-序章・驚愕の現状-

序章

驚愕の現状




何度かチャレンジャーが見えまして、執務室を空ける事はありましたが。

クダリの契約書作成も私の書類入力も無事に終わり、一息ついた頃

派手な音を立ててドアが開き、整備班の主任、ボイラー管理者、厨房責任者に

引っ張られる様な形で、難しいお顔をされた様が現れました。



「お帰りーって、顔怖い。なにかあった?怒ってる?」



「ドアの開閉はお静かにして下さいまし。どうしましたか?」



様の怒った様なご様子だけでなく、部下達の切羽詰った表情もあって

なにかこちらの不手際でもあったのかと代表して整備班の主任へ訪ねます。



「ボス!様にここで働いてもらいましょう!」



様がいれば何かトラブルが発生しても安心できます。」



「ボス!様は現在仕事をしてないそうですよ?

これからも色々と頼みたい事があるので是非とも就職してもらいましょう!」



整備班の主任が言うのはわかりますが、ボイラー管理者と厨房責任者までもが

同様に言うとはどういう事なのでしょう? D-3ポイントは彼等の管轄では無いと

思うのですが…。



「皆して何があったの?ちゃんと説明して。」



クダリの眉が寄せられています。これから勧誘しようとした所ですのに

フライングで先を越されて機嫌が悪くなったようでございますね。



「俺が話す。2人とも、イッシュの消防検査や立会検査って適当なのか?

シンオウだったら絶対受け渡しが通らないような酷い箇所がてんこ盛りで

どこからツッコミ入れようか迷うぐらいありすぎて、思わず目眩がしたぞ?

これ、他にも色々不具合が出てるんじゃないのか?」




「え?それってどういう事?」



「確かに色々修繕などの申請は来ておりますが、それと関係があるのですか?」



私とクダリが2人で顔を見合わせてから聞き返すと、デスクに設計図を広げられ、

作業用グローブを外した様からの説明が始まりました。



「まずはこの水漏れは設計図と異なるインチの配管を使っているからなんだ。

だけど、ここの施設の状況を考えると、むしろ設計図に無理がある。

恐らく配管業者が気を利かせて変更したもんだとは思うんだが…詰めが甘い。

最初のインチが違えば全部のサイズが変わるわけで、その変わる部分の継手の

接続はセオリー通りにやったって駄目なんだ。だから水漏れが起きて当然。」



水漏れ箇所にチェックを入れた他に図面に書かれている物とは異なる数字が

色々と書き直されて行きます。



「つまりは、設計ミスということでございますか?」



「いや、現場を知らなかったり見た目重視の設計士がやりがちな事なだけ、

むしろ変更した配管業者にナイスだと賞賛したい位だな、この場所とか

設計通りのサイズだったら負担が多すぎてすぐにダメになってたろうさ。」



ファスナーを下げ、ツナギの上部分を脱いだ後、袖を腰元で結びながら

様が首を降って私たちに説明して下さりました。



「でも、詰めが甘かった。だから色々トラブルが起きてる?」



「その通り、んでたまたま食堂の調理場近くを材料取りに行った時に

通ったんだが換気扇近くの壁が変色してる。これは熱のせいなんだよ。」



様が先ほど購入したばかりのライブキャスターを開きました。

厨房の画像が映し出されており、そこには確かに他の壁とは色が違っております。

そして、先ほどとは別の図面…これは食堂ですね。それを開いてある場所に

チェックを入れていきます。



「丁度この部分が変色してる。一般の消防法では換気扇用のダクトは

不燃性の断熱材で厚さ100mm以上で覆った方が良いんだ。

だがちょっと見ただけでも50mm位の厚さしかない。見える所でそうだから

見えない所に至っては実際に保温されてるかどうかも怪しい。

つまりは業者が手抜きをしたのか、それを見逃した消防法自体が甘いのか…

厨房責任者に使用頻度聞いたら、かなりのモンだから負担も相当かかってる。

最悪、このままの状態が続いたら壁の中から火が出るぞ。」



「何それ怖い!冗談じゃない!!」



「全くでございます!これは早急に手を打たないと大変でございます!」



閉鎖空間でもある地下施設で火災など起きたら目も当てられません。

あまりの深刻な事態に私もクダリも顔から血の気が引くのがわかる程です。

部下達も一様に深刻な表情をしている所をみると、様が先に説明を

して下さったのでしょう。しかし、何度聞いても怖いものは怖いでしょう。



「あぁ、これは急いで壁ぶち壊して中を確認して…おそらく断熱材の厚みも

見ただけではっきり足りないってわかるから巻き直した方が確実だ。

それから、壁ももっと不燃性の高い物に交換したほうがいいと思う。

後な、聞きたいんだがこっちの寒さってのが想像できないんだが

シンオウと比べるのもどうかと思うんだが凍れ(しばれ)…あー冷え込み具合って

どうなんだ?水道凍結とかする位なのか?」



「シンオウがどの位寒いのかわかんないけど、イッシュも雪降るし寒い。」



「えぇ、真冬には日中でも氷点下の気温だったりしますので寒いです。

水道凍結もうちの施設では今まで起きておりませんが、他の施設での

発生は聞いたことがございます。」



今度はボイラー管理者が図面を広げます。

確かボイラー室は厨房とD-3ポイントの中間辺りに位置しておりましたので

様はやはり何か問題点を見つけたのでしょうね…

もう、ここまでくると何を聞いても驚かないというくらい危険箇所が

多すぎて、どうしたら良いものか考えると今から頭が痛くなります。



「ここの担当の配管業者はよくやってると思うよ。

キチンと配管の中に水が滞らないように傾斜もしっかりつけてる。

ただ問題なのが、配管の保温が不十分なんだよやっぱり。

保温…正式名称は熱絶縁施工なんだが、これって軽く見られがちだが

いらない仕事なんざあるわけがないんだ。だけどどうしても他の

建築屋からも下にに見られるからたまったもんじゃない…ってのが

俺より保温に詳しいダチの言い分なんだがな。」



その友人を思い浮かべてるのでしょう、様の表情が少し穏やかに変わります。

しかし、図面に向かうとまた同じような難しい表情に戻ってしまいました。



「この部分、配管の近くを電気系統の配線が走ってるんだが…

この配管、結露が結構してる。このまま放っておくと配線の保護管が腐食して

むき出しになる。そうなると下手すると漏電起こしてこれも火が出るぞ。

結露箇所の保温と、配線の保護なんだが…できるんだったら配線の走る

位置ごと変更した方がより安全だな。」



今まで広げていた全ての図面を片付けながら様が自分に言い聞かせる様に

申しております。これは契約を切り出すタイミングではないでしょうか?

クダリの方を見ると、わかっているとでも言う様に私の方を見て頷きます。

さあ、ここが正念場でございますね。この様な報告を受けてしまっては

何としても様には、ここにいてもらわなくてはなりません。



、最初に言ってたD-3ポイントの修繕は終わったの?」



クダリがに聞きながら他の部下たちに目配せをしました。

部下達も彼が何を言いたいのか察したようで私達に一礼をすると

執務室から出ていきました。



「あぁ、そっちの方はバッチリだ。余った材料で他のヤバそうな箇所も

補強しといたからこの場所での水漏れはもう心配ない。

一応業務報告書起こして記録残しといた方がいいだろうな…

それはこれからやろうと思ってたんだ。空いてるパソコンあったら

ちょっとの時間でいいから借りる事って出来るか?」



「それでしたら、こちらの私が使っておりますパソコンを使って下さいまし。」



胸ポケットからなにやら数字などが書かれた紙を取り出して様が

聞いてきましたので、これは私が答えさせていただきました。



「おう、悪いな。すぐに報告書作るが、30分位時間くれると助かる。」



様を私のデスクへ案内すると彼は早速書類作成を始めました。

以前人を使っていたとの事ですが事務処理もされていたのでしょうか

キーボードの上を滑らかに指が動き回りどんどん書類が出来上がります。

これは是非ともクダリにも見習って欲しいものです。



、書類作りながらでいいからボクの話って聞けるかな?」



クダリが自分のデスクに座って丁度向き合う形で様に話しかけます。

さぁ、バトルスタートでございますよ!



「おう、別に大丈夫だぞ。アレか?さっき話した修繕と改修の事か?」



この言葉には私達はちょっと驚きました。

これは話が早く済むかもしれないと思っていましたが、クダリは違うようです。

何か言いたそうにしながら…多弁な彼にしては珍しく言葉を探してる様子です。

すると様が言葉を続けます。



「見つけちまった以上、最後まで責任もってやりたい所なんだがな

配管と配線、壁の耐火ボードについては問題ないが、保温の方は俺じゃ

正直役不足だ。ちゃんとした業者に発注した方がいいだろうな。」



「でも、その外注業者があんなミス…手抜きしてる。そんな所に

僕たちの職場任せるなんて無理!だからボクはに全部頼みたい。」


クダリにしては珍しく直球勝負ですね。

様相手に、余計な言葉は不要と判断したのでしょうか?



「私達は地下鉄も、ここでのバトルも、そしてギアステーションの全てを

大切に思っております。その大切な場所はやはり信頼できる方に

お任せしたいのです。ですから様、どうか受けて下さいまし。」



「ボク達の大切な場所だからに頼みたい。じゃ無理な所、

あるなら、が信用できる人にお願いしてもらえる?それだったら

ボク達全然オッケー、今までの業者はもう信じない。信じらんない!」



私とクダリで揃って様へ頭を下げてお願いしました。

様はパソコンを打つ手を止めて暫く考え込んでしまいました。

職人気質のある様の事ですからやはり中途半端は許せないのでしょうか。



「そう言ってもらえると職人冥利に尽きるってもんで嬉しいぜ、サンキューな。

まぁ…ぶっちゃけ、俺が出来ないってわけじゃないんだ。

ただ、これだけの大掛かりな仕事になるとどうしてもキチンとした規約に沿って

やるべきなんだよ。それにはどう考えても2級以上の資格者が必要になるんだ。


残念だが、俺の持ってる熱絶縁施工技師の資格は3級だ。これじゃあ

何か問題が起こって、責任云々をどうするんだって時に絶対突っ込まれちまう。

そんな事で2人に負担をかけたくないんだよ。事態が一刻を争う場所もある。

だから、何か起きてもしっかり対応できるだけの土台は必要なんだ。

そう言う理由で断った訳だけど、…まぁ、2人の気持ちもわからないでもない。」



「あのね、ボク達せっかくと友達になれたからもっと一緒に居たいなって

だから、ここで働いてもらおうと思って契約書も作ってた。」



クダリが契約書を様へ手渡します。その文章を一通り読んだ後に

苦笑いをされて私達の方へ向きなおりました。



「いくらなんでも待遇良すぎだろこれは…」



「全部ギアステーションの契約の規約書に沿って作ったからオッケー!

ホントは正職員になって欲しいけど、それだと色々難しくてめんどくさい。

でも、請負業者としてだったならボク達の判断だけで契約できる。

その方が確実だし、専属契約だから待遇は正職員と同じ!

少しでもこっちに来たばかりのの役に立ちたい、そう思って作っただけ。」



「他にも条件等ありましたら、どんな事でも結構ですので言って下さいまし。

規約の範囲内でございましたら、私達でなんとでもしてみせます!」



呼吸2つ分程の沈黙のあと様は財布から何やら用紙…名刺でしょうかを

私達の前に差し出してこられました。覗き込んでみるとそこには

会社の名前とその下に代表取締役として様の名前が書かれています。

これは承諾して頂けたと思ってもよろしいのでしょうか?



、受けてくれるってこと?」



クダリの表情が明るく、声まで弾んでいるようです。

私もスーパーブラボー!と叫びたくなるのを必死で抑えました。



「えぇ、俺でよければ引き受けましょう。」



笑いながら様が手を差し出してこられましので、私とクダリはそれぞれに

固く握手を交わしました。

これからが大変だとは思いますがそれでもきっと

様と一緒なら乗り越えることが出来るでしょう。



「但し、色々と頼みたい事が増えるんだがそれでも構わないか?」



「大抵の事ならなんとかする!なんでも言って!」



クダリが即答します。えぇ、私も助力は惜しみません。

バトル以外でこの様に気分が高揚するのは久しぶりでございます。

頼みたい事?そんなものはどうとでもしてみせましょう。

なんと言っても私とクダリはサブウェイマスターなのですから!