二章・東奔西走編 -空にある目-

二章・東奔西走編

空にある目



自分達がやった休日出勤が無意味なものであるという現実に

私もクダリも、遣る瀬無さと脱力感を覚えて帰宅しました。

少し前までは、バトルでも経営面でもそれなりの自信という物が

私達の中では存在しておりましたが、今は両方がグラついております。


軽くシャワーを浴びて、部屋着に着替え終わってから

いつもの様にポケモン達に食事を与えて状態をチェックすれば

私の様子がおかしい事がわかるのでしょう

いつも以上に私のそばから離れず、甘える仕草を見せております。

それぞれを安心させるように撫でてからボールに戻して

ソファーに身体を投げ出します。


私達と彼等の差とは何なのでしょうか?

年齢的にもそれ程離れているわけではございません。

現にに至っては私達よりも年下であるにも関わらず

トレーナーとしても、そして仕事に対しても適う気がしません。

自分達の未熟さをこうも見せつけられてしまうとは情けないですね。



「ノボリ、そろそろの部屋に行ける?ってどうしたの?

なんだかすごく疲れてる?」



同じ様に部屋着に着替えたクダリが訪れて、私の様子に驚いております。

その顔つきは私とは違い、妙にサッパリとしておりますね。



「なんと言いましょうか、情けないと言うか自己嫌悪でしょうか。

達が自分と比べて全てにおいて遥か高みに存在してる様な

そんな気がして、私は今まで何をやっていたのでしょうかと思うのです。」



シャワーを浴びたまま放っておいた濡れた髪を傍にあったタオルを取って

クダリが拭いてくれてるのに任せて目を閉じれば、ため息が聞こえました。



「バトルについては何とでもできる。でもそれ以外はなんだろ、経験の差?

ボク達もそれなりに企業のトップとして揉まれてきていると思うけど、

きっと達はもっと凄かったんじゃないかな?」



はかなり若いうちからトップに立ち、仕事をしていた様子。

もシンオウのポケモン協会でかなり苦労をされたと言ってました。

は一時、各地方の救急病院で活躍されてたと聞いております。

彼等に共通する事は、全て自分で何とかしなくてはならない立場だった事

それを貫き通したという自信なのでしょうか?



「きっとボク達以上に悩んだりとか葛藤?そんなのもあったと思う。

でもさ、上を見ればキリがないってそこで言っちゃえばそれまでになる。

ボクはそれだけはしたくない。上があるならボクはそれを目指したい。

確かに今日はすごくヘコんだ。でも今まで気がつけなかった事がわかった。

それだけでも全部が無駄たったとは思えない。バトルと一緒でしょ?」



あぁ、クダリの言うとおりでございますね。

高みを目指すのを止めた時点で私達の成長は止まってしまうでしょう。

バトルで負けても、そこには必ず吸収すべき物があるのなら

今回の事についても同様でございますね。落ち込む必要もございません。



「貴方の言う通りでございますね。彼等が私達より高みに存在するのなら

それを目指してひた走って、いずれはその隣に並べば良いだけの事。

その為にはこんな事で立ち止まっていてはいけませんね。」



「うん、お手本になる人がそばにいるんだからラッキーかもしんない。

でも真似するだけじゃ駄目、自分のやり方じゃないと意味が無い。」



粗方乾いた私の髪を確認して、タオルを横に置くとハグしてきました。

私もそれに応えます。何かあると私達はこの様にお互いを確認するのです。

そういえば達と知り合ってから、この様にハグするのは初めてですね。



「ボク達はいつだって二人でやってきた。それはこれからも変わんない。

でも、変わった事もある。すごく近くで助けてくれる人達と出会えた事。

ボクの一番の支えはノボリなのは一緒。でもね支えてくれる人が増えた。

がボクを、ううん、ボク達を支えてくれてる。

インゴとエメットも同じ。そしてギアステの皆も。ボク達は幸せだね。

沢山の人達がボク達を心配して、見守って、支えてくれてる。」



「えぇ、その通りですね。私達は幸せです。

ですがその幸せに浸るだけではいけません。もっと前へもっと高みへ

私達はこれからも歩みを止めるわけにはいきません。そうでしょう?」



お互いに顔を見合わせれば自然と笑みがこぼれます。

先程まで感じていた虚しさは今はもうありません。



「悩むだけ悩んだらお腹が空いてきました。

の作る物はどれも美味しいので、今日の夕食も楽しみですね。」



「うん、後ねが隠してるって大吟醸?多分お酒でしょ?

それもすっごく興味がある。明日はお休みだからいっぱい飲む!」



普段でしたら仕事を考えてアルコールはセーブしておりますが

今日は気にすることなく堪能させて頂きましょうか。

そんな事を考えて部屋から出ての部屋へ向かえば

そこにはの他にもがおりました。



「お前等、断りもなく俺の酒を飲もうなんざ良い度胸じゃねぇか。

…と、言いてぇ所だが今日は勘弁してやるよ。」



そう言うと、笑いながら褐色の大き目のボトルを指差しております。

これが大吟醸なのでしょうね。私も楽しみでございます。



「ボス達…ううん、ノボリさん疲れてます?なんだか顔色が良くないですよ

は二人の自棄酒に付き合う気満々ですけれど

疲れている時の深酒は駄目ですよ?」



「少々貴女達が凄すぎて、この差はなんなのかとグダグダしてただけです。

今は吹っ切れましたので、問題はございませんよ。」



はクダリ同様に、他人の変化に敏いですね。

私達は勧められるままに既に食事の整ったテーブルに向かってから

揃って食事を始めました。今回も大変ブラボーでございます。

私の言葉にが苦笑いをしながらの持っていたボトルからグラスへ

大吟醸を注いでくれます。



「俺等とノボリ達の差って言うのは…そうだな根っこがあるか無いか?

二人共イッシュに、ライモンシティのギアステにしっかりと根をはってるが

俺等は未だに根をはる事をしてないからな。」



、それは…」



の言葉に何か引っ掛かる物を感じて顔を上げれば、がそれ以上の

言葉を止めようと諌めております。しかしが言葉を続けました。



、いい加減に腹を括れ。俺達は今は根無し草とかわらねぇ。

その分自分の存在理由が欲しくて、色々足掻いてた結果が今だ。

シンオウ地方出身と言ってるが、そこに俺達を待つ人はいねぇ。」



私とクダリは驚いて、食事の手を止めてしまいました。

それ程、の言葉は衝撃的な内容だったのです。

これは、私達のしらない過去の話をしてくれるという事でしょうか?

の言葉を受けて、更に話を続けます。



「この世界に俺達のルーツは存在しない、天涯孤独ってやつだ。

それは俺等だけじゃない、も同じなんだがな。

でも、あいつらは覚悟を決めて今では根をはって生きている。

俺もも覚悟は決めている。まだ根をおろしてないがな。」



を見つめておりますが、はただ笑うだけ。

その笑みはいつもとは違いとても儚く、弱々しいものでした。

のご両親が事故死されたというのは聞いておりましたが、

彼ら全員が同じというのはおかしくはないでしょうか?

それ以前にルーツが存在しないとはどう言う意味なのでしょう。

そして覚悟とは?もっと色々と聞きたいのですがそれは叶いませんでした。



「さすらいの風来坊ってちょっと格好良いでしょって感じ?

それと私達とボス達の決定的な違いは、私達には頼れる人がいなかった

今でこそ3人で一緒に仕事をしてますが、殆どはバラバラでした。

その中でお互いにかなり責任のある仕事をしていたわけですからね。」



が尚も何か言おうとしている所をが止めるように話します。

それを見てが溜息をついての肩を叩いておりました。



「それって凄く大変だと思う。色々悩んだりとか迷ったりしなかったの?

そういう時ってどうしてたの?やっぱり相談してたとか?」



クダリの問いに、3人がそれぞれに顔を見合わせてから首を振りました。

食事を終えて、今は残ったおかずを肴に飲み会に変わっております。

相変わらずも良い飲みっぷりでございますね。



「お互いに職種が全く違うから、相談しても意味がないだろう。

が言うように、今は一緒に行動しているがそれまでは

便りがないのは元気な証拠って感じで、連絡も取り合ってなかったぞ。」



「そうだな、俺もとは結構連絡取り合ってたが

俺となんざここに来る1年位は連絡どころじゃねぇな。

どこにいるかも全く知らなかったんだから。

後は迷った時はどうしてるかって事だが…そうだな。」



そう言うと黙って上を指さしました。

私もクダリもその指先の方を見ましたが、別に天井があるだけでございます

その様子がおかしかったのか、目を細めては言葉を続け始めました。



「天井じゃねぇよ、もっと上だ。その上のもっと上の高い空から

常に俺を見てる目があると思ってる。

その目はな、俺のやる事なす事全部を見ているんだ。

お前のやってる事は本当にそれで良いのか?間違いはないか?

それが最善で最適なやり方なのか?そんな感じでな。

俺はその目に恥じない事、誇れる事をしなきゃならねぇ。

そう思いながら今までやってきたし、これからも変わらねぇだろう。

まぁ、これはの受け売りなんだがな。」



高い空から見る目…あぁ、今の私達を見たら笑うでしょう。

同じ事を考えているのでしょう、クダリも目を閉じて上を向いております。

そうですね、恥じる事の無い様にせねばいけません。



「後は自分を流そうとする何かの動きを常に感じる事と

その流れの中で、自分は何をしたいのか、するべきなのかを考えるな。

だがそれは何か重大な決断をする時だったり

他人を巻き込まなきゃならないような時であって、普段は違うぞ?

俺等はそこまで聖人君子じゃないからな、私生活はいたって普通だ。」



「唯我独尊、喧嘩上等、据え膳食わねばなんちゃらのどこが普通なのよ?

私は誰かの役にたつかどうか?という事でしょうかね。

自分の行動が誰かを傷つけない様に、そして誰かのプラスになる様に

そんな感じで物事を決めて動く様にしています。

後は、にツッコミを入れられないようにする感じ?」



「「ツッコミ所満載な奴が何を?」」



そんな二人の言葉に思わず笑ってしまいましたが、そうですね。

私もツッコミを入れられない様にしなくては。

大切な片割れにも恥じぬ様な行いと振る舞いをしなくては。


その後も色々と話し込んでは楽しい時間を過ごしましたが

夜もだいぶ更けてまいりましたので、私達は食事のお礼を言ってから

お暇する事を告げました。



「お二人は明日も仕事でしたね、夜遅くまで長居してすみませんでした。」



「いえいえ、どーせこの二人はまだ飲み続けるでしょうし問題無しですよ。

むしろいつも置いてきぼりを喰らう私としては助かりました。」



はそう言って手を振り、はグラスを掲げて笑ってます。

クダリが急にの傍に行ってハグしました。酔ってるのでしょうか?



「美味しいご飯をありがとね!後、色んな話を聞けて良かった!

は話して欲しくなかったみたいだけど、3人の事が聞けて良かった。」



の表情が一気に固くなりましたが、クダリは笑いながら

の手を取り言葉を続けます。



、ボク達はどんな時でも友達、その気持ちはこれからも変わんない。

が良いと思った時、全部聞かせてくれるのをボク達は待ってる。」



「えぇ、前にも言ったでしょう?私達はどんな貴女でも大好きだと。

その言葉は今も、そしてこれからもずっと有効でございます。

それを忘れないでくださいまし。それでは3人共おやすみなさいまし。」



の部屋を出てそれぞれに自分の部屋にもどりましたが

私はまだ眠くはならずにいたので、そのままバルコニーに出ます。

手にした煙草に火を点けて、ゆっくりと吸い込んでから息を吐けば

紫煙が眠らないライモンシティに薄く広がります。



「ノボリやっぱり眠ってなかった。ボクもまだ眠くないからきた。」



振り返ればクダリがビール片手にバルコニーに入ってくる所でした。

私のもたれ掛かっている横に一つビールを置いてから

手にしたビールのプルタブを開けて飲み始めました。

私も煙草を携帯灰皿に入れて、ビールを開けて一口飲みます。

ほろ苦い喉越しが今は心地よいと感じられますね。



「空から見る目があるなんて考えた事もなかったけど、そうだよね。

ボク達を見てくれているはず。忘れてたなんて親不孝かもしんない。」



「あの二人の事です。それすらも笑って見てらっしゃったのでは?

相変わらずだと、仕方ない子達だとね。」



クダリと同じように目を閉じて上を見上げれば、二人の姿が見えるようで

その顔はいつまでも変わらずに、暖かな微笑みを浮かべております。



「私達は二人に恥じる事の無い様にこれからも有り続けなければ。

それが今できる親孝行でもあるでしょうからね。」



「うん、二人のスマイルがずっと続くようにしなくちゃね。」



ビールの缶をコツンと合わせてから、それぞれに飲む様子を

この空の上で、どんな気持ちで二人は見ておられるのでしょうね。