-一章・孤軍奮闘編:課長、上司の部長と対面する-

一章・孤軍奮闘編

課長、上司の部長と対面する



総務部のドアの前に立って俺は深呼吸を一つした。

元々、保全管理課っていうのは総務の下の部署であるから

上司になる人への挨拶はまず最初にするべきだし、なにより

オリエンテーションもここの部長直々らしいから、一石二鳥って感じかな?



「失礼します。本日よりお世話になります。保全管理課のですが

部長さんはいらっしゃいますか?」


入口近くにいる職員に声をかけると、奥の方から初老の男性が片手を上げる。

デスクの位置からいってもこの人が部長だろうとあたりをつけて一礼する。



君だったかね?私が総務部の統括部長だ。

君のオリエンテーションもするので、よろしく頼むよ。」



にこやかそうに見えるが瞳の奥がキラリと光る。結構曲者かもしれないな。

俺はそんな事を考えながらデスクまで近づいて改めて挨拶をする。



「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。イッシュ地方は初めてですので

なにかご迷惑をかけるような事がありましたら、言ってください。」



「こちらこそ、ボス達の強い推薦で入った君がどんな人物なのかって

思ってたんだが、ふむ…職歴もそうだけど、トレーナー歴も素晴らしいね。」



俺の履歴書(昨日急遽クダリの指導付きで書かされた。)を見ながら

のんびりとした口調で言うこの上司に恐縮ですと一応謙遜しておく。



「さて、では早速オリエンテーションを始めようか…こっちへ来なさい。」



別室へ案内される。そこはホワイトボードと長テーブルとパイプ椅子が

所狭しと並べられていた。おそらくは会議なんかにも使ってるんだろうな。

一番前のど真ん中の席へ促されて座る。マンツーマンのオリエンテーションは

ぶっちゃけ、俺も初めて受けるからちょっと緊張する。


目の前に分厚いプリントの束がいくつも置かれる。

〈イッシュの伝説と建国について〉〈ライモンシティとバトルサブウェイの歴史〉

〈ギアステーション設備利用規約〉〈お客様への対応マニュアル〉

〈緊急時の対応マニュアル〉〈各地方のバトルサブウェイの機能と特徴〉

ざっと見えただけでこの量だ。これを一体どうしろってんだ?



「必要最低限、これらは覚えてくれないと困るからね。

全部を丸暗記というのは無理だと思うから、これから要点を言おう。

まずはイッシュの伝説と建国についてだけど…」



俺は急いでそのプリントの束を開く。部長の言ってる事が書かれている部分に

アンダーラインを引いて、補足を空白の部分にメモする。

まずはお手並み拝見ってやつか…受けて立ってやるよ。

こういった人を試すような事をされるのは初めてじゃない。

どこへ行っても大体似たような事をされてきたんだ。俺の職歴なめんなよ?


次々と要点を説明する部長の言葉を途中でブッタ斬り、こっちからも質問する。

その答えをまたメモするを繰り返し、プリントの山を消化する。

これはある意味バトルだ、やられっぱなしは俺の主義に反するから

言うべき所は問答無用で突っ込ませてもらう。


全部のプリントを消化するころには部長の雰囲気がちょっと和らいだ。

施設利用規約については問題のある部分を指摘して改善要請まで出した。

ちょっと初手からやりすぎたかなと反省はしているが、後悔はしない。

施設に関しての権利は俺の持ち場なんだから妥協する気は全くない。



「以上で要約分は終わりです。なにか質問はあるかね?」



全てを何の資料も見ずに説明していた上司に感心しつつも俺は

この書類を持ち帰って読み直してから改めて質問したいと伝えた。

持ち出し禁止のものじゃないらしく、許可がでたのでプリントを閉じた。



「思ったよりも早くに終わったね、ここ最近では珍しい事だ。

それじゃあ、今度は施設内の案内と各部署への挨拶に行くよ。ついてきなさい。」



部長の後ろを歩き、各部署の案内を受けながら、挨拶をする。

それにしても部長を見ると、どの職員も緊張しているのはなんでだ?

すべての部署への挨拶を終えて、残りはサブウェイマスターのみになり

俺と部長は執務室を訪れた。

ノックとともに入ってきた俺達というか、部長をみて二人共驚いて

椅子から立ち上がり出迎える。



のオリエンテーションは人事部長がするんじゃなかったの?

どうしてわざわざ、総務部長がやってるわけ?」



「二人がすっかり懐いて契約にもプッシュしたって噂の人物だからね。

ボス達が騙されてるんじゃないかと心配になって色々仕掛けさせてもらったよ。」



部長がニヤリと笑うと二人共顔色を変えた。

私達は私情で人事を決めません!と、言い返しているノボリを片手で制してから

俺の方へ向き直って今度はニッコリと普通に笑った。



「すべての仕掛けをくぐり抜けるだけじゃなく、こっちに攻撃まで仕掛けるんだ

大したもんだよ。整備班の主任、厨房責任者、そして、あの気難しいので有名な

ボイラーの管理者までもが、ボス達に直談判するだけの人物ではあったね。

、色々とキツく当たって済まなかったね。君はなかなかに骨のある人物で

久しぶりに楽しかったよ。」



あ、なんだバレてたのか。でもスミマセンなんて謝る気はない。

反発したわけじゃない、自分の意見を言っただけだ。俺はイエスマンじゃない。

それに仕掛けられて黙っている程、大人しくしてやる義理もない。



、あなた攻撃とか…総務部長に何を仕掛けたのですか?!」



「あー、攻撃と言うよりも、自分の意見は通しましたよ?

ただ聞いてるだけじゃオリエンテーションにならないですからね。

聞けるうちに沢山聞いて覚えて、尚且自分の考えと違う所は

言わないと始まらないですから。」



俺の言葉にノボリとクダリは呆然として、部長はと言えばとうとう

声を出して笑い始めた。



、総務部長さん…っと総務部長はね、ギアステで一番古い人!

ボク達のオリエンテーションとか新人教育も担当した人でね

見込みのありそうな人はとことこん弄る悪い癖持ってる。」



「私達も新人教育の間中、ありえない量の宿題を頂いた記憶がございます。

今となってはそれら全ては仕事の有り様に結びついておりますので

感謝しておりますが、入社当初は色々と大変でございました。」



人聞きが悪いなぁと笑う部長に釣られて俺も笑った。

成程、これがこの人流の歓迎の仕方なんだろうな。



「それだけ、お二人が素晴らしい素質を持ってたからでしょうね。

俺も見込みがある奴は徹底的に仕込みましたから、わかります。

ダメな奴は端から相手にすらしませんよ。でも、これって普通の事でしょう?」



「うわー、部長さんと同じ事言ってる。容赦なーい。」



クダリが両手を頬を挟み込む形にして首を振った。

ノボリも額に手を当て同じ様に首を振る。



「そうだ、部長。業務計画と報告書等の提出はどうしますか?

部長の方に持って行って、その後に両ボス達に目を通してもらいましょうか。」



昨日、空いた時間で作った、ちょっとした所の修繕の計画案を

部長に見せて書式についてもついでに聞いてみる。



「あぁ、書式は問題ないよ。 そうだね、課長はここで書類関係の

処理をするのだから、私を介さずに直にボス達に通しても構わないよ。」



書類に目を通したあとで、専門的な事はわからないから一任すると言った。

うし、取り敢えず仕事を任せてもらえるだけの信頼関係は持てたみたいだな。



「俺の直の上司は部長ですからね、それはちょっと筋が通らないでしょう。

完成した書類は一度総務の方へ俺が持っていきますのでサインを下さい。

その後ボス達に渡します。目を通すか通さないかはそちらの判断に任せます。

そうしておかないと、何かあった時に突っ込まれかねませんからね。」



「成程、確かに形だけでもセオリー通りにしておかなくちゃいけないか。

わかった。私は総務から殆ど離れる事がないからすぐにサインをしよう。

そして、折り返しボス達の所に提出する。万が一、不在の時でも当日中に

サインはできるから暇な時でも取りに寄りなさい。」



書類を間に挟んで、俺は部長と色々と書類の受け渡しや書式について

更に意見交換をする。それをノボリとクダリが感動したように見ていた。



「ノボリ、部長さんと対等にやりとりできる人なんて、ボク初めて見た。」



「私もでございます。指導を受けた者達は必ず悪夢にうなされると言う

ギアステのダークライの異名を持つ部長の攻撃が効かないなんて

は格闘タイプなのでしょうか?」



「ボス達はもう一度研修を受けたいのかな?私としてはいつでも歓迎するよ?」



部長の言葉にちぎれんばかりに首を振る二人を見て思わず笑っちまった。

この人はこういうやり方でノボリとクダリを守っているんだな。

人付き合いが苦手とか言ってるが、部下達には凄く恵まれてるじゃないか。



「さて、。これで全てが終わったから、後は好きにしていいよ。

さっきのプリントに書かれたものでわからない事があればいつでもおいで。

では、昼休憩に入ってかまわないよ。ここで解散です。ご苦労様でした。」



ありがとうございます、お疲れ様でした と、礼をすると片手を上げて部長は

自分の部署へと戻っていった。

自分のデスクへプリントの束を置き、午後からの予定を確認する。

新人教育の時間が近いから、食堂に行って飯を食う暇はなさそうだな。



「両ボスとも、昼飯はどうするんですか?」



「私はスーパーシングルの挑戦者様が順調な様ですので、待機中でございます。」



「ボクもノーマルダブル待ち。行けるなら行ってきて?」



お互いに勝ち進んで欲しいねとか、どんな客か楽しみだとか言って笑ってる。

待機時間も仕事のうちだから仕方がないだろが、飯の時間も関係無いってのは

大変だよな、この二人はそんな事全然気にもしないのも大したもんだ。


売店でベーグルなんかを適当に買って執務室に戻ってみれば、

二人共既に車両に乗り込んでいて不在だった。壁面の液晶パネルを見れば

バトルシーンが繰り広げられていて、それをテレビ替わりに飯を食う。

それにしてもバトルセンスがハンパじゃねぇな。

チャレンジャーは準伝説級のポケモンとかで挑んでくるのに

この二人はイッシュのごく普通に生息しているポケモン達を使って

変幻自在なバトルを演出している。勿論全ての手持ちが6Vだってのは

流石廃人だとか思ったけど、その位ハンデがあったって良いだろう。

どうやら勝敗はサブウェイマスター達に軍配が上がったらしい。

飯を食い終わり、ゴミを片付けてから新人教育を受けるべく部屋を後にした。


再び総務部に戻り新人研修を受けに来た事を告げれば、無いと言われた。

午後から3時間を三日間って言われてたはずなんだが、それが無いだと?



「はい?それはどういうことでしょうか?」



「総務部長よりオリエンテーションと午後から始める三日分の新人研修は

全部終わらせたからと報告を受けていますが…聞いてませんでしたか?」



ちょっと待て!そう言えば、さっき“全部終わった”とか言ってた様な…

って、全部ってオリエンテーションじゃなくて研修もだったのか!?

通りで、尋常じゃないプリントの量だったはずだ。

あの部長、マジで食えねぇ!三日分の研修よく終わらせたよな、俺。

不安そうに俺を見ている人事部長に、礼を言って俺は来た道を戻った。


これで取り敢えずは、職員としてのスタートラインに立てた訳だ。

でも、ここから先が勝負所なんだから、気を引き締めて行かないとな。

残りの時間をどう使うか…まずは戻ってから考えるとするか。

こんな事、わかってたなら食堂に行って飯食っとけば良かったな。

畜生、思い出したら腹が立ってきた。いつか絶対この借りは返すからな!