閑静な住宅街のそばにある小さな林の中を小さな子供達が走っていた。
時折後ろを振り返りながら、やがて目の前にある木に一人が登り始める。
「クダリ、早くっ!」
「ノボリ待って!バチュル潰れちゃう!」
ノボリと呼ばれた先に木に登った子供は、クダリと呼んだ自分と瓜二つの子供に
小さな手を必死に伸ばし、その手を掴むと上に引っ張り上げた。
程なくして、唸り声を上げながらグラエナの群れが一斉に現れ
二人が登った木を取り囲んでしまった。
「クダリもっと上へ!」
「うん!」
グラエナがジャンプをしても届かない場所まで登ると二人は幹にしがみつき
怖々と地面を見下ろした。
グラエナは全く諦めた様子を見せずに周辺をウロウロしている。
時折上を見上げて二人の姿を確認すると、怒りのこもった唸り声をあげた。
「ふえっ…」
「クダリ、泣かないでくださいまし。バチュルは?」
怖さが限界まで来てしまったのだろう、クダリが灰色の大きな瞳を歪ませて
ポロポロと涙をこぼし泣き始めてしまった。
ノボリは自分も怖いのを必死に我慢して、クダリを抱きしめる。
「バチュル泣いてる。怪我もしてる!」
クダリの小さな手の中にいるバチュルは目を閉じて震えていた。
体中に大小の傷があり、痛みの為か恐怖の為なのか綺麗な青い複眼から
とめどなく涙がこぼれ落ちていた。
この林を探検するのが大好きな二人は幼稚園から帰ってくるとすぐに
カバンを放り投げて遊びに来ていた。
いつもの様に小さな藪をかき分けて林の中心にある野原に向かっている時に
小さな悲鳴と大きな唸り声が聞こえ、そちらへ足を運んだのだった。
悲鳴の元は現在クダリの手の中にいるバチュルで、なにが原因かわからないが
グラエナの群れに襲われていた。連中の牙なら簡単に仕留めることができるのに
遊んでいるかの様に、バチュルを徐々に痛めつけていた。
『良いですか、命はどんな生き物でも平等でございます。
例え小さな生き物にも命はあり、それはとても大切なものなのですよ?』
『あのね、傷ついた命は守らなくちゃいけない。助けなきゃいけない。
どんな時でもそれはすっごく大事な事。だから覚えていてね?』
大好きな両親はいつもそうやって彼等に命の大切さを教えていた。
その言葉を幼心にもしっかりと刻み込んでいた二人が何をするかなど
すでに決まっていたも同然で、小さな手に近くに落ちていた木の枝を持ち
無謀にも群れの中に飛び込むと動く事も出来なくなっていたバチュルを
クダリが助け出して、一目散に家のある方向へ駆け出した。
獲物を横取りされたグラエナが怒り、追いかけてくるのは当然だろう。
「ノボリ、ごめんなさい。ボクが転んだから家まで行けなかった。」
「気にしちゃダメ!でございます。それより怪我は?
あー!血が出てる…痛かったでしょう?大丈夫ですか?」
泣きべそをかきながら謝るクダリの膝は擦り剥けて血がにじんでいた。
ノボリはポケットからハンカチを出すと、膝に巻きつける。
それを見て、クダリはプルプルと首を横に振った。
「ボクよりバチュルの方が痛い!早くポケモンセンターに行かなきゃ。
だけどグラエナ帰ってくんない…どうしよう…どうしようノボリぃ…」
帰る気配の全くないグラエナを見下ろしながら、とうとう本格的に泣き出した
クダリを抱きしめていたノボリもどうする事も出来ない状況に困り果てて
曇りのない灰色の瞳に涙を浮かべる。
二人でグスグスしていると、不意にノボリのシャツの裾を何かが引っ張った
「ふえっ…?ヒトモシ…ですか?」
「モシっ!」
「ノボリ危ない!ヒトモシは命を吸い取るって父様が言ってた。
ノボリの命吸い取られたくない、ヒトモシあっちへ行って!!」
「クダリ、何でも決めつけちゃダメだって母様が言ってました。
ヒトモシが泣きそうになってます。そんな事言っちゃダメ!でございます。」
ノボリに注意されてクダリが見れば、自分の言葉に傷ついた様に
ノボリのシャツの裾を握ったままのヒトモシがいた。
「あ、ごめんなさい。でもノボリに何かあったらイヤだもん。
ヒトモシ、ノボリを吸い取らない?何にもしない?」
「モシ?モシモシっ!」
クダリの問いに全身で違うと意思表示をした後にヒトモシは
ノボリの膝の上に乗って甘える様に身体を摺り寄せた。
「すっごく可愛いですね!ヒトモシ、私はノボリです。
こちらは双子の弟のクダリ、よろしくお願いします。」
「ボク、クダリ!さっきはゴメンネ?許してくれる?
ボク、ヒトモシとお友達になりたい!」
「ノボリも!ヒトモシ、私達とお友達になってくれますか?」
自分の前に差し出された二人の手の意味がわからず、首を傾げていたが
ヒトモシは二人の笑顔を見た後で嬉しそうにクルクルと回り始めた。
その姿に二人の笑顔がもっと深くなる。
樹上で和やかな雰囲気を醸し出しているのが気に入らないのか
地上ではリーダーと思われるグラエナが咆哮を上げた。
それを合図に他のグラエナ達が一斉に二人のいる木へたいあたりを始めた。
「「きゃーっ!!」」
衝撃にお互いをかばい合うように幹にしがみつて二人は目を閉じる
恐怖がぶり返され、二人の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれているのに
クダリはバチュルを、ノボリはヒトモシを落とさない様に抱きしめていた。
「モシーっ!」
「あ、ヒトモシ!!」
不意にヒトモシがノボリの腕から擦りぬけ、距離を取った後に
地上にいるグラエナへ ひのこで攻撃を始めた。
反撃を予想してなかった何匹かのグラエナが直撃を受けてやけど状態になる。
「グァーッ!!」
群れの仲間たちへの攻撃に怒ったリーダーが雄叫びを上げて
ヒトモシに向かってあくのはどうを放った。
「モシっ、モ、モモモシーっ!!」
「ヒトモシっ!!」
紙一重で攻撃を避けたのは良いがバランスを崩してしまったヒトモシが
ふらついて枝から足を滑らせる。
慌ててノボリが近づいてヒトモシを掴んだのは良いが、彼等を支えるには
先端の枝の部分では無理があった。
「ノボリーっ!!」
乾いた音を立てて枝が折れ、ヒトモシを抱えたノボリが地面に落ちていく。
その後の事が怖くて、ノボリはギュッと目を閉じた。
「そこを退けろーっ!!」
藪の中から叫び声と同時に人影が飛び出し、グラエナの群れに突っ込むと
落下するノボリとヒトモシを間一髪の状態で受け止める。
その反動で叫んだ人影は尻餅をついて地面に座り込んだ。
「いったーい!って、そんな事いってらんない。
ノボリ大丈夫?怪我とかしてない?怖かったよね?もう大丈夫!」
「…エメ兄様?」
「うんエメット兄様だよ!ノボリはもう一度ここに登って待ってて。」
エメットと呼ばれた短パン姿の少年がノボリを木に登らせている時に
その背後をグラエナ達が襲いかかった。
「キバゴ、連続でりゅうのいかり!でございますっ!!」
「キバーッ!キバ、キバキバーッ!!」
「「 インゴ兄様っ!」」
キバゴにりゅうのいかりの指示を出したエメットと瓜二つの少年が
エメットのそばに駆け寄り、樹上の二人を見て夏の空を思わせる瞳を細める
「おやつの時間になっても二人共戻らないから、母様が心配しております。
怖い思いをしましたね、ですがもう大丈夫ですよ。」
「うん、ぼく達の大切な弟達を危ない目にあわせたキミ達を許さない!
シビシラス、連続でスパーク!!」
「えぇ、ポケモン達は友達と言っても弟達に害をなすのなら話は別です。
キバゴ、1ターンは耐えてくださいまし。かまいたち!!」
「シビっ!」
「キー…バーッ!!」
急な反撃に統制の崩れたグラエナ達は戦意を消失したらしく
ボスを先頭に林の中へと逃げて行く。
周囲に危険が無い事を確認したインゴとエメットがノボリとクダリに
木から降りてくるように手を差し伸べた。
「「兄様っ」」
「二人共大丈夫?怪我は…ってクダリ膝から血が出てる!
早く家に帰って手当しなくちゃ!!」
「待って、待ってエメ兄様!あのね、バチュルがねグラエナに苛められてて
すっごい怪我してる!バチュルの方が痛い、大変!!」
「インゴ兄様、ヒトモシが私達を助けようとして怪我を…怪我をっ!」
「見せてくださいまし。…この位なら家で手当をしても大丈夫です。
ヒトモシ、大切な弟達を守ってくださってありがとうございます。
エメット、バチュルをポケモンセンターに連れて行ってくださいまし。
わたくしはクダリを背負って家に帰り、母様に手当をしてもらいます。」
「わかった!クダリ、バチュルの事は任せて?急いで行ってくる!」
バチュルを受け取るとエメットは駆け出した。
インゴは怪我をしたクダリをおんぶしてからノボリの手を引いて家に帰る。
その後、心配していた両親が泣きながら二人の小さな身体を
力いっぱい抱きしめる場面があったのは仕方がないだろう。
バチュルもヒトモシも怪我が治るまでの間という事でその家に滞在していたが
幼子達にすっかり懐いてしまい、後に彼等の最初のパートナーになり
その以降、彼等とその子供達はパートナーとして成長した子供達と
共に有り続けていようとは、この時は誰も想像していなかった。