望まれた悪夢 ( 納涼!地下鉄の怪談2016 ) -<small>※注意※<br> 現地での話の為ボス達の会話も視点語りも普段の表記とは異なっております。</small>-

望まれた悪夢 ( 納涼!地下鉄の怪談2016 )

※注意※
 現地での話の為ボス達の会話も視点語りも普段の表記とは異なっております。



ゆらゆらと揺り篭が揺れる様な感覚に我に返れば、そこは見た事のある部屋

ここは…あぁ、ぼくはいつ『家』に帰ってきたんだろう。


大きく伸びをして、ベッドから起き上がり見慣れたはずなのに

どこか懐かしいって感じるクローゼットを空けて着替えをだしてから

シャワーを浴びる。身支度を終えて部屋を出ると──────



「おはよ!もう朝ご飯出来てる。早く食べないとインゴ兄様に怒られる。」


「エメット兄様、顔色がよくありませんが大丈夫でございますか?」



既にダイニングテーブルに座ってた弟達が同じ顔でこっちを見てる。

髪型が違うだけで、双子のこの子達は仕草までそっくりだ。



「確かにそうでございますね…今日は仕事を休んだほうが良いでしょう」



エプロンを外してこっちに来たインゴ兄さんが心配そうにボクを見てる。

その顔を見て、なんだか凄く泣きたくなったのはどうしてだろう

体調は別にどこがおかしいとかってないんだけど疲れてるのかな?



「大丈夫、ちょっとここの所仕事が忙しかったでしょ?

もうちょっとで落ち着くから頑張らなきゃ!急がないと遅刻するよ。」



目の前に出された食事はいつも通り美味しくて

食後にクダリと一緒に食器を洗ってから仕事に行く準備をする。

そのまま4人でギアステに出勤して執務室に入ってから着替える。

朝礼が始まる前に4人でちょっとした打ち合わせをするんだけど



「エメット兄様、なんだかやっぱりちょっと変でございますよ?」


「あ、ゴメンねノボリ。なんだろう、いつもやってる事のハズなのに

初めてやるみたいな感じ?がして、ちょっと自分でもびっくりしてる。」


「jamais vois…ジャメヴュでございますか?

わたくしも極稀にその様に感じる事がありますが、疲れている証拠では?

大丈夫ですかエメット、その様な状態でバトルができますか?」



ジャメヴュかぁ…そう言われればそうなのかな。

3人がボクを囲んで心配そうにしてるから、安心させなきゃダメだ。



「大丈夫、なんだかまだちょっと寝ぼけてる感じ?」



笑っておどける様に言っても心配症な弟達はぼくのそばから離れない。



「休んでもエメット兄様の変わりはボクがするから大丈夫!

一番はマルチだけど、ダブルだって結構得意だったりする。」


「私達は4人揃ってこのバトルサブウェイのトップでございます。

それぞれがお互いを支え補い合ってやってこそでございましょう。」



4人揃って…そっか、そうだよね。でもぼくの代わりは誰もなれない

だからこそ、ホントにしっかりしなくちゃ!


パン!と手袋をつけた両手で軽く自分の頬を叩いてから

3人に向かって笑ってみせる。デスクにあった書類に目を通しながら



「4人揃ってたって忙しいんだから、皆で頑張らなきゃでしょ?

ぼくは大丈夫だから!インゴ兄さん、この書類は下に流して良いんだよね

クダリ、ハロウィンの企画書、そろそろ出さないと間に合わないよ。

ノボリ、人事のベースアップ対象の評定って今どこまで進んでるの?」



きっと家でも職場でも皆と一緒にいるから切り替えがうまくいかないんだ

そういう時ってよくある事で、ぼくが変だからじゃあないはず…だよね?


朝礼が終わると呼び出しがかかったからそれぞれのホームに別れた。

インゴの乗るシングルは相変わらずチャレンジャーが多いなぁ

でもここのチャレンジャー達はわりと偏らず利用してくれてるから

ダブル担当のぼくも、マルチ担当のノボリとクダリもそれなりに忙しい。

さっきまでのあの感覚は勤務を始めたらなくなったからもう終わり。

そう思っていたんだけど、どうも違うみたいだ。



「エメット、顔色が良くありませんね」


「ホントだ、朝より酷いかもしんない。大丈夫?」


「今日の業務はもう終了しましたので帰りましょう。

エメット兄様は少し休んでから食事をした方が良いのかもしれませんね。」


「ゴメンね、なんだかホントに変な感じなんだ…やっぱり疲れてるのかも…」



さっきは全て初めての様な感覚だったんだけど、今は違う。

なんて言えば良いんだろう…やる事全てに凄く違和感を感じてるんだ。

目の前の3人に対しても全く知らない人と接している様な感じだし

だんだん時間が経つにつれて身体も怠くなってきてる。


帰りましょうとインゴに背中を押されてギアステから出れば夜も更けていて

ユノーヴァ特有の濃い霧が辺を包んでいた。え、霧って…?



「この霧って…」


「霧など見飽きているでしょう、さぁ帰りますよ。

今日は特別にエメットの好きなプディングを食後につけて差し上げましょう。」



「いや、だってここは…」


「それでは私は寝酒としてとっておきのワインをお出ししましょう。」



ぼくの言葉を遮る様にインゴとノボリが話しかけてくる。

この二人って基本、人の話は最後まで聞いてから自分の話を始めるはずだ。

ぼくの知ってる二人は…あれ、どうしてこんなこと考えるんだろう。



「もう、ホントにエメット兄様変だよ!仕方ないから今日はボクが一緒に寝てあげる

そうすれば明日にはきっと元気ないつものエメット兄様に戻ってる!」



そう言ってクダリがぼくの手を引いて家に帰ろうとしてるんだけど、それってどこ?

あぁ、そんな事すらわからなくなるなんてどうしちゃったんだろう!

溜息をついて手の引かれるまま歩き出そうとしたんだけど、その景色にぞっとした。

夜で霧が濃いってのはわかるけど、どうして周りの町並みが見えないの?

街灯らしき灯りはみえるけど、それなら建物も見えるはずなのに一切見えない

ただただひたすらに暗い道に、思わずぼくはクダリの手を振り払った。



「「エメット兄様?」」


「エメット?」



三人が不思議そうにぼくを見る。その顔にすら違和感を感じてしまう。

考えろぼく、一体何に違和感を感じているの?なにが違うって思ってるの?



「ぼく達が一緒に過ごしたのはイッシュのはず、だけどここはユノーヴァ。」



うん、確かにぼくはインゴと一緒にユノーヴァに行った。

でもノボリとクダリはイッシュに残ってた。行ったのはボクとインゴだけだった。



「ノボリとクダリのぼくの呼び方が違う。」



小さな頃は確かにエメ兄様って呼ばれてた。あのままずっとイッシュにいたのなら

もしかしたらこうやってエメット兄様って呼んでくれたのかもしれない。

ぼくはノボリとクダリからエメットって呼び捨てにされてた…うん、納得できる。



「エメット…」



心配そうにインゴがぼくを見る。だけど一番の違和感はこれなんだ。



「インゴは滅多な事でぼくをそう呼ばないし、優しくもない。」



優しくないってのはちょっと語弊があるけど、インゴのはわかりにく…かった。

いつも愚弟と言ってバカ扱いするし、言い争うとすぐ手が出てきた…はずだ。

今を否定して、それじゃあどうだったのかって考えたらするすると浮かんできた。

そしてそっちの方が断然腑に落ちる…っていうかストンと納得できてしまった。


ボクがへんなわけじゃないって考えに妙に安心した。

それなら目の前の3人は誰?ボク、知らないうちにハイリンクでもしたのかな?



『愚鈍な頭でもやっと理解しましたか』



後ろから急に拍手とBlabo!って声が聞こえて思わず振り返った。

サブウェイボスの制服姿で手袋をつけたまま無表情で拍手をしてるインゴがいて

その後ろには霧がかかっているけどギアステのホームがうっすらと見える。



『インゴ…だよネ?』


『非常に不本意でございますが、違うという答えは存在いたしません。

私の手を煩わせるのとか良い度胸でございます。いい加減目を覚ましなさい。』


『え、これって夢なの?色々リアルすぎでしょ!』



夢を見てると、時々これは夢なんだって考えながら見てる時もあるけど、今は違う。

むしろ今が現実って言われても不思議じゃないくらいリアルすぎる。

そんな事を考えてたら、いきなり右頬に衝撃を感じて身体が後ろへ飛ばされた。



「エメット!」


「「エメット兄様!!」」



偽物(で、良いのかな?)の3人の方がボクを心配してるとかどうなんだろうね!

そんな事を考えてたら目の前のインゴがボクを殴ったらしい左手を振りながら

ゆっくりと近づいてくる。その目が3人をチラッと見てからゆっくり閉じられて



『あの衝撃なら、口の中が切れても不思議ではございません。

痛みだけではなく、腫れもするし脳震盪で目眩が起きるかもしれません。

私の見たところ、その様な状態は見られないのですがどうですか?』



確かに衝撃は感じ…た様だったけど実際はどうなんだろう。

痛みも感じてないし、口の中が切れてもいない、頬も腫れてないみたいだ。



『インゴ、今のボクの状況を教えて。』


『本当に何も覚えていないのですね…記憶領域が仕事をしないとは情けない。

お前はバトル中に対戦相手のデスマスのあくむを受けたのでございます。』


『それってちょっと拙いよね!』



あくむ は文字通り悪い夢を見続ける。ポケモンと違うのは自発的に覚めない事

最悪そのままずっと眠り続けて衰弱死するケースだってある。

でも、ボクのこの夢を悪夢と呼んでも良いんだろうか。これはあまりにも…

ボクを庇うようにしてインゴの前に立つ3人の後ろ姿を見て考える。

もしボク達がユノーヴァに行かなかったとしたらイッシュで過ごしてたら

父親に引き取られさえしなかったら…3人とこんな感じで時を重ねたのかもね。


ボクが何も言わないから、きっとインゴはボクがこっちにいたいと思ったんだろう

感情の読み取れない視線をボクに向けて、両手を後ろで組んでゆっくり口を開く。



『拙いかどうかはオマエが決める事でございます。

現実逃避の茶番を続けたいと言うのならここにいれば良い、好きになさい。』



ちょっと前のボクだったら、インゴに見捨てられたと絶望してただろう。

でも今は違う、本当にインゴってば言葉が足りないよね!



『…ねぇ、インゴがこの状況になってたらどうしてた?』


『私ですか?こんな生温い場所はゴメンでございます。

今の状況を気に入っておりますので全てを捨ててまで残る価値などありません。』



くだらないと吐き捨てるように言う言葉に嘘は全く感じられない。

今の状況っていうのはサブウェイボスとしての地位ってだけじゃないよね

その中にはつい最近知り合ったあの連中も含まれているんだろうな。

気がついたらこっちのテリトリーの深くまで入り込んじゃったあの3人だけじゃなく

以前よりは随分マシになった従兄弟達の事も入っているんだ…と、思う。

そういう事ならボクの答えだって決まりきってるよ。



『ボクもちょっと前ならここも良いかなって思ったけど今は違うからね。

今の状況を捨てる程ここに魅力はないね!生温い…たしかにそんな場所だね。

行こうインゴ、ボクの居場所はここじゃない。』



ボクの前に立ってた3人の横を通り過ぎて、インゴに近づいた。

最後にもう一度優しいインゴなんてもう見れなさそうだから見ておこうと振り返る。



『……嘘…でしょ?』


『どうしまし…これは……貴方達は…っ!!』



釣られて振り返ったインゴも言葉をなくした。

見慣れた3人の姿じゃない、だけどボク達はこの3人を知ってる。



『父さん…叔父様、叔母様……』



ノボリとクダリだった叔父様と叔母様が笑ってこっちを見てる。

叔父様はインゴだった父さんに何か言って背中を叩いている。そしてインゴだった

父さんはいつも見ていた泣きそうな顔からボク達を見て笑って頷いていた。

こんな顔初めて見る。


思わず3人に駆け寄ろうとしたんだけど、足が動かない。

3人が首をゆっくり横に振ってからボク達の後ろを指差す。

これは、きっとそっちに戻ってしまったらもう帰れないって事なんだろうか。

何度も頷いて後ろを指差して、そして手を振る。あぁ、もう行かなきゃ駄目なんだね



『行こう、インゴ。』


『えぇ、そうでございますね。』



ボク達は3人に向かってありったけの思いを込めて手を振った。

その後は振り返らずにぼんやりと見えるギアステに向かって歩き始める。

あれだけ濃かった霧がだんだん薄くなって、ギアステの姿がはっきり見えだした時

強い光がボクを包み込んで思わず目を強く瞑ってしまい意識を失ってしまった。


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次に目を開けた時はボクは医務室のベッドにいた。

ボクが起き上がったのに気付いたドクターが診察したけど問題はないみたい。

制帽とコートを着て、ボクは執務室に戻った。



『ドクターは何と?』



自分のデスクで咥え煙草のまま書類を見ていたインゴがボクをチラッと見る。

コーヒーサーバーに向かって自分の分のコーヒーとインゴの紅茶を用意して



『特に問題はないって、後から症状が出るようなら病院に行けって言われたけど

そんな事にはならないでしょ。あの人達がそんな事するわけないじゃない。』


『…ですね。』



持ってた紅茶を渡してそう言えば、何処か遠くを見ながら返事がかえってきた。

ぼくもどこを見るってわけじゃないけど、きっと同じ顔をしてるんだろうな。



『くだらない話は時間の無駄でございます。遅れを取り戻しなさい。』



これでこの話はもう終わりってインゴは切り上げたからもう聞けないけど

インゴはどうやってボクの悪夢?の中に入ってきたんだろうか?

デスクに山積みにされた書類を手にして、コーヒーを飲みながら考える。


もし…もしあの場所にずっといる事を決めたのならどうなっていたんだろう。

あの3人が本物だったのかどうか、今じゃあ確かめる術はないけれど

ボクはボクの意思でこっちに戻る事を選べて良かったと思う。

そもそもあれを悪夢と言っても良いんだろうか…いや、多分悪夢なんだろうな。