-序章・執務室にて-

序章

執務室にて



「失礼します、ボス達…ちょっとお時間もらえまへんでしょうか?」



執務室のドアがノックされ、クラウドが部屋の中を覗き込んできました。

その後ろには整備班の主任の姿も見えて、普段見かけない組み合わせに

私とクダリは思わず首を傾げてしまいました。



「えぇ、私達はかまいません。何かありましたか?」



書類入力の手を止めて、私とクダリが彼らの方を見るとその後ろにもう一人

見知らぬ男性が立っておりました。

こちらではあまり見かけない顔立ちはカントー方面の方でしょうか?

象牙色の肌と肩までの癖のある黒髪、意志の強そうな黒い瞳と均整の取れた長身

そして、身に纏っている親しげで人好きのする様な雰囲気を持つ彼は

私たちに軽く一礼します。礼儀正しい所は好感が持てますね。



「クラウド、こちらの方は?」



私達も一礼して、部下に問いかけたところ整備班の主任が、



「俺からお話しますね。ボス達はD‐3ポイントでの複数の水漏れをご存知で?」




彼は手にしていた図面を私たちに広げて見せてくれました。

確か壁伝いとその他にも何箇所か水漏れの箇所があって早急に修繕が

必要だと報告を受けていた気がします。



「えぇ、場所の確定も出来ていないので修繕が延び延びになってるとか。」



「床も濡れてて危ない、早く直さないとお客さんにメーワクかける!」



クダリの指摘はもっともです。何も起きてない今のうちに何とか手を打って

欲しいと指示を出したはずですが、整備班が担当してるとは思いませんでした。

彼等の受け持ちはトレインでありそちらは外注業者に来てもらうべきでしょう。



「まぁ本来なら外注するべきなんですが、取り敢えず場所の確認をと思って

色々調べてた所にこちらのお客様、様がそばにいらっしゃいまして…」



主任が男性の方を見ると彼…様も軽く頷いております。



「保全とは違いますが似た仕事に携わっていたのでつい声を掛けてしまいまして、

出過ぎた事と思いましたが、代わって調べさせていただきました。

それで場所は確定できたので、ついでに修繕もしましょうか?と…

ただ、こちらは公共施設でしょう?機密事項とか色々細かな規約がありそうで、

一応、上の人の判断を仰いでもらえませんか?と話したんです。」



広げられた図面の何箇所かを指差して、更に説明をしていただきました。



「勿論、秘密厳守については重々承知してます。材料さえ揃えてもらえれば

すぐにでも作業に取り掛かれますし今日中に終わりますが、どうでしょう?」



作業工程もわかりやすく説明して頂きました以上、これはお願いすべきでは?と

クダリの方を見ますと、彼も頷いておりました。

えぇ、地下鉄をご利用になる方の安全は、なによりも大切でございます。



「ボク達は別にかまわない。でも、ここにバトルしに来たんじゃないの?」



クダリが首を傾げて問いかけると様も同様に首を傾げてらっしゃいます。



「いえ、俺はカナワタウン?に行ってみようと思ってきたんですよ。

でも、バトルって…ここでですか?」



「なんや、知らへんかったんか?ここはバトルサブウェイ言うて地下鉄内で

バトルの出来る施設でもあるんやで。」



クラウド、お客様に対してその口調はマイナスポイントでございますよ。

軽く視線を強めると、彼はそれに気付いたのか肩を竦めております。



「むしろそちらがメインでございます。失礼とは思いますが、様は

バトルサブウェイは初めてでございましょうか?」



「むしろイッシュ地方が初めてです。バトルタワーみたいな感じですかね?

でも狭い地下鉄の中でのでバトル…こっちの方が断然面白そうだな…。」



様が頬をかいて苦笑いされた後にニヤリとした笑みを浮かべました。

この表情はよく知っております。私達の元へとくるチャレンジャーの方々…

それも主にスーパーで私達と相対する時によく見せるものと同様でございます。

様はバトルの覚えも確かなのかもしれませんね。



「バトルタワーはわかんない!ここはバトルサブウェイ。ノッテタタカウ!!

もバトルする?ボク、と戦ってみたい!」



ほら、バトルに関しては野生の勘とも言える物をもつクダリが食いつきました。



「バトルタワーは俺の地元…シンオウ地方のバトル施設ですよ。

連勝していくとタワータイクーンっていうボスとバトル出来るんです。」



様はシンオウのご出身でいらっしゃいましたか。

ここも同じシステムで御座います。ノーマルでは21戦目、スーパーですと

49戦目にサブウェイマスターに挑戦することができます。」



「ボク、クダリ!ダブルのサブウェイマスター!」



「そしてシングルのサブウェイマスターが私ノボリでございます。

名乗るのが遅れて申し訳ありませんでした。」



クダリと2人、同時に一礼します。

かなり話が横道に逸れてしまいましたね。本題に戻るといたしましょうか。



「では様、修繕の材料でございますが…普段は外注業者に任せっきりで

どこへ発注すれば良いのか皆目見当もつかないのですが…」



「あー、俺もわからないです。ん〜…でも心当たりがないわけじゃないので…

えっと、ノボリさん?デボンコーポレーションをご存知ですか?」



「あ、はい。私どもバトルサブウェイでも取引させて頂いております。」



「おー、海外進出とか派手にやらかしてやがんのか…っと、失礼。

んじゃ、大丈夫です。ちょっとある場所…海外に連絡を取りたいんですが。」



なにやらひとしきり感心されて何度か頷いた後、様は胸ポケットから

機械を取り出しました…ライブキャスターの様なものでしょうか?

操作をして連絡先と思われる数字を画面に写しております。



「こちらの業務用のライブキャスターを使って下さいまし。」



無骨ないかにも備品というソレを様へ差し出すとすぐに番号を入力されて



「ありがとうございます。ポケギアもポケッチもこっちじゃ使えないとか…

こりゃ、早急になんとかしないとマズイよなぁ。

…っと、もしもし俺だ、久しぶりだな。相変わらず洞窟引き篭りで石探しか?

あ?いや違うイッシュにいるんだわ。…おう、うっせーよ。お前も仕事しろ。

って、その仕事の話だ。お前ん所、配管の材料とか取り扱ってたよな?

んで、発注したいんだけど…イッシュの支店?うんうん、…なるほど了解。

あ、お前の紹介って言うからな!ついでに安くしろよ!

あぁ、当たり前だろって?おう、サンキューな。また気が向いたら連絡するわ。

…バーカ、そんなん付き合えるか!んじゃ、またな。」



お相手は親しい方のようで砕けた調子で会話が弾んでおられます。

そして、何やらメモ帳に数字を書いてるところをみると連絡先でしょうか?

何はともあれ、材料調達の目処がついたようで安心いたしました。

続いて様はメモを取った番号へ連絡し、材料の発注を済ませました。



「2時間後にこちらへ配達してもらえるそうです。

んで、値段ですが通常の6掛で都合してもらいました。」



金額の明細が書かれたメモを手渡され、私とクダリは目を通します。

通常の6掛とか…様の通話相手の方のお力添えに感謝でございますね。



「では、今回の修繕、諸費用込みでこの金額で受けて頂いてよろしいですか?」



そのメモの下の空白に私が書いた金額を見ると様は首を横にふります。

…はて、もしかして相場より安かったのでしょうか?



「お金はいりませんよ。そんな大した事じゃないですから。」



「それはダメ!これは仕事。だからはお金受け取って。」



よく言いましたクダリ!全くもってその通りでございます。私も同様に頷けば



「あ〜…そんじゃ、こうしましょう。これから待ち時間が出来るわけですが、

俺、その間に腹ごしらえしたいんですよ。なのでうまい店で飯奢ってくれれば

それで良いですよ。」



いたずらっ子の様な表情で告げられましたがこちらとしては納得出来るはずも

ないわけでございまして…



「そんな、食事位はもちろんこちらでご用意させて頂きますよ?」



だからお金を受け取って下さいましと言う意味を暗に含ませて言えば



「俺にとってはそっちの方が重要なんですよ。なんてったって初めての土地だし

うまい店とか教えてもらえると今後凄く助かるんです。」



飯は何より大事ですから!と拳を握りしめて力説する様に、私とクダリ、

そして他の者も思わず笑ってしまいました。えぇ、確かにその通りでございます。

…もう、この分では何を言っても受け取っては頂けない様でございますね。

ならば最高に美味しい食事を提供してみせますとも!



「わかりました、それでは様のお好きな物を教えてくださいまし。」



「好き嫌いは無いですけどそうなだぁ…自他共に認める大食らいなもんで、

ガッツリと腹に溜まって、それでいて頻繁に通える程度に手頃な値段の

あまり畏まってないない所だとすげー助かりますね」



これは結構難しいですね…いっそ高級ホテルのレストランでもと

思っていたのですが、手頃な値段となるとどの位なのでしょう?

クダリと二人で考え込んでいた所にクラウドがポンと手を叩きます。



「ほんなら、ワシが贔屓にしとる店がええかもしれんな…

ここからだと歩いて5分くらいにあるDOCKSちゅー店なんやけど」



「あぁ、あそこでしたら俺もよく行きますけど確かにそこそこの値段で

美味いモノ…特にシーフード系が食えますね」



保全主任も彼の提案に同意しておりますその店は、わたくし共も何度か

行きましたが、確かに値段の割に味も量も申し分なかったと記憶しております。



「おー、初手からシーフードの店とか嬉しいですねぇ!

シンオウ地方は食材の宝庫ですからシーフードにはチョット煩いですよ?」



ニヤリと笑みを浮かべられる様のその挑戦、受けてみせましょうとも!



「きっとご満足頂けると思いますよ?今の時間でございましたら

食事時のピークから外れてますので待ち時間なく席につけるでしょう。」



「早く行こう!ボクもお腹すいた!」



クダリが席から立ち上がり外出の支度を始めるのを見て、私も席を立ちます。



「ワシらはもう飯を食ったさかい、留守番しとるわ」



「俺は様の着る作業着など用意しておきます。失礼ですが様のサイズは

3Lで大丈夫でしょうか?身長を考えるともう少し大きくなりそうですが…。」



並んで初めてわかりましたが、カントー系の人種は小柄な方が多かったと

記憶しておりましたが、様は私達よりも少し背がお高いのですね。



「窮屈なのは好きじゃないんで5Lでお願いします。後は道具を入れる腰袋と

一応安全帯と、ヘルメットは天井に潜る時に邪魔になるんで不要ですが

タオル2本と細かい作業に支障のないグローブがあると助かります。」



主任と様が細々とした必要な物の打合せの間に私共の支度も終わりました。

後はクラウドと主任に前準備と留守番はお任せするとしましょうか。



「準備オッケー、目指すはお昼ご飯、出発進行!」



「おう、ガッツリ食わせてもらうぜー!」



クダリが様の腕を取り引っ張りますと様も彼の背中を軽く叩きます。

普段からスキンシップの多い弟に初めての方は大抵戸惑われるのですが、

様はあまり気にしたご様子もなく、さらに弟の笑みが深くなります。

その様な光景に、見ているこちらも心がホッコリと暖かくなりますね。



「では行ってまいります、留守の間よろしく頼みましたよ。」



「「了解、ボス!」」



私の声に明瞭にお二人が答えます。前の方で早く来いと言うクダリの声が聞こえ

様が、その後ろで笑っておられます。

そういえば、クダリ以外の誰かを交えて食事をするのは久しぶりではないでしょうか?

なんとも楽しい食事になりそうです。私も急いで後を追う事にいたしましょう。

実は、私もクダリに負けないくらい、非常に空腹だったのでございます!