二章・東奔西走編 番外
深淵に光射す (いつもの風景へ side ユノーヴァ)
※注意※
現地での話の為ボス達の会話も視点語りも普段の表記とは異なっております。
『こんな屈辱は初めてだよ!あの二人、達と知り合ってから
すっかり変わっちゃって、どうしたって言うのさ!』
書類の束をデスクに叩きつけて、エメットが叫んでおります。
えぇ、あちらの保全課の誰か…私達の希望としてはなのですが
こちらに出向させるべく、色々画策していた事を全て白紙撤回されたのです。
これには愚弟といえども、この状態になっても仕方がないかもしれません。
『特にだよね、やっぱり彼は凄い。
悔しいな、彼を出し抜けるような策が思い浮かばないよ。』
忌々しげに煙草に火をつけて、舌打ちをする様は
この弟にしては珍しいでしょう。元々軽い印象を周囲に与えておりますが
事実そうなのかと聞かれれば、決してそうではないのですから。
冷静と激情、狡猾と繊細、それら全ての均衡を意識的に保てるのです。
尚且つ、自分の本音すら綺麗に隠し通してしまうから始末に負えません。
私の目も気にせず、自分の感情を露わにしている事も気付いてないでしょうね。
『…随分楽しそうにしてるよね。
あの子が欲しいって言いだしたのはインゴなんだよ?』
『それについてはお前も反対しなかったでしょう?
私が楽しそうに見えるとすれば、お前が感情的になったからです。
昔はお前もクダリと同じ様に、感情の起伏が激しかったですからね。』
私の言葉に目を見開いたところを見ると、やはり無自覚でしたか。
デスクに肘をつき額に手をやって首を振っております。
『それを言うなら、インゴだってだよ?
その笑い方、昔ボクとノボリ達が遊んでいるのを見ていた時と同じ。
ねぇ、仮眠室でと一体なにがあったのさ?
僕としては君の変化はすごく嬉しいけど、気になるんだよね。』
上目遣いに細められた瞳は嘘は許さないと暗に申しております。
尤も嘘をつくつもりも無いので全てを話しました。
『お前が喜ぶような事は何一つありません。
眠るつもりなどなかったので、部屋を出ようとした所を掴まれて
黙って寝ろの捨て台詞付きでベッドに叩きつけられました。』
『あの子って、ホントに凄すぎる…よく怒らなかったね。それで?』
『ネクタイを緩められて、毛布を被せられました。
お節介だが心配だと言われて、目元に手を翳されました。そして…』
この先を言うのは少々気恥ずかしいのですが、事実を言わねば
愚弟の追及の手は終わりを迎えないでしょう。
ため息をひとつついて、言葉を続けます。
『私のフォローはお前でもできるが、代わりには誰もなれないのだと…
こんな状態では仕事もできないと言われましたので観念しました。
そのまま寝るまで傍にいて欲しいと言えば、肩を赤子の様に叩かれて
寝かしつけられてしまいました…それだけで、他は何もありません。』
『ちょっと待ってよ、何もありませんって…ありまくりでしょ!
君、そんな事今迄誰にも許さなかったじゃない。
あぁ…でも、そんな風に言われたら僕でも観念する…かな?
そっか、だから困ったちゃんなんて子供扱いしたんだ、納得したよ。』
『…どういう事ですか?』
その話は知らないので、私が眠った後のやりとりなのでしょう。
確かに自分でも子供の様だと思いましたが、そこまで言われるのも心外です。
『あのね、君がそういう風になると誰も手がつけられないでしょ?
は、君が人に頼る事を徹底的に嫌うからわかるって言ったんだ。
そんな事をしてたら、身体だけじゃなく心も悲鳴を上げるってね。』
『だから子供だと?…確かにそう言われても仕方がないですね。』
彼女自身、心に傷を負っているはずですが私の様にはなりません。
それはきっと、それすらも乗り越えているからなのでしょうか?
だとすれば、その様に思われても仕方がないかもしれません。
『そう言う事だけでもないんだよ。
僕の声はインゴ、君には届かないってちょっとに愚痴ったんだよね。
でもさ、そんな事ないって…君の性格からしたら僕の声が届いてなければ
一緒に仕事なんてしてないだろうって言ったんだ。
そして、言う事を聞かない困ったちゃんですねーって、ね。
そっか…の言葉は、それぞれ僕達に効果は抜群だったみたいだね。』
…貴女という人は…
私達の状況など知らないはずなのに、一番欲しかったものを与えるのですね。
だからノボリもクダリも貴女を、貴女達を手放そうとしないのでしょう。
えぇ、私も逆の立場なら同じ事をすると断言できます。
『そっか、だからとことんお節介しちゃうって言ったんだ。
インゴ、気をつけたほうが良いよ?
君がまたあんな感じになって、僕の手に負えなくなったらお節介をするってさ。
何度でもベッドにぶん投げて寝かせてくれるんだって言ってたよ?』
その時の様子を思い出しているのでしょう。
エメットが珍しく素の表情で笑っております。
私もその時のを簡単に想像できるので、思わず笑ってしまいました。
『…ねぇインゴ、自分で気がついてる?
君もノボリ達と同じで達と知り合ってから表情が出てきてる。
昔みたいに笑ったり、僕に気を遣ったりしているんだよ。
それは多分僕も同じなんだろうけど、そういう変化は凄く嬉しいよ。』
自分でもこの様に笑ったのは久しぶりだと思いますよ。
あぁ、お前のその笑顔も昔と同じですね。久しぶりに見ました。
この様に笑い合えるなど少し前の私達には想像もできませんでしたね。
『そう言う事なら、余計にこっちに来てもらわなくちゃね。
さて、これからどうしてやろうかな…。』
『…クダリがあそこまでをこちらによこしたくないと言うのは
元はといえば、お前の素行の悪さが問題だと自覚してますか?』
私の言葉に、一瞬言葉を詰まらせて眉間に皺をよせる弟は
今までの様な張り付いた笑みを忘れてしまったように表情豊かですね。
ですが、それでこそ本当のエメットの姿でもあるので問題はありません。
『今までの事は確かに…ね。だって仕方がないでしょう?
誰かを本気で好きになんてなっちゃいけないんだから。
僕には狂った愛情を貫き通した父親の血が流れているんだ…
だけど、ひとりは嫌だしね。それなら一時の関係を持つしかないでしょ?』
『エメット、お前は…』
お前も父さんの血の呪縛を恐れていたと言うのですか?
しかし、あの生き様を間近で見ていたのならば仕方がないでしょうね。
とった行動は真逆であっても原因は同じとは、なんて滑稽なんでしょう。
『僕はインゴみたいに強くはないからね。一人は嫌なんだよ。
幸いこのルックスと地位のお陰で来るものは多いじゃない?
僕の事を知ろうとしないで近づいてくる相手に、本気にもなれないけどさ。
だから、今までの関係でも別に構わないって思ってたよ。
これは、あの従兄弟達には理解してもらえるはずもないけどさ。
インゴ、君ならわかってくれるんじゃないのかな?』
『だから最近のお前は、以前のような浮ついた行動をやめたのですね?
成程…ずっと不思議に思っておりましたが、今理解できました。』
『うん、くだらない事をする必要がもうないんだからね。
身体だけ満たされても、結局は虚しい事なんてわかりきってる。
それよりも心が満たされてる方がずっと良いに決まってるでしょ?
こっちに戻ってきてからも、結構あの3人とはライブキャスターや
ライブチャットで話をするんだけどさ、それで満足できるんだ。』
あぁ、私は自分だけを不幸だと思っておりましたが間違っておりました。
そばで見ているだけで、何もできないという事がどれだけ辛いのか
父さんと暮らしていて、嫌という程味わっていたというのに
私はお前にまたその思いをさせてしまっていたのですね。
たったそれだけの事にすら満足できる程、お前の心は乾いていたのですね。
『エメット、今すぐにと言うのは難しいかもしれません。
彼等にはイッシュでやらなければいけない事があるそうですから。
ですが、その後の事についてはまだ何も決まっていないはずです。
なんとしてでも、彼らをユノーヴァに連れてきましょう。』
『インゴ…だけどさ…』
問題はだというのでしょうが、それだけではありません。
も、そしてもそれぞれになんらかの問題があるのですから。
ですが、その様な事は私達には関係ありません。
欲しいものは必ず手に入れる、それが今までの私達だったのですから。
『無理難題を押し付けてこちらに来ても、今までの様な関係は無理ですが
要は、彼等がこちらに来たいと思えばいいのでしょう?
お前はの言質という切り札を持っているのですよ。』
『クッ…インゴ、今の君凄くいい笑顔だよ!
そうだったね、フフッ…に感謝しなくちゃいけないな。
お陰でに反撃する事も出来そうだよ。』
お前のその笑顔も相当なものだと思いますがね。
私の辞書に敗北という文字はないのですから、勝利目指すのみでしょう。
『どうせなら、今から宣戦布告しなさい。
時間をおいてしまえば、あの連中に猶予を与えてしまいますからね。』
『オッケー、それじゃのパソコンにライブチャットの招待出すかな。
どうせ、傍にあの連中がいるんだろうから良いよね?』
パソコンのライブチャット機能を起動させながらエメットの顔が
バトル中のそれに変化していきました。
そして、私の顔も同じ様に変わっているでしょうね。
これはバトルと言っても過言ではありませんから。
『インゴ、僕も君も自分達に何が必要なのか…何が欲しいのかって
ずっとわかってて、見ないフリしていた訳だけどさ、
でも、それはもう終わらせてもいいよね?
僕は昔の自分に戻りたい…ううん、戻る事は無理だと思うから
自分の気持ちに、もう嘘ついたり、誤魔化したりなんてしたくない。』
『私が許可します、お前は勝利目指して全速前進しなさい。
勿論、私も全面的に協力してやりましょう。』
相変わらずの上からの言い方がムカつくと言われましたが
その部分まで変えるつもりはありませんから。
今迄お互いにバラバラで暗闇の中で彷徨っていた私達が
やっと出会い、そして一筋の光を見つけたのです。
その光の方へ向かい、暗闇から抜け出したいと思うのは当然の事でしょう?
あの従兄弟達は、既に勝利したと錯覚しているようですが
本当の勝負はこれからなのだという事を、しっかり教えて差し上げましょう。