2013 中秋の名月  -月光浴-

2013 中秋の名月 

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  月光浴  



私の恋人のノボリさんはとっても忙しい人。
でも仕事に誇りをもってキラキラしているノボリさんが好きだから
今日も私は恐らくは深夜帰宅になるだろう彼の為に、もらった合鍵を使い
晩御飯を用意している所です。

今日も部屋に入ってみれば、テーブルにメモが置いてあって


『食事ありがとうございました。大変おいしゅうございました。』


なーんて書かれてあるし、気遣いも凄い恋人。

本当はもっと何か役に立てれば良いのだけど、平々凡々な私が
出来る事なんてこうやってご飯を作って、溜まってる洗濯をしたり
部屋を掃除したりする事位しかないのが悲しい。


最後に会ったのっていつだったっけ?思い出せない位前。
最後に声を聞いたのはいつだっけ?これも思い出せない位。

会う事は、私が販売員なんて仕事をしてるから休みは不規則で
これまた休みの不規則なノボリさんと一緒になるなんて奇跡だし。
声を聞く事はライブキャスターを使えば直通の番号を知ってるから聞けるんだけど
もしかしたら忙しいかも
もしかしたら、もう眠ってるかもなんて考えたら簡単には使えない。

会いたいな、声が聞きたいな。

これで恋人同士って言えるのかな?確かにお互いに家を行き来したり
恋人らしい事はそれなりにしてる…と思うけど。
そう言えば、ノボリさんは以前なら少しの時間でも売り場に顔を出して
話をしたりとかしてくれてたけど、今はそんな事無い。

もしかして、気持ちが離れているのかな?
そう疑ってしまえば、メモの言葉も空々しく感じてしまう。
うーん、気持ちがどんどん沈んでネガティブになってるかも。
これじゃあ、もっとノボリさんに嫌われちゃう。


バルコニーに出て空を見上げれば地上の光に霞みがちだけど
頑張って光っている満月が見える。

そう言えば月光浴だっけ?自分の気持ちを綺麗にしてくれるって
何かの雑誌の記事で読んだ事がある。今の私には必要かもしれない。

キッチンに戻ってカウンターテーブルに備え付けてある椅子を持って
普段ノボリさんが着ている黒のジャケットをちょっと借りて外へ。
ジャケットを着て、椅子に座れば優しい月明かりが私に降り注ぐ。
背もたれに寄りかかればフワリとジャケットからノボリさんの香りがした。
まるで私を抱きしめてくれているみたいで気持ちが落ち着く。

月の光が寂しいとか悲しいとかそういう気持ちを全部消してくれたら
我が儘な私をみてノボリさんが嫌いにならないようにしてくれたら
私はまた明日から頑張れる。

目を閉じた時に涙が溢れちゃったけど、月の光がきっと
この涙も綺麗にしてくれれば良いなと思いながら目を閉じた。

どの位時間が経ったのだろう、いつの間にか眠ってたみたい。
だけど、凄くスッキリした気分になってる気がするのは
月光浴のおかげなのかな?それともノボリさんの香りのおかげかな?


「お目覚めになられましたか?まだ暑い日が続いておりますが
夜は肌寒くなっておりますので、外で眠るのはおやめくださいまし。」


聞きたかった声がすぐ後ろで聞こえてビックリして振り返れば
紫煙を燻らせながら壁にもたれてタバコを吸っているノボリさんがいた。
え?もしかして私すっごく寝すぎちゃったとか?!
慌てて空を見上げれば月はそれ程動いていなかった。


「久しぶりに早く仕事が終わったのですよ。が寝ていて良かった。
そうでなければ、貴女はすぐに帰ってしまうでしょう?

ところで、この様な所に椅子など持ち出して何をしていたのでございますか?」


フワリと椅子の背もたれごと後ろから抱きしめられる。
あぁ、やっぱり服についた香りより、こっちの方がずっと安心する。


「えっとですね、月光浴をしていたんです。
月の光には心を浄化する力があるって雑誌で読んだので
私の心も浄化してもらおうかなって思って…効果はバツグンでしたよ?」


そう言えば、ちょっと驚いた顔をノボリさんはした。
あ、そんな迷信信じるとか馬鹿馬鹿しいとか呆れられちゃったのかな?


の心をそれ以上浄化してどうするのです?
貴女の心は私が触れただけでも汚れそうなほど澄んで美しいというのに。」


それ誰ですか?と聞き返せば貴女ですよと真顔で返されてしまった。


「いや、私はそんな綺麗な心なんて持ってないですってば。
我が儘で、今も自分で自分が嫌になってちょっとネガティブになったので
こうしてお月様にお願いして綺麗にしてもらってたんですよ。」


そういってふざけてお月様にお祈りするポーズをしたんだけど
ノボリさんは眉間に皺を寄せて私を見返した。


「我が儘は恋人である私に言うべきではございませんか?
そのような月に頼るなどしないでくださいまし。

いったい何がをネガティブにしたのでございますか?」


いや、ちょっと本人を目の前にして言うとか恥ずかしいです。
何も言おうとしない私にノボリさんはため息をこぼした。


「よろしいでしょう。それでは、私も月光浴をして心を浄化します。
この様な浅ましい我が儘など、とても恋人に聞かせられません。
ですから、独り言を月に向かって言う事にいたします。」


え?それって間接的に私に聞けって事なのかな?
もしかしてあきれられちゃった?嫌われちゃったのかな?

不安になってノボリさんの顔を見れば月に向かって目を閉じていた。


「私の恋人は、できた方でございます。仕事で忙しく会う事も
声を聞く事もままならない日々が続いても文句を言うでもなく
大変だろうからと主不在の部屋で食事を作り、身の回りの世話を
して下さります。とても有り難い事でございます。」


あぁ、私のした事でノボリさんが喜んでくれてるってわかっただけでも
凄く嬉しいな。これからも頑張ることができそうです。


「しかし、私はそんな恋人にどうしても不満を持ってしまうのです。」


一瞬で血の気が引いた気がした。
でも、ノボリさんの独り言はまだ続きがあった。


「もっと会いたい、声が聞きたい。ひと目でも顔が見たい。
休憩時間に彼女の職場にいけばそれは可能でございますが
何が嬉しくて、他の男に微笑まれる恋人を見なければいけないのですか。
私だけに笑って欲しい、私だけを見て欲しい。私の愛に溺れて欲しいと
浅ましい想いは募るばかりでございます。

恋人がこの様な男だと知れば、彼女は私の元から離れてしまうかも
そんな恐ろしい想いに囚われる日も少なくないのでございます。」


あぁ、なんだ。
ノボリさんも私と同じ気持ちだったんだ。
お月様にお願いなんてする必要なかったですね。
貴方に向かってきちんと言えば良かっただけなんですね。

でも、面と向かって言うのはやっぱりちょっと怖くて無理です。


「それじゃあ…私もお月様に聞いてもらおうかな?
えっと、私の恋人は凄く素敵なんです。仕事も一生懸命で
そんな姿を見るのも大好きなんです。細かな気遣いとか
完璧にできる彼の役に私は立ちたいんです。

だから忙しい恋人の為にご飯を作ったりとか家事をしたり…
でもこれって、本当に役にたててるのか不安になるんです。」


あ、ノボリさんが驚いてこっちを見てる。
うん、こんな事いうのなんて初めてだものね。でも、私の本音です。


「もっと会いたい、声が聞きたい。触れたいって思うけど
そんな事を言ったら嫌われそうで怖かったの。
もしかしたら、すごく好きなのは私だけで本当は…
ノボリさんは私の事そんなに好きじゃ…「!!」ノボリさ…んっ」


言ってる途中で悲しくなって涙が止まらなくなっちゃった。

そんな私の独り言はノボリさんの口づけで止められた。
長い口付けの後で額を合わせた形でノボリさんはつぶやいた。


「貴女も私も言葉が足りなかったようでございますね。
ねぇ、。いっその事一緒に暮らしませんか?
貴女との時間が少しでも欲しい。もっと貴女に触れたいのです。」


私を見つめるグレーの瞳は月の光を受けて銀色に輝いて見えた。
それはまるで全てを受け入れてくれるような優しい光。


「私も、もっとノボリさんと一緒にいたいです。」


詰まる言葉を必死になってかろうじて返事をすれば
強く抱きしめられた。


「もっと我が儘を言って下さいまし。もし直接言いにくいのであれば
またこうやって月の光を受ければ素直になれるかもしれませんね。」


ノボリさんの腕の中で頷けば柔らかな笑顔が返ってくる。
身体を冷やしてはいけませんと言われて部屋に入ってから

後ろを振り返ってみれば、二人が離れたバルコニーに
月の光だけが柔らかく残っていた。


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