桜吹雪は巡る
いつもの様にギアステを出て、アパートに帰る途中
どこからか風に乗って、見慣れた物が運ばれてきて俺は目を細めた。
どうせ後は帰るだけなんだしと、その出処を探して脇道に入ってすぐ
小さな公園の中にそれを見つけた時は、何とも言えない気持ちになった。
「まさかこんな場所で見る事ができるとは思わなかったな。」
公園の中、数本植えられたそれは桜の木。
もう満開の頃を過ぎたんだろうな、ちょっとの風に花びらが散っている。
ガキの頃は色々な行事にノリノリだった両親に連れられて
両親が他界して、の家に引き取られてからは
これまた同じ様にノリノリな性格のアイツの両親が音頭を取って家族として
成人してからは職場の恒例行事として
もしくは仲間達と名所と呼ばれる場所に態々行って
向こうの世界で、俺の年間行事の予定にはいつも花見があった。
公園の中に入って、樹の下に立って下から散り際の桜を眺める。
そういえば、こっちの世界に来てから桜を見るのは初めてかもしれない。
子供の体になって、必死にこっちの世界に馴染む努力の日々だったし
体が成長してからも、仕事に、バトルに、そしてミッションにと追われて
周囲の景色を見る余裕なんて俺には無かった。
こっちの世界で何度季節を過ごしたんだろう、もう少しで俺のこの体は
向こうの世界での俺と同じ時を迎える。
それは俺だけじゃない、ももももだ。
「おや、ではございませんか。」
「あれー?結構前に帰ったと思ったけど、どーしたの?」
「おう、こんな所で何黄昏てやがるんだ?」
思考の海に沈んでた頭が、聴き慣れた声で一気に現実に引き戻される。
振り返れば、割とラフな格好のノボリとクダリ
そして通勤用にいつも着込んでいるスーツ姿のが立っていたんだが
向こうの世界のコイツの姿とダブる。
外見上では向こうの世界の時と変わらない姿は、俺も同じなんだがな。
「いや、こっちでこうやって桜を見たのは初めてじゃねぇかってな。」
「あ?桜なんざシンオウにいた時もカントーでもジョウトでもホウエンでも
いくらだって咲いていたべや?」
の言葉に俺は驚いた。
あぁ、そうだった。桜は咲いていたんだろう。俺が見ていなかっただけなんだ。
「そうなんだろうが、記憶に残ってる桜はあっちの世界の桜しかねぇんだよ。
そう考えると、俺も結構こっちの世界で余裕が無かったんだと思ってな。」
「たまに旅行で来て、ついでにチャレンジするカントー地方の人達が
こっちにもサクラがあるって、嬉しそうに話してた事がある!」
「サクラはカントー方面ではもっとも愛されてる花でございましたね。
ですが、余裕のないというのも想像がつかないのですが…
貴方はいつも私達より遥かに周囲を見渡していらっしゃるでしょう?」
「ノボリ、それはお前の買いかぶりってヤツだぜ?
コイツは確かに俺達の中では全体をいつも見て動いてやがるがな
肝心な近くにあるモンが目に入ってねぇ事がザラにあるんだ。」
灯台下暗しってヤツだ、なんて言って俺に向かって顎をしゃくる様子に
ちょっとムッとしたが、確かにそういう所があるって自覚はある。
言い返せないってのを悟られたくなくて、桜を見上げてたら
また風が吹いてハラハラと花びらが風に乗って舞い散った。
その光景に目を細めてたら、隣にが並んで俺と同じ様に桜を見上げる。
「桜を見れるだけの余裕が出来たって事だろ?てめぇにしたら上出来だ。
これで俺の苦労も少しは減ってくれると有難ぇんだがな。」
「うるせぇよ、お前はそうやっていつも余裕ぶっこいてるが
不測の事態に一番弱いのは、誰よりも俺が身を持って知ってるんだからな。
その言葉、そっくりそのまま返させてもらうぞ。」
「ボクから見たらどっちもどっち?かもしんないんだけど。」
「クダリ、そこでその言葉は地雷と同じでございます。
あぁ、こうして下から見上げると大変美しゅうございますね。
はサクラを見て、何か考え込んでいた様にお見受けしましたが?」
といつもの様に軽い言葉の小競り合いを楽しんでいたら
ノボリもクダリも俺等の傍に来て、同じ様に桜を見上げた。
「向こうの世界では花見っていう行事があって
俺の年間行事にはいつも花見があったなぁって思い出してたんだよ。
だが、こっちの世界に来てからはやった事が無かったな…ってな。」
「お花見って、花を見てどーするの?」
「おや、その様な行事があるとは存じませんでした。」
「花見ってのは、こうやって咲いてる桜の樹の下で皆で集まって
弁当や酒なんかを持ち込んで、食ったり飲んだりして騒ぐんだよ。
ぶっちゃけ、花なんか二の次で皆そっちがメインだったりするし
向こうの世界の俺達の地方じゃ、ジンギスカンってバーベキューみてぇな
料理があってな、大抵のヤツが桜の下でそれをやってたんだ。」
そう言って、落ちてきた桜の花びらを手に取ると
はそれを見つめてからゆっくりと目を閉じた。
「確かにこっちの世界に来てからは花見をやってなかったが
ガキの姿から人生をやり直してたんだから、そんな余裕なんて無ぇよ。
だが…そうだな、そろそろまたやっても良いのかもしれねぇな。
丁度今の俺達の姿はこっちの世界に来た時の向こうの俺達の姿と同じ
その位の年月が経ったんだ、余裕も出来て当然じゃねぇのか?」
あぁ、やっぱりもそう感じてたんだな。
俺が怖いと思った事を、コイツは余裕が出来たと解釈して前に進もうとする。
その潔さが、散りかけのこの桜と重なって見えて思わず笑っちまった。
「人生は楽しまなきゃつまらないってか?
そうだな、ここの桜はもう散りかけてるから無理かもしれないが
桜は種類によっちゃあ咲く時期が違うからな。
八重桜なんかだと今が見頃だろうし、探せばあるかもしれないから
見つけて、皆で花見も楽しそうだな。」
「うわー、お花見ってやった事ないからやりたい!
ヤエザクラ?聞いた事ないけど、調べたらあるかもしんない。
だけど、イッシュでは公園等の公共の場での飲酒は禁じられてる。
アルコール抜きになるけど、それでも二人共オッケー?」
「酒の無ぇ花見なんざ、餡子の入ってねぇ大福と同じだろう!
ったく、郷に入れば郷に従えってか?仕方が無ぇから我慢してやるよ。」
「それでも大変楽しそうで、よろしゅうございますね!
では早速私達は家に帰って、ヤエザクラ?の場所を調べてみます。
わかりましたら、明日にでも皆に話して日時を決めてしまいましょう!」
それでは!と、ノボリとクダリは小走りに帰っていった。
その姿が、まるで花見を楽しみにしている子供みたいに見えて
見送ってた俺等は思わず吹き出しちまった。
「…桜の花に酔ったか?俺が見つけた時のてめぇの面は
迷子になったガキみてぇだったぞ、どうせくだらねぇ事を思ったんだろ。」
「まぁな、なんだか急に一気に時間が流れ始めた気がして、怖くなった。
グダグダ考え込むのも、ウジウジ悩むのも俺らしくないってか?」
「てめぇはドーンと構えてりゃあ良いんだよ。
どうせ細かい事は全部俺に丸投げするべや、悩むだけ無駄ってモンだ。」
そう言って俺の肩を叩いてから歩き出したの後を俺も追う。
こっちの世界に来て、この世界で生きるって決めたんだ。
動き始めたかの様に思えた時間も、この先こうやって時を重ねると考えれば
恐れる事なんて全く無い、むしろ楽しみにすら感じられる。
強めの風が背後から吹いて、まるで俺等を後押しするかの様に
桜の花びらが一斉に舞い踊った。