2015 Valentine Day
物語をはじめよう (インゴ編 )
インゴさんの玄関前にきてからかなりの時間が経つ。
格式高そうで重厚な造りのドアは持ち主と似てるかもしれない
決して甘い期待をしてるわけじゃない。だって普段のインゴさんを知ってるから
私が好きですって言っても、きっと鼻で笑って冷たい視線で見下ろすんだ。
結果がわかってるけど、自分の気持ちにもこれ以上嘘は付きたくないのも事実。
どうせなら、後悔しない様に思い切り玉砕しよう。
『……いつ迄ソノ様にたち続けているのデス。サッサと来なサイ。』
「!!」
ドアホンを押そうとしたらいきなりインゴさんの声が聞こえてきた。
同時にロックの解除される音がしたから、恐る恐るドアをあければ
そこには不機嫌さを隠しもしないインゴさんが立っていた。
「あ、あの…」
「今度はソコで立ったままデスカ?ワタクシは来なサイと言いまシタ。
コノ位、飾りダケの頭デモ理解できるデショウ?」
「うっ…すみません。おじゃまします……。」
覚悟を決めたけど、最初からこうだと心が折れそうになる。
通されたリビングは必要最低限な物が整然と置かれて塵ひとつ落ちてない。
「ソコに座りなサイ。何を飲みマスカ?」
「あ…いえ、結構で…「何を飲みマスカ?」…っ、何でも良いです。」
革張りの大きなソファーに座ったんだけど、大きすぎて足が床につかない。
まるで自分が子供になった様に凄く心細くなってきた。
こんな状態で私は玉砕する事ができるんだろうか…?
俯いてたら足音が近づいてきて、目の前にコーヒーカップが置かれる。
その横にティーカップが置かれて、インゴさんは私の隣に座った。
「Sugar2個、Milk多め…でしたネ。先にいれたノデ飲みなサイ。」
「あ、ありがとうございます…っ!」
あれ?私はインゴさんの前でコーヒーを飲んだ事なんてないと思うんだけど…
どうして私の好みを知ってるんだろうか?あ、エメットさんが話したのかな?
一口飲めば柔らかな酸味とほろ苦さが砂糖とミルクを入れても口に広がる。
うわぁ、このコーヒーってどこのなんだろう、凄く美味しいから教えて欲しいな…
「ソレで?用件を聞きましょうカ。」
美味しいコーヒーに思わず緊張が解けてふにゃっとしてたら
隣から絶対零度の響きを持ったインゴさんの声がして現実に戻された。
チラッと横目で盗みたんだけど、その顔はいつもと同じで表情が読めない。
「あの、これを渡したかったんです…。」
恐る恐るバッグから黒地に銀色のアラベスク模様のラッピングの箱を出す。
深紫のベルベットのリボンのかけられたその中身はチョコレートボンボンだ。
エメットさんからインゴさんは甘い物が好きじゃないって聞いてたから
ブラックに近いビターチョコレートに同じくブラックモーツァルトの
チョコレートリキュールを使ったジュレを入れてある。
口も態度も尊大で冷たいけれど、ポケモンを見る目が優しかったり。
私がとてつもないヘマを仕事でした時に口では色々言ってたけど助けてくれた。
そんなちょっとした優しさを見せつけられていくうちに、好きになったんだ。
ポケモン達と同じ目で私を見て欲しい…なんて言ったらどう思うかな?
ラッピングを外して中身を見て、一瞬眉間に皺を寄せたけど
それから黙ってチョコをひとつ摘んで口の中に入れるとそのまま目を閉じた。
「Hmm…手作りでございますカ……甘味の殆ど感じられナイ外側と
ほろ苦さと甘さのバランスのとれた中身…コレはオマエガ?」
「は、はいっ!色々お世話になってるし、そのお礼と思って…」
「ソレだけデハ無いデショウ?」
「え?」
「遠回しな物言いハ、オマエ達の地方では美徳でしょうガ、ココはユノーヴァ
言いタイ事が有るのナラ、ハッキリと言いなサイ。」
持っていたコーヒーカップを取り上げて、私を真っ直ぐに見つめる瞳に
オロオロしてる私の姿が映ってる…
「……何か他の事を考えてマスネ?ワタクシを見なサイ。」
「うっ…すみません。」
思ったよりもガッシリとした大きな手が私の頬に添えられる。
それだけで私の心臓は一層大きな音を立てて騒ぎ出し、顔が熱くなってきた。
そんな様子を見て、スっとインゴさんの目が少し細まった。
「口先ダケの謝罪は無駄デス。オマエはワタクシの質問に答えれば良いのデス。」
「あ、あのっ!今日はバレンタインデーで、私の地方ではお世話になった人に
感謝の気持ちを添えてチョコレートをあげる習慣があるんですっ!!」
違うでしょう!って義理チョコもあるけど、これは違うでしょう!
でも本当の事をもう言う気力は無い。今日はもう渡せだだけじゃなく
食べてもらったんだから、それで十分……って事にしちゃおう。
「……強情デスネ。デハ質問シマス、オマエはコレを他の誰かに渡しましたカ?」
「いえ…」
「おかしいデスネ。ワタクシ以上にオマエはエメットに世話になってマス。
デハ、何故オマエはエメットに渡さないのデスカ?」
「そ、それは…っ」
どうしよう、まさかこんな風に切り返されると思わなかった。
俯こうとするんだけど、頬に添えられてたインゴさんの手が顎を掴んでて
それを許してくれない…それだけじゃない、なんだか距離が近くなってる?
「…コノ状況デノ沈黙ハ見苦しいノデやめなサイ。
、ワタクシはオマエの地方の習慣を知っておりマス。」
「う、嘘…」
「この状態で嘘を付く意味ナド無いデショウ?先程オマエが言ったノハ…
確か義理チョコ…という物デスネ?手作りでワタクシだけに渡した意味ハ?
ワタクシに嘘も言い逃れも通用しないノデ、ソノつもりで答えなサイ。」
普段と全く変わらない表情が逆に凄く怖い。駄目だ、もう無理だ
もうさっさと白状して玉砕してしまうしかない。
「わ、私の地方ではこの日、女の人から告白する日でもあるんです。
チョコレートと一緒に自分の気持ちを相手に伝える日なんですっ!」
「本命チョコ…デスネ?」
「そ、そうですっ!私は…っ、私はインゴさんが好きなんですっ!!」
言っちゃった、とうとう言っちゃった!もう後戻りは出来ない。
後はインゴさんの絶対零度の言葉で引導を渡してもらうだけだ。
この際だから、もうスパッと言っちゃって欲しい。
だけどインゴさんからは何の反応も無い。不思議に思って顔を上げれば
いつもと同じ表情でアイスブルーの瞳は私を見下ろしていた。
「あ、あの…」
「……ソレで?オマエはワタクシに何を望もうというのデス?
世間一般で言われる恋人同士の会話をワタクシと出来るとデモ?
その様な稚拙な願望は金輪際捨ててしまいナサイ。」
「は、はぁ…」
そんな事は別に望んでない…ただ傍にいたいだけなのにそれも駄目なの?
何を望むとか言われても、どうせ駄目だと思ってたから先の事なんて考えてない
「まさか何も考えていなかったとデモ?」
「え、えーっと…」
「…オマエはやはり馬鹿デス。普通、恋人になりたいと思うナラ
先のVisionを持ってるノガ当然、ソンな事も出来ないのデスカ?
ソレで本当にワタクシの恋人になろうと思っていたト?笑わせてくれマスネ。」
「うっ…すみません。」
凄く酷い事を言われてるんだって自覚はあるんだけど、その通りだから
それを怒るのはおかしいよね?うん、何も考えてない私が悪いんだもの…
「…何故…何故でございますカ?何故ココ迄言われて怒らないのデスカ?」
「だって、好きだって思うのは私で、その気持ちは誰に言われても変わりません。
インゴさん、もう良いです。私を拒むなら迷惑だって言ってください。」
直接インゴさんの顔を見てその言葉は流石に聞きたくないから
下を向いて目を閉じてその言葉を待ってたんだけど
「……誰が迷惑ダト言いましたカ?」
「はい?」
ビックリして顔を上げればすぐ近くにインゴさんの顔があって更に驚いた。
そのまま何が起きたのかわからないうちに私はインゴさんに抱きしめられてた。
「…ワタクシは、どうデモ良い人間に助力はいたしまセン。
自宅に招き入れる事も考えられまセンネ。時間の無駄でゴザイマス。」
「あの…インゴさ…「黙って聞きなサイ。」…はい。」
「低俗な人間に自分の時間を使う必要が何処にあるのデス?
ワタクシはソレ程暇デハゴザイマセン。オマエも知っているデショウ?」
「え?えっと、それはどういう事なんでしょうか?」
「ワタクシ、無駄口は持っておりまセン。」
それってつまり…インゴさんも私の事を……って事?!
ちょっと待って、待って!そんなの信じられるわけがないよ。
突然の急展開についていけなくて、混乱してた頭の中がもっと酷くなる。
こういう時、私は何をインゴさんに言えば良いんだろう。
「少々混乱状態の様でゴザイマスネ。今日はもう帰りなサイ。」
「あ、あの…っ」
「1週間後、ワタクシ休みでゴザイマス。オマエも予定を開けておきなサイ。」
腕を掴まれて立たされて、インゴさんを見上げればそのまま綺麗な仕草で
玄関を指差した。確かにここにいても混乱するだけよね。
インゴさんの言うとおり今日はもう帰った方が良いのかもしれないな。
「その…えっとお邪魔しました?」
「何故疑問形なのカ理解に苦しみマス。…Wait!。」
そのまま玄関を出ようとした私の腕を急にインゴさんが掴んだものだから
バランスを崩して後ろに倒れそうになって目をつぶってしまった。
だけど、次の瞬間凄い力で引き寄せられてなんだか唇に柔らかい感触が…
「……Hmm…悪くありまセン。」
「え?え??」
「ワタクシ、コレから本気でオマエと向き合いマス。覚悟ナサイ。」
それってどういう事?って聞こうとした時には、ポイって感じで
外に出されちゃったから、今何が起こったのかも、その言葉の意味も
インゴさんに聞く事は出来なくなっちゃった。
玉砕を覚悟してたんだけど、これって玉砕じゃないよね?
って事は、想いが通じた?…だけどそれもなんだか違う様な気がする…?