業務を終えた親父と兄貴たちと合流して、軽く飲んでから帰宅した。
それまでは全員上機嫌でなごやかだったのに、
「わあ?! それどうしたのジュニア!」
上着を脱いだ瞬間にクダリにわめかれて、思わず舌を打つ。
しまった、忘れてた。
ノボリも血相を変えてやってくる。
「これは一体……! 大丈夫なのでございますか?!」
注目の的になってしまった俺の左腕は、二の腕の途中から手首近くまで、包帯が巻かれている。
中に着ていたのが半袖だったので、思い切り見えてしまったのだ。
脱いだばかりだが、上着を着直す。
「大したことねえよ。擦り傷だ。広範囲だが、表面こすったくらいで深くはねえ」
「一体何があったんだ?」
親父まで心配そうに眉を寄せて覗き込んできて、触られる前にと俺は身を捻って腕を遠ざけた。
「スピード違反の取り締まりしてて、捕まえた奴が飲酒もやってやがったんだ。
それがばれそうになったからって焦ってアクセル踏みやがって、
ミラーに引っかかって引きずられて転んだ」
「ぎゃああ危ないー!」
悲鳴を上げたクダリを睨む。
「うるせえ。大事には至ってねえんだから大騒ぎするな」
「だってー! それ下手したら轢かれてるじゃん!」
「おまわりさんは大変だな……」
「気を付けてくださいまし……」
三人共から心底心配そうに見つめられて、なんとなくバツが悪くなって目を逸らした。
クダリがしつこく絡んでくる。
「ねえジュニア、こういうことって多いの? 怪我しやすい?」
「そんなでもねえよ」
とは答えつつ、目線が反れてしまう。
そりゃあ、デスクワークメインの会社員とかに比べれば、
警察官はどうしても怪我をしやすい場面に出くわすことの方が多いだろう。
でもそんなのは、他にもいくらでももっと怪我をしやすそうな職業の人はいるし……。
言い訳がましい内心を見透かすように、クダリの目がどんどん針のように細くなっていく。
なんだよ、と反射的に睨み返した俺に、ハンガーに上着をかけた親父が、ネクタイを解きながら言った。
「今日は俺が風呂に入れてやるから、先行ってろ」
「はあ?!」
ぎょっとしたが、親父は特にふざけているつもりもなかったらしく、普通の顔のままで続けた。
「ギプスじゃねえからそこまで神経質にならなくてもいいだろうが、
あんまり濡らさねえほうがいいだろう。石鹸がしみると痛えだろうし」
「いや、そんな大げさな……普段は一人で風呂にも入ってるんだから……」
「どうやって? それじゃ濡れた包帯を巻き直すのも一苦労だろ?」
「そりゃ、でかいゴミ袋巻いて濡れないようにして」
「成程、取って参りましょう」
頷いて、ノボリがさっさとリビングを出て行った。
おいおい。
「あっじゃあぼく、かえの包帯、用意しとこー。
化のう止めとかいる? まだじゅくじゅく? もうかさぶたになってる?」
おいおいおい。
「ビニール巻いても完全にはガードできねえだろ。
一人暮らしじゃ仕方ねえかもしれねえが、家族が家にいるとき位は甘えろ」
ほらほらほら、と三人から妙に強く促され、結局流されてリビングから押し出された。
「……」
「かゆいとこねえか?」
「……ねえよ……」
「そうか」
気まずい。
この年になって親父に髪洗われるって、なんだこれ、すげえ恥ずかしい。
バスタブの中に座ったまま、居心地悪くて背中を丸めると、洗いにくい、と後ろから叱られた。
「別に、本当に一人で入れるってんだよ……。小学生か……」
しかも親と風呂入るって、小学生でも低学年までじゃねえか?
俺も子供の頃はじいちゃんと風呂入ってたけど、3年生までだったぞ。
日本の風呂と違ってユニットだから、親父は袖だけまくって服を着たままだってことが、
なんか余計に気恥ずかしさを煽っている。
独身寮は風呂が共同だから、裸のつきあいなんか慣れたもんだが、これは……
なんというか、本当に小さい子供か、でなきゃ犬とかポケモンとかを洗ってやってる構図だ。
いたたまれない。
ほんといいから! とほぼキレそうな気分で言いかけたが、
「流すぞ。腕上げてろ」
という声と共に頭からシャワーをかけられて言いそこなった。
「今回以外でも、結構怪我はしてるんだな」
ふと聞こえた呟きに、顔を拭って振り返る。
「え?」
「傷跡。ここどうした?」
「あー、なんだったかな……。
ああ、車上荒らしを捕まえた時に、狭いとこに入って逃げやがって、破れたフェンスでひっかいたとこだ」
「こっちは?」
「えー……うーん……覚えてねえ。なんだろ」
「これは?」
「小学校の時にジャングルジムから落ちてぶつけて縫ったとこ」
「ここの」
「え、そんなとこにもなんかあるか? 背中なんか何で怪我したんだっけ」
背中をつつかれて驚いて振り向くと、親父が何とも言えない笑みを浮かべていた。
優しげな、でもちょっと切なそうな。
ぴしゃ、と濡れた俺の背中を手の平で軽く叩いて、しみじみと呟く。
「でかくなったなあ」
そりゃ20年も経ってれば、といつもみたいに悪態をつこうとして、できなかった。
「知らねえうちに身長も俺と変わらなくなって、こんなに筋肉もついて、
頼もしいおまわりさんになって……」
嬉しそうな呟きにほんのかすかに混ざる寂しさの色に、答えようがなくて、口を引き結ぶ。
困る。なんて言ったらいいのか検討がつかない。
だから、親父が
「あ、それは俺も知ってるぜ」
と明るい声を出して身をのりだし、俺のすねにある傷跡を指差した時は、正直ほっとした。
「アイロンにいたずらしててできた火傷だ」
「そうだっけ? 覚えてねえよ」
「幼稚園じゃな。でもあの時、お前、しばらく泣かなかったんだ」
「え? なんで」
親父はバスタブのふちに頬杖を突き、懐かしむような笑みを浮かべた。
「危ないって言われてたのに触っちまって、叱られるって思ったんだろうなあ。
だから隠してて、でも火傷ってほっとくとますます痛くなるだろ?
しばらくしてからようやくメソメソしだして、怪我してるって白状して。
なんで隠したんだってつい俺が叱っちまって、そしたらやっと大泣きした」
「……」
本人が記憶にない、幼い頃の失敗談を語られるのは、かなり恥ずかしい。
うーわー、と半眼になる俺に気付かず、親父は続けた。
「すぐに冷やせなかったから、痕になっちまったんだよなあ。
お母さんが凹んで凹んで、慰めるつもりで女の子じゃなくてよかったなって言ったら、
男の子でも痛いし痕が残ったら可哀相なのは変わらないでしょ! って俺が叱られた」
思わずふっと軽く噴き出してしまった。
「母さんなら言いそう」
ついでに、俺が火傷したって打ち明けた時のうろたえっぷりも簡単に想像がついた。
幼稚園の頃の母さんのことなんかほとんど覚えてねえけど、今の母さんとそう違わないんだろうと思う。
と、なると。
「ん?」
20年を経ていないこの人は、母さんなんて目じゃねえくらい、俺が幼稚園の頃の「お父さん」そのままなんだ。
そう気付いたら、なんか急に目が熱くなって、俯いた。
「どうした?」
「シャンプー入った」
「あーあー。ほら」
また頭からお湯をかけられて、目を洗うふりをして誤魔化す。
畜生、柄にもないことされたから、柄にもない感傷にひたっちまったじゃねえか。
ほとんど覚えていなかったから、再会したんだってことも良くわかってなかったのかもしれない。
途切れてしまう前の記憶が親父の中にも俺の身体にも残っていて、
それでようやく繋がったような、本当の意味でやっと再会できたような、変な気分だった。
「? まだ取れねえのか? 大丈夫か?」
温かい水の音の向こうで聞こえる声に、なんでもねえよ、と首を振る。
ちなみに風呂上りにはニヤニヤ笑いのクダリが待ち構えていた。
「ふふふふー、ほーら腕出してごらん、お兄ちゃんが包帯かえたげるっ」
「いや、いいから……」
「つべこべ言わずにおいでなさい。髪はわたくしが乾かしてさしあげますから」
俺をソファーにひっぱっていったノボリがドライヤーを構えるのを見て、
「洗面所にねえと思ったら」
って親父が可笑しそうに笑う。
「ほら。きちんと拭いて出てこなければ、風邪を引きますよ」
「腕出してー。ほどくよ?」
前から後ろから世話を焼かれて閉口する。
ノボリにわしわしとタオルで頭をもみくちゃにされながら、憮然とした。
「なんでそんなに嬉々としてんだよ……」
「えー? 別に嬉々としてないよー?」
「ええ。怪我をしている弟のために、仕方なく世話を焼いているだけでございます」
「嘘つけ」
明らかに面白がってんじゃねえか。
親父といい、兄貴達といい、なんだって不必要な所でまで俺を甘やかそうとするんだ。
「うわっ」
包帯を解いてガーゼを剥がしたクダリが声を上げる。
ノボリも絶句したらしく手が止まり、覗き込んだ親父も片目をすがめた。
「こりゃ痛そうだ」
「大丈夫なのでございますか?!」
「見た目派手なだけだって。広範囲だけど浅いから。ってさっきも言ったよな?」
「うー。でも痛そうだよー」
顔をしかめたあと、クダリはてきぱきと新しいガーゼをかぶせて包帯を巻き出した。
「……上手えな」
「へへーん」
なんでだよ、と疑問の目を向けると、クダリは手元に目を落としたままで微笑んだ。
「ノボリ、子供の頃ケンカばっかりしてたからね。
ジム巡りの旅の時は、ずーっとぼくが手当てしてたんだ」
「へえ……?」
なにやらかしてんだよ、と上を向いてノボリをからかおうとしたが、
お黙りなさい、とばかりにドライヤーがノボリの代わりにガーガー鳴きだした。
そろそろ抵抗するのもツッコむのも面倒になって、ソファに背中を預けて目を閉じる。
「過保護……」
ため息をついて、諦めた。
今日ぐらいは好きに世話を焼かせてやることにする。
とある少年の傷跡
身体が語るエピソード
410000HIT御礼、真魚様へ。
「じゃない設定でお父さんと息子達のお話。シチュエーション等は全てお任せ」でした。
お任せということで、ほのぼの系にしてみましたがいかがでしょう……。
こういうなんでもない所で、断絶していた親子の実感が育っていくのではないかと。
「実感ねー」なのはお互い様。
真魚様、410000HIT&リクエストありがとうございました。
2013.12.15
Copyright(c) 2013 all rights reserved.