-課長予定の男の印象 前編-

序章 番外編

課長予定の男の印象 前編




「主任ー!ちょーっと、お時間もらいたいんやけど大丈夫かいな?」



マルチトレインの整備点検を部下たちに指示してるところに

シングルトレーナー主任のクラウドが入ってきた。

揉み手しながら来るときは色々と頼み事…それも難題を持ってくる時だ。



「んじゃ、そういう風に進めてくれ。 

クラウド…俺はその揉み手を見た時点で時間が無いと言いたいなぁ…」



半目で睨みつけても彼はどこ吹く風といった様子で俺に詰め寄ってきた。



「そんな事言わんといてや。ホレ、前に話しとったD‐3ポイントの

水漏れの件なんやけどな、場所の確定ができひんいうて修理が伸びてん。

俺等やったらわからんけど、整備班とかやったらわかるか思うてな。」



あぁ、確かにあそこは床も濡れる位の水漏れだった事を思い出した。

業者に外注しようにも場所の確定が出来ないと本末転倒だし…。



「俺も専門ではないから確定できるかはわからないけど

確かに急いで修繕した方がいいね。よし、ちょっと覗いてみようか。」



インカムで総務に繋ぎ、D‐3ポイントの配管の図面を用意して貰う様に

連絡を取った後、傍にあった脚立をクラウドに渡した。



「ちょ!なんでわしが持たなあかんのや。わしはモンスターボールより重いモンは

持たん主義やっちゅーねん!」



文句を言うクラウドに問答無用で押し付け、俺は立ち入り禁止用の三角コーンと

ポールをひと抱えして先を歩く。



「こっちの方が重いが、交換するかい??」



「喜んで脚立を持たせてもらうわ!

後、総務から図面も持ってくるさかい、先行って準備しててや。」



いそいそと脚立を抱え直して俺を追い抜いて先に行ってしまった…

相変わらずせっかちな性格だなぁと後ろ姿を眺めながら俺も歩き出す。


現場に到着してコーンとポールをセッティングし終わった頃にクラウドが戻り

俺は図面と水漏れの場所を照らし合わせながら、脚立を立てる。

一番近くにある天井の開閉口を開けて、ヘルメットに装着してあるライトを

灯してみたが、光の届く範囲では問題は見当たらない。

中に入って見てみるのが確実とは思うが、下手すると天井をぶち抜きそうで

怖くてそれは出来なかった。



「困ったなぁ…見える範囲には異常はないんだよ。

中に入って、探せばわかるかもしれないけど、天井ぶち抜きそうだ。」



「八方塞がりっちゅうわけかー!ボス達もえらい気にしとるさかい、

早目になんとかせな思うたんやけどなぁ…どないしよか…」



俺の答えにクラウドも渋い顔をする。

俺も向かい合わせになる形で腕を組んで色々考えたけどいい案が出てこない。



「あの、失礼ですが…どうかされたんですか?」



急に後ろからよく通る低い声が聞こえて驚いて振り向いてみれば

イッシュでは見ない顔立ちの長身の男性が天井の開閉口を覗き込みながら

話しかけてきた。そして、床の濡れた箇所とクラウドの持っていた図面を見て



「…もしかして、水漏れ?場所の確認か何かですか?」



この状況で言い当てるあたり、その手の職業の人なのかもしれない。

俺は思い切って事情を説明する事にした。



「えぇ、場所が確定できなくて修繕が延び延びになってまして。

上を開けて見ても、見える範囲では問題なさそうなので困ってたんですよ。」



「成程、俺でよければ場所の確認しましょうか?」



男性が頷いて提案してきたので、俺とクラウドは顔を見合わせた。



「失礼ですが、お客様はこの手の職業の方やろか?」



「お、コガネ弁なんて久々に聞いたなぁ!っと、失礼しました。

えぇ、似たような仕事をしてたので確認位は出来ると思いますよ?」



クラウドの質問にどこか人好きのする気さくな感じの笑みを浮かべて

オレ達に答えてくれた。



「見た所カントーっぽい顔立ちやからそっちの人間かいな?

まぁ、今はええわ。俺らはもうお手上げやから、頼んでもえぇか?」



クラウド、お前…お客様に対する態度が崩れてきてるぞ。

そう言う意味を込めて脇腹を肘でつつけば、気がついたのか肩をすくめた。



「っと、失礼しました。なんやお客様と話とったら言葉遣いが崩れてしもた。」



男性に向かって一礼すると笑いながらクラウドに向かって彼は首をふった。



「堅苦しいのは俺も好きじゃないんで、そっちの口調でいいですよ?

んじゃ、申し訳ないけど厚さ10mm以上でこの開閉口に入れる事ができる

板…とかボードみたいな物が欲しいんですが。」



開閉口を見つめながら両手を広げて大きさの説明をしてくれました。

そんな物、何に使うのか疑問に思ったけど、心当たりがあるので

俺が取りに行く事にした。



「あぁ、今持ってきますので少しお待ち頂けますか?

クラウド、図面見せて位置関係の説明しておいてくれるかな?」



「おう、わかった。これな、こっちがそこの開閉口でな、後は…」



クラウドの声を背中に俺はその場所を離れた。

言われた通りの板を手に戻ってきてみれば何やら笑い声が聞こえる。



「…でな、下手すると鉄枠に股間強打で生き地獄になるんだぜ?」



「あかん!想像しただけで痛ぅなってきよった!その話はやめや!」



随分と、俺がいない間に打ち解けたみたいだな。

俺と同様にギアステの古参でもある彼は結構人を見る目はシビアだったりする。

確かに、クラウドは元から気さくではあるが、初対面の相手にここまで

砕けた感じになったのは見たことはない。珍しい事もあるもんだなぁ。



「お客様、お待たせ致しました。これで大丈夫でしょうか?」



持ってきた板を見せれば笑顔で頷き彼は受け取った。

その後脚立に登り、中に板をいれるとその上に乗って懐中電灯をつけながら

奥へと進んで行く。



、天井ぶち破ったりしよったら、弁償してもらうでー?」



開閉口にむかってクラウドが声をかければ、中からうるせーよ!と

笑い混じりの声が帰ってきた。



「随分と仲良くなったんだね。珍しい。」



俺がクラウドに向かって率直な感想をいえば彼は苦笑いを浮かべた。



「あいつ、言いよんねん。ほんでな?色々と話したらなんや意気投合してな

確かにお客様相手にこの口調はマズイやろ思ったんやけど、あいつが

堅苦しくせんでえぇ言いよってからに、そのまんましゃべっとったわ。」



「ふーん、って言うのか。イッシュの人じゃないよね?」



「出身はシンオウらしいで?でもあちこち旅しとった言うてたわ。」



天井でゴトン、ガタンと物音がしてそれがどんどん移動してゆく。

クラウドから聞いた話だと、あの板は鉄枠の間に橋渡しをして

天井をブチ抜かないように移動するための物らしい。

成程、そういうやり方があるのかと、素直に感心した。

そうこうしているうちに、天井の音はD‐3ポイントの端から端までたどり着く。

そして、反対側の端の方にある開閉口がノックされて開けてくれという声がした。

急いでそっちへ脚立を持って行き、開閉口を開けると慣れた調子で

彼は降りてきた。



「全部で4箇所。場所の確認はできました。これってどうするんですか?」



「助かりました。ありがとうございます。大抵は外部業者に発注いたします。」



膝の誇りを払い落としながら訊ねてきた問いに俺が答えた。



「あー、普通に喋って頂いて結構ですよ?むしろそっちの方が助かります。

これって、割と簡単に修繕できるから業者に発注すると高くつきますよ?」



クラウドから図面を受け取り俺達にもわかり易い様に説明してくれた。

成程、確かにそれ程大掛かりな修繕じゃないみたいだ。

だけど、この手の事は専門外だから結局は外部委託するしかないかな。



「もし、良かったら…俺、修繕できますよ?」



クラウドと一斉に彼の方を見た。



「ホンマか?それやったら頼みたい所やけど…何分俺等では判断できん。」



「ですね。これはボス達に判断を仰がないと返事ができないですね。」



二人で腕を組みながらどうしようか考えていた所に反対側に置いてあった

コーンとポールを持ってきてお客様…様がセッティングを始めた。



「公共施設でこれだけの規模だとすると、上の人の判断も必要でしょう?

機密事項の徹底については大丈夫だから一度掛け合ってみては?」



ボス達も気にしていた場所だから出来るだけ早く修繕して

余計な心配事を減らしてあげたい…これはそうした方が良いかもしれない。



「わかりました。では上司の所へ行くのでご同行してもらえますか?

クラウド、ボス達は今何してる?」



「今やったら執務室に戻って書類整理とちゃうか?

なんにせよ、ボス達の許可をもらわんと始まらんからな、わしも行くで。」



天井の開閉口だけを閉め直して、俺たちはボスの元へと向かった。

途中で色々と修繕についての説明もしてくれたが、素人の俺にでも

わかりやすかった。様は指導できる位上の立場にいた人かもしれないな。


そうしている内にボス達の部屋へ到着し、クラウドがノックをして声をかける。

中に入ると、意外な組み合わせと思ったのか不思議そうに黒ボスが見ている。

事情を説明して、様を紹介し、彼から修理についての手順などを

説明してもらった。両ボスは頷きながらその話を聞いている。


どうやらゴーサインが出たらしく、材料についての発注を様が始めた。

それにしても6掛で材料を仕入れる事ができるってのは羨ましい。

俺達の機材や部品も同じ様に仕入れられたら助かるのになぁ…。



「お金はいりませんよ。そんな大した事じゃないですから。」



黒ボスが修繕に対する金額を提示すると様が断ったのには驚いた。

なおも食い下がるボス達に困った顔で食事を奢ってくれれば良いとか…

この人はお人好しというか…あまり金銭に執着がないんだろうな。

そういう態度ってのは俺は嫌いじゃない…むしろ好ましいと思う。


結局はボス達が折れて、お店のチョイスで悩んた所にクラウドが提案する。

うん、あの場所なら満足してもらえるだろうと思って俺も同意した。

ボス達も知っている場所だったからトントン拍子に話は進んだので

食事の終わった俺は作業服なんかの準備をする事にした。

でも、5Lって身長を考えたらなくはないけどデカ過ぎじゃないのかな?

後は、言われた物をメモしてから頼むべく段取りを考えている間に

身支度を終えたボス達に連れられて様は部屋を後にした。



「なんや、ボス達えらくに懐きよってたなぁ」



クラウドがドアの方をみて独り言の様に呟いた。

確かに、人あたりは良いが実は結構人見知りっぽい両ボスにしては

珍しく上機嫌だったなぁ…彼は人に好かれそうな雰囲気を持ってるけど

人を見る目はクラウド以上にシビアなボス達があんな風にしているのは

もしかしたら初めてじゃないかな?



「そうだね、でもボス達が楽しそうにしているなら、俺達はそれで良いさ。」



インカムに向かって総務に色々と必要な物を手配している俺の横で

クラウドが笑いながら頷いていた。



「せやな、ボス達はもうちょっと見習って人付き合いするとえぇわ。

若いうちからこんなしんどい立場につきよったからなぁ…

小うるさい輩もぎょうさんおったさかい、ちょっと人見知りしすぎや。

いっその事、にこのまんまここで働いてもらったら、良いかもしれんな?」



「ここに就職するには公正な手続きあるから難しいと思うよ?

でも、確かに彼がいれば助かる事も多いかもしれないね。

だけど、それは仕事ぶりを見てからかな?中途半端な奴は

ここ、ギアステーションにはいらないよ。むしろ邪魔にしかならない。」



俺は図面を片付けてドアを開けて廊下へ出た。クラウドもそれに続く。



「でたな、その職人気質の性格!まぁ、わしはそう言うの好きやけどな。

確かに、半端者はここにはいらん。

ボス達の邪魔になる様な奴もいらん…ちゅーか、全力で排除したる。

けどな、アイツはお前達と同じような気がする。

それじゃなきゃ、わしらに声なんてかけへんやろ。そして金も受け取らんとか

普通ならありえへんで?そんだけ、自分の腕に自信持っとるんとちゃうか?」



成程、確かに今までの経緯を考えるとそんな感じもする。

もし、そうだとするのなら…俺達は大歓迎するんだけどな。


途中の通路でクラウドと別れて俺は、持ち場へ戻った。

指示していたマルチトレインの整備は完璧に仕上がっていて

部下たちは次の車両の点検の為の準備を進めている。

俺が何も言わなくても、部下たちは自分達の仕事に誇りをもって

出来る事をどんどん進めて行く。ピンと張り詰めた空気さえ心地良い。

こういった雰囲気の職場に勤めている事を、俺自身誇りに思う。

彼がこちら側の人間なのか違うのか、まずはお手並み拝見しようじゃないか。