつもの冷たい雰囲気はすっかり消えて、昔の様に柔らかく笑っている。


そう言えば、ノボリとクダリは最近昔の二人に戻ってきてる様な気がする。

それは恐らく達がギアステに来てからなんだろうな。

三人を友人だと言って、ニヤリと笑った顔は小さい時にボク達にむかって

いたずらをして、それが大成功した時の顔と同じだったっけ。



『そうだ、インゴ。あまりノボリを虐めちゃ駄目だよ。

この間、をこっちに招待するって言った後のノボリは

凄く考え込んで大変だったって、クダリが言ってたよ?』



あの三人は色々と謎が多いけど、それでも敵対する事は無いだろうな。

彼等と出会えた事はノボリ達にとっては凄く幸せな事だと思う。

全部をひっくるめて温かく二人を見守る様子は

おじ様とおば様の様に柔らかく、凄く居心地が良いんだろうな。



『あの二人は今の状況が何程幸せなのか理解しきれておりません。

くだらない事で、彼らを不用意に傷つけるのでしたら

いつでもこちらに連れて来る心積もりでございます。』



無償の愛情、優しいだけじゃなく厳しさもあるそれは

ボク達が心の底から望んでいるもの。

それをきっかけはなんであれ、手に入れた二人を良かったと思う反面

羨ましいと思う気持ちは確かにボクにも、そしてインゴにもある。



『…そうだね。それについてはボクも賛成するよ。

でも、あの三人が二人を切り捨てる事は無いんじゃないかな?』



まだ知り合ってから日も浅いって言うのに、ボク達よりもずっと

二人の心を掴んでしまった不思議な人達。



『二人を傷つける事は私達がさせないでしょう?

あれらは脳天気に笑っているのが一番似合っておりますからね。

…くだらない話はここまででございます。

お前がここに居る必要はありません。帰って明日の仕事に備えなさい。』



インゴがいつもの表情…と言うにはまだ目元に柔らかさが残ってるけど…に

戻ってパソコンの画面を操作しながらボクに帰れと言ってきた。

調子も良くなったみたいだからこれ以上ここにいても仕方ないかな?



『了解、キッチンにポリッジ作っておいたから後ででも食べてよね。』



ハンガーからコートをとってボクは玄関に向かった。

靴を履いて出ようとした所を急に声を掛けられたので振り返れば



『今日はお前にも迷惑かけてしまいました。…感謝します。』



『!!…別に、この位迷惑なんかじゃないよ。それじゃ、Bye!』



ドアを閉めてから、今の光景を思い浮かべる。

パソコンの画面から視線を外してはいないけれど

そんな言葉をもらって、ビックリしたのと同時に嬉しくなった。


インゴ、キミも昔のキミに戻ってきてるみたいだよ?

ノボリとクダリだけじゃなく、ボク達も昔に戻れるんだったら

どんなに良いだろうね、戻りたいよね。

それは恐らく、あの三人…

ノボリ達と同じ様にボク達に関わっていけば可能かもしれない。


夜でも星すら見えないほど明るいニンバサシティの道を

いつもより軽い足取りで歩きながら、そんな事を考えていた。